カァン! カァン! カァン! カァァン!
早朝の家々が朝餉の支度に勤しむ頃、突如として敵襲を知らせる半鐘の連打音が聖都カレドニア中に鳴り響いた。
最初に恐慌をきたしたのはウラプールやローズマーキーからの避難民たちだった。
彼らは町の中と外を隔てる門に比較的近い位置の広場に押し込められ、不自由な難民生活を強いられていた。
その彼らの目がハッキリと、城壁上に現れた獣の姿を見てとったのだ。
蒼い毛並みの巨獣バルカーン。
南の蒼狼溪谷ウルブスバレーに巣食うケダモノは、すでにウラプール、そして東の城塞都市ネアンを落としている。
そしてついにハイランドの首都にまで侵入を許してしまった。
昨日侵攻してきたエスメラルダ軍に敗北を喫したハイランド本隊が、這う這うの体で逃げ帰ってきたばかりである。
敗残の各部隊がいまだ全て収容しきれておらず、そのため門の開閉措置や城壁上の監視が緩んでいたことが原因だった。
「とはいえ手抜かりの謗りは免れん! 当直の兵は何をしていたッ」
「それが……」
警護の任についていた隊長は、部下によるその報告に耳を疑った。
「全員眠っていただと!」
「食事になにか盛られていたとしか思えません。目を覚ました者たちがそろって頭痛を訴えています」
「馬鹿な、このような時に……」
「すでに内通者が入り込んでいたものと」
「くっ、ではやはり、バルカーンを操る者がいるというのだな」
「件のランダメリア教団……」
教団の存在はハイランド側も掴んでいた。
しかし辺境でくすぶる小さな教団程度にしか認識していなかった。
まさかこの機に乗じてこのような大規模な攻勢を仕掛けて来るとは、そこまでは考えていなかったのだ。
「とにかく駆逐するんだ! 民を守ることを優先しろ」
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急ぎ足で赤い騎士が部屋へと戻った。
「バルカーンだ。あの群れがとうとうこの街にまで来た」
夜通し見張り役を買って出たタイランが、全員の前でそう告げた。
「バルカーン!」
最も大きな声をあげたのはやはりハクニーだった。
ケンタウロス族の彼女としてはやはり因縁を思い起こしてしまう。
「ここへ来る以前、ネアンの街も襲われておったな、シャマン?」
「ああ、あれか。ここへ現れたってことはネアンはどうなっちまったんだ?」
クルペオとシャマンの疑問に答えられる者は今ここにはいない。
ネアンはすでに落ちている。
「しかし、カレドニアはハイランドの首都だ。そう簡単には落ちないだろう」
「だといいがな」
ウィペットの見解に対し、タイランは慎重な意見を持っていた。
「あの獣の群れを操る者たちがいる。ランダメリア教団というらしいが、どうやらエスメラルダ軍と繋がっている可能性があるのだ」
「なんだって?」
「いったいどこの情報なんよ?」
「ヒガ・エンジ。エンジ商会の女当主だ。訳あって数日同行した」
「マラガの宝石商だな。たしか出身はエスメラルダだ」
ウィペットの補足がタイランの説明により信憑性を与える。
「じゃああの獣たちはエスメラルダと共謀してるってえの?」
「こりゃあハイランドの負けかもにゃ」
レッキスとメインクーンの発言に答えられる者もいない。
「で、どうするのだ?」
タイランが改めて一同を見渡す。
「どうするってもなあ……」
「うむ。これはハイランドとエスメラルダ、両国間の問題だ」
「わたしら冒険者にゃ。今さらハイランドに傭兵しても損しかないにゃ」
「そもそも我らの目的はここではないしのう」
「そうだよ! うちらはミナミを助けるんだ! 目的地はゴルゴダ!」
「場所はわかったのですか?」
「あう、ぐぅ」
アカメのツッコミにレッキスは振り上げた拳を力なく降ろす。
とはいえシャマン一行は静観の構えのようだ。
「お前たちはどうなのだ?」
タイランがアカメとウシツノの方を見る。
真っ先に答えたのはアカメだった。
「私たちの目的は姫神についてを知ることでした。それと同時に別れたままのアマンさんを探すこと。そして闇に堕ちたレイさんを救ってやりたいという思いもありました。私の見解としてはシャマンさんたちに近いですね」
「ウシツノは?」
「オレは、考えるのが苦手だから、どうするかはアカメに任せている」
ウシツノのその答えにも、タイランは表情ひとつ変えなかった。
ただ一言、「そうか」とだけ言った。
「だけど」
「うん?」
「目の前で助けを求める人を、オレは見過ごすことは出来ない」
「ウシツノ」
「剣で救える事なのであれば、オレは助けに行く!」
「私もです」
シオリが立ち上がった。
「どうして私に白姫としてのチカラが身についたのかわからないけど、出来ることがあるのなら、私もこのチカラを、困っている人々のために使いたい」
「シオリが行くなら私もいくよ! ケンタウロス〈槍の部族〉を代表して!」
シオリに寄り添うようにハクニーも立ち上がった。
「ハクニー、ありがとう」
そんなハクニーにシオリはお礼を言い、ハクニーはシオリに笑顔で応えた。
「おいおい、お前らマジか? 一銭の得にもならねえんだぞ?」
シャマンがウシツノに詰め寄る。
彼からしたら現実を知らない未熟な若者のエゴとしか見えなかった。
実利が望めないのに誰が危険に飛び込むものか。
労働には約束された対価が不可欠なのだ。
「わかってるよシャマン。だから無理強いはしない。あんたらには助けを待っている人がいるんだしな」
そう言ってウシツノは愛刀を背負い、妖刀を腰に吊るすと部屋を出ていこうとする。
「タイランさん。もちろん行くんでしょう?」
「フッ、無論だ」
タイランも、そしてシオリとハクニーもウシツノに続く。
「アカメはどうするの?」
「シオリさん。私はウシツノ殿のように戦うことは苦手です。ですから私にできる戦いをするつもりです」
「そっか。期待して、いいんだよね?」
「もちろんです。朗報をお持ちしますよ」
「うん!」
そうして部屋を出ていくウシツノたちをシャマンたちは見送ることになった。
「いいのか、シャマン?」
「なにがだ?」
「このままくすぶってるつもりか?」
クルペオとウィペットに見透かされていた。
結局のところ、シャマンも何かひと押しがあれば動くのだ。
数週間共にしたあのカエル族の若者たちにすっかり感化されていたのだ。
「そういえばネアンで避難民が襲われてた時も、アイツはひとりでとっとと行っちまったな」
「それを追いかけて手助けしたのもシャマン、お主であったではないか」
「そうだな。オレが助けなかったらアイツはあそこで終わってたかもしれねえからな」
「その結果ネアンの領主の娘に歓待されたしのう」
「今回もそんな美味しい思いができそうか?」
「どうかのう? じゃが、手を出さなければ何も手に入らない事は間違いなかろう」
「へっ」
仕方ねえ、とかつぶやきながらシャマンも立ち上がる。
「ついてきてくれるか、お前ら?」
「何を今さらにゃ」
「元からそのつもりだ」
「いつも言ってんよ。迷ったらリーダーが決めた方向へ行くって」
「なんか微妙に毎回言い回しが違くねえか」
「それが長生きの秘訣なんよ」
「キヒッ、違いねえ」
早速シャマンたちも戦闘準備を整える。
「闇医者先生はどうするんよ?」
レッキスがジッと座り込んでいるダンテに向く。
こんな時でもコーヒーを片手に落ち着いた態度だ。
「私は医者だ。すでに貴族でも騎士でもない。医者としての務めを全うするのみだ」
「あんまり法外な値段吹っ掛けるんじゃないよ」
ダンテは答えず片手を振るのみである。
「まあいいさ。オレ等も行くぞ」
部屋を出ていくシャマンたちを見送ると、アカメは残った者の方へと向き直す。
アカメ以外に残ったのはドクターダンテと、白い小動物、元白姫のバンだけであった。
「さて、バンさん」
「なんデシ」
「あなたにお聞きしたいことがあります」
「なんデシ?」
「昨夜のお話で気になったことがありまして」
「なんデシ」
「バンさん、あなた、嘘をついていますよね?」






