
広場を覆っていた悲しみや絶望が和らいだ。
誰ひとりあぶれることなく包んだ光は暖かく、何より生きる活力を与えてくれた。
それはたったひとりの天使のような少女によるものだった。
「もうこれ以上、誰も悲しまない世界に」
少女の声が人々の耳に届く。
「わたしは白姫! さあみんな、立ち上がって。 祝福を、ベネディクションッ」
何かが心を貫いた。
その感触から知らず内に湧き出てくる戦意、高揚感。
兵や人々の顔に生気がよみがえる。
それに気付かず城壁上から次々と飛び降りてくる巨獣バルカーンが殺戮の宴を再開しようと襲い掛かった。
「グルァッ」
「う、うわぁッ」
襲撃された兵が咄嗟に応戦したそのとき、いつもと違う自身の感覚に我が目を疑った。
ズドンッ!
闇雲に振った剣が巨獣の硬い腕を一刀で断ち切ったのだ。
自分にそこまでの実力がないことは心得ていた、であるはずなのに、だ。
「なっ」
その体験は彼ひとりのものではなかった。
「なんだ、この力は……」
「みなぎってくる! 恐れすら感じないぞ」
シド隊長もみなと同様に自分の力に驚嘆していた。
剣を振るう腕が軽い。
よもや自分にまだこれほどの力があったとは。
だが獣は兵だけを相手にしているわけではない。
「きゃああっ」
戦う力を持たない一般市民にも容赦なく爪が振り下ろされる。
「しまっ……」
「輝く盾よ、ブリエ・ブークリエ!」
シオリが両手を広げ新たな術技を唱えた。
ガギン!
襲われた人の周囲に一瞬だけ光る盾が出現すると、攻撃したバルカーンの方が逆に弾き飛ばされた。
「ええっ……」
見るとその光る盾は次々と大勢の人々を守るように現れては消えを繰り返す。
あらゆる衝撃を弾き返す自動防御の光る盾が、広場中の人々に瞬く間に張り巡らされていった。
「これもあの少女の力なのか! ……なんという」
しかしシド隊長もいつまでも驚いているばかりではなかった。
今ある現実を受け止め、今できる最大限を尽くそうと判断した。
「衛兵! もはや我が死を恐れる者はおらんな! 光の加護を信じ、バルカーンどもを駆逐しろォ」
「オオッ」
形勢が逆転した。
それもひとりの少女によってだ。
市民たちの避難は着実に進み、兵たちの武勇は積み上がる。
「いけるッ」
誰もがそう思い始めたときだった。
聖都の外壁を破壊し、より大きな、より獰猛なバルカーンが広場になだれ込んできたのだ。
「そんな! ゴア・バルカーンだァッ」
誰かがそう叫んだ。
崩れた壁は外敵からの防護という役割を果たせず、石壁の谷間から何匹もの新たなバルカーンが入り込んできた。
通常の蒼い毛並みの奴よりも、ずっとずっと暗い紺色の体毛で、遥かに巨体であり、一段と禍々しかった。
「群れを統率する士官クラスです! より残忍で、十人がかりでも手が付けられないような奴ですッ」
「アップランド平原を渡って来たのか! あんなものまでがどうして街に現れるのだ」
悲壮な部下の報告に焦りの色を隠せないシド隊長の元へタイランが舞い降りた。
「奴らを操るビーストテイマーがいるはずだ。そ奴らを探すんだ」
「クァックジャード! しかし、奴らがいてどうやって……」
恐れを知らぬ戦士となった兵たちをもってしても、本能に刻まれた恐怖までは簡単には消せないのだろう。
ジジジジジジ……
何匹ものゴア・バルカーンが口を開け息を吸い込む。
その口腔から熱を帯びた光球が見えた。
「火球砲だ! 伏せろォ」
ドン! ドン! ドドドン!
その口から青い炎の球が発射されると街中のいたる場所を直撃した。
壁や石畳が破砕され、大小の瓦礫が宙を舞い飛ぶ。
建物は崩壊し、撒き散らされた火の粉が街路樹に燃え移る。
「シオリ殿ッ! オレに」
「うん!」
なおも立て続けに撃たれる火球を避けつつシオリの横を駆け抜けたウシツノが、愛刀の自来也を両手持ちにすると大きく跳びあがった。
その跳躍で獰猛なゴア・バルカーンの直上から剣を振り下ろす。
シオリは身を屈めながら剣を大きく振った。
「受け取ってぇ! 電刃ッ」
シオリの剣から放たれた雷がウシツノの刀にほとばしる。
放電する刀で急降下しながら必殺の剣をぶちかました。
「ガマ流刀殺法! 質実剛剣・神鳴り斬りッ」
ズドバッシャァァァッ!
一刀両断。
まっぷたつに裂ける巨獣の身体にさらに雷撃が追い打ちをかける。
「弾けろッ」
シオリの呪文に応じてバリバリバリ、と薙ぎはらう刃から周囲の巨獣にも雷撃が落ちる。
「オオッ!」
その様に兵たちの間から歓声が上がる。
一匹を両断したウシツノは止まらずに二匹、三匹とより凶暴なゴア・バルカーンを斬っていく。
だが壊れた壁のすき間からは続々と新手がやってきていた。
「さすがにキリがないぞッ」
「避けてェ、ウシツノォ」
「ッ!」
シオリの声にウシツノが大きく横っ飛びする。
そこをシオリの強烈な稲妻光線が飛ぶ。
「降り注げッ! 天雷ッ」
光線が上空へ曲がると突如、まるで雨のように無数の雷が獣に対し無慈悲に降り注いだ。
ズドォォォォォォォォン!
そして群れの中心にひときわ特大の雷が落ちた。
衝撃と破壊音に誰もが圧倒された。
それは血に飢えた獣も同様。
燻る黒煙をたなびかせながら、遠巻きに難を逃れた獣どもは遂に退散し始めた。
「や、やった」
誰かのつぶやきが、やがて大きなうねりとなって、広場中でシオリとウシツノを喝采する声に変わる。
「すごいッ」
「助かったのね」
「あなたたちのおかげだ!」
兵だけでなく、周辺から流れ着いた避難民やこの街の住民、誰もかれもが助かった奇跡に浮かれた。
並んで立つシオリとウシツノの前にふらりと歩み寄る者もいる。
「たしかに、並の剣士どころの腕ではない。大したもんじゃ」
「ん?」
おぼつかない足取りで、だが決して弱々しい印象などでなく。
「お、お前……ッ!」
ウシツノの顔に緊張が走る。
「なにしにきた……」
その者はトカゲ族の剣聖グランド・ケイマンであった。






