
「隊長ォッ! これ以上もちませぇんッ」
東門前の広場は凄惨だった。
とても数えきれないほどのバルカーンが手当たり次第に人々を襲っているのだ。
衛兵たちの奮闘もむなしく、劣勢を覆せる見込みはない。
数において圧倒的に差がありすぎるのだ。
「城からの増援は来ないのか!」
指揮を執る隊長が居合わせた役人に食って掛かる。
「無理を言うな。襲撃はここだけではない。現有戦力で対処したまえ」
返答は冷淡だった。
「当直の兵が全員、薬を盛られていたと報告しただろう」
「聞いている。その件に関してはこれから調査する予定だ」
まるで他人事であるかのような役人の態度に腹が立って仕方がなかった。
現状を本当にわかっているのか。
「ならパペット兵を起動してくれ! こういう時のための存在だろう」
「昨日から桃姫が行方不明と報告が来ている。パペットは動かせないのだ」
「ぐっ……木偶人形めッ」
ドン、と机を叩く隊長を尻目に役人が席を立つ。
「とにかくここを死守したまえ。絶対に獣どもを城へ近付けてはならない」
「どうやって!」
「それを考えるのもあなたの仕事ですよ、シド隊長」
役人の出て行った扉を苦々し気に睨みつけながら、シドは控えている部下の方を見た。
「聞いた通りだ。増援は来ない。我々だけでこの広場のバルカーンを駆逐するぞ」
「隊長……」
部下の不安な眼差しを正面から受けることが出来ず、シドは背を向けてしまう。
「すまんな……」
剣を取り、外へ出た。
自ら前線で剣を振るう以外、部下たちの想いに応える術が思いつかなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
戦場は凄惨さを極めた。
獰猛なバルカーンのやることはシンプルだ。
逃げ惑う人々に襲い掛かり、爪や牙を突き立てる。
辺りに血をまき散らすと次の獲物を見つけ襲い掛かる。
広場とその周辺にはあきらかにパーツの足らない遺体がごろごろと転がっており、血臭が充満していた。
人間をエサとしか見ない獣相手に多くの人々を守りながら戦うのは至難の業だ。
勇敢で義務感の強い衛兵たちの死体の山ばかりが増えていく。
グォォォオオォォォォォオオォッッッ!
「くっ! 無念だ……」
次々と倒れていく部下を見ながら、獣の返り血と多くの手傷により全身血に染まったシド隊長は、目の前に迫るバルカーンの爪に自身の死を覚悟した。
ドシュッ!
それは剣が肉を断つ音だった。
自分の身体に異常はない。
驚きで見上げたところ、今まさに首を刎ねられたバルカーンが倒れたところであった。
刎ねたのは分厚い刃を持つ刀。
その刀を手にしていたのはこの国では珍しい、カエル族の若者だった。
「なっ……」
声の詰まったシド隊長を一瞥すると、ウシツノは次のバルカーンを斬り倒し、また別のひとりの命を救った。
「オレが相手だッ! バルカーンどもォ」
右手に愛刀自来也、左手に妖刀果心居士を持ち、バルカーンが最も群れている場所へと駆け出した。
「大丈夫ですか?」
そのカエル族に見惚れていると、今度は目の前に少女が屈みこんでシドの傷口に手を当てた。
「ハクニー、しばらくの間……」
「わかってる。バルカーンをシオリに近付けさせやしないよ」
ハクニーはシオリを守るように、手にした槍を構え周囲に睨みを利かした。
「君たちは……」
言いかけたシドの言葉が途切れた。
シオリの手が光りだすとシドの傷口がみるみる塞ぎだしたのだ。
その光は暖かく、どうしようもないほどの安らぎを覚えた。
「ふう、これで大丈夫ですよ。ハクニー」
「うん! あそこにも倒れてる人がいるよ」
シオリは立ち上がるとハクニーの指差す先へと向かい駆けて行った。
「あっ、おい! 君たちはいったい、何者なんだ……」
「敵ではない」
困惑を隠せずにいるシドに次に声をかけたのは赤い装束の鳥人族であった。
「バードマン! その出で立ちはまさか」
旅人帽に剣を下げた騎士姿の鳥人族と言えば思いつくのはひとつしかない。
「その通り。私はクァックジャードのタイランという」
「調停者クァックジャード……」
「ここは助太刀させていただく」
「助太刀だって?」
ひとまず敵ではないことを伝えるのに、クァックジャードの肩書きは役に立つ。
タイランは動揺するシド隊長に目礼すると、レイピアを抜き放ちバルカーンに斬りかかった。
「隊長ォ! 大丈夫ですか!」
近くにいた衛兵がシドの元へと走り寄ってきた。
彼もまた全身に手傷を負っている。
「あ、ああ。あのカエルといい、あの少女といい、そしてクァックジャードまで」
「オレたち、助かるのでしょうか?」
まだそう楽観はできない。
ひとりふたり、手練れが増えたとて状況は厳しいことに変わりはない。
「わからん。とにかく人々の避難を優先するんだ。獣はいくら斬ってもキリがない」
「ハッ!」
いまだ絶望にあえいでいる。
限られた兵で多くの人々を守りながら、無尽蔵に沸いて出る獣どもを相手にしているのだ。
荒事の経験は豊富なつもりだったが、希望など、とてもじゃないが何ひとつ見えやしなかった。
そう、姫神の力を目の当たりにするまでは――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「七匹目ッ」
ズドンッ、と音を立てて巨体が大地に沈む。
倒れたバルカーンの死体を跳び越え、ウシツノが次の獲物の首を飛ばす。
「八匹目ッ」
着地して走り出し、次の獲物を斬りつける。
「九匹目ッ」
とにかく獣を斬る。
倒れている兵や人々の身体を跳び越え、獰猛な獣を黙らせようと剣を振るう。
「十匹目ッ」
ドズンッ!
またひとつ首を刎ねる。
しかし斬っても斬っても獣の数は減らない。
「十一匹ッ」
逆に倒れていく兵の数は増える一方だ。
「外壁上をやられたようだぞ」
タイランがウシツノに並ぶと上を指差した。
街を守る壁を乗り越えて、次々とバルカーンが入り込んで来る。
そこに配置されていた兵の姿はもうほとんど見当たらなかった。
その状況に気付いた兵たちから、とうとう士気が崩れはじめた。
「もう無理だ、こんなの……」
「勝ち目なんてねぇよ」
若い兵士ほど戦意を喪失し始めると脆い。
剣を落とし、がっくりと膝を着く。
助からないという恐怖におびえ、逃げ出す兵も出始めた。
兵が均衡を保てなくなれば、避難民たちに恐慌が連鎖するのは一瞬。
誰もが絶望に襲われ、誰もが恐怖に我を失いかけていた。
今日、これから滅亡するのか、と。
「させないッ」
そんな人々の耳に、少女の声がハッキリと届いた。
少女は広場の中央に敢然と立っていた。
「これ以上、誰にも悲しい思いを、私がさせない」
長く、白く、美しい剣を持った少女は、凶暴なバルカーンの群れを前に、人々を守るように立ちはだかった。
その姿はとてもか細く、だが誰の目にも雄々しく映った。
「シオリッ」
自分の名を呼ぶ声にコクンとひとつうなずくと、シオリは剣を天に掲げ、叫んだ。
「転身! 姫神! ブラン・ラ・ピュセル」
ゴォウッ! と光の渦が巻き起こった。
その光景を人々は見た。
少女の身体が白い光に包まれるのを。
兵たちも見た。
光から眩い羽根を持つ女が現れるのを。
獣どもも見た。
自分たちに仇なす、白い戦士の出で立ちを。
「天使さま……」
誰かがそうつぶやいた。
誰もが同じように思った。
光から現れたシオリは、輝く白い戦士となっていた。
そして光を放つ剣を掲げ、美しい声を響かせた。
「光あれ、リュミエール」
ポッ
ポッ
ポッ
ポポポポポポッ
そこら中から光があふれ出す。
たくさんの光が、ひとつひとつのその光が、人々を優しく包んでいた。
「な、なんなんだ? この光は」
「あったかい」
「傷が、痛みがひいていくよ」
「おお、奇跡だ……」
「女神さま…………」
広場にいた人々、傷を負い喘いでいた人々、戦意を喪失し膝を着いていた兵たち。
恐怖に囚われていた人々、そのすべてを光が優しく包み込んでいた。
とてもあたたかな光だった。
「あの少女…………」
シオリが希望をもたらす、これが最初の日となった。






