「隊長、ちょっとよろしいですか?」
夜半、スガーラのもとに部下の騎士がやって来た。
彼女はターヤといって、銀姫ナナに憧れ髪型も同じようなショートにしていた。
たしかトアーという名の可愛らしいパートナーがいたはず。
スガーラはエスメラルダ軍、翡翠の星騎士団とは別働体である、三百人の恋人同士のみで構成された星屑隊という部隊の指揮を取っていた。
彼女の天幕にはもうひとり、スヤスヤと寝息をたてている女がいる。
この女も騎士であり、そしてスガーラと特別仲睦まじい関係である。
先の戦いで戦力投入の必要がなかった星屑隊は、本隊と別行動を続行しハイランド国内のある森林地帯に留まっていた。
暗い夜の闇の中、それぞれの天幕では女同士、愛を確かめあっている頃。
現れたこのターヤもきっとそうしていたにちがいない。
スガーラはそう思っているのだが、どういうわけかターヤはひどく震えていた。
「どうかしましたか?」
なにか尋常ならざる出来事でもあったのだろうか。
「その、ちょっとご足労願えませんか」
落ち着かない様子の彼女を見て、仕方ない、とスガーラは立ち上がる。
カップル同士の愛ゆえに強さを発揮する星屑隊だが、まれに隊の中でいざこざが起きることもある。
愛憎が行きすぎることがあるのだ。
自分が出て収拾できるのであれば、それもまた隊長としての責務である。
隣に寝ている愛する女の額にキスをする。
「……ん」
「少し出てくる」
そう言い残し、剣を持って天幕を出た。
ターヤに案内され森の中を歩く。
思惑に反してターヤは森のより深い方へと向かう。
「ターヤ、外へ行くのですか? トアーはどうしたのです?」
黙って歩くターヤにしばらくついて行くと、唐突に待ち構えていたその女に出くわした。
「貴様は!」
驚いたスガーラがとっさに腰の剣に手を掛ける。
そこにいたのは桃姫、淫魔艶女に転身したマユミだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――それは今より数刻前。
「あぁああぁああぁぁあああぁぁぁああぁぁああッッッ!」
白い巨獣バンダースナッチの前になす術なく逃走したマユミは、陽の沈む瞬間この森に彷徨い込んでいた。
「なんなのよッ! 私は、無敵の姫神じゃぁないのッ?」
度重なる苦杯が思い起こされる。
覚醒したシオリ。
白い巨獣に変貌したバン。
「なんだっていうのよおッッッ!」
激しく叫びながらそこら中に向かって鞭を振り回す。
神器龍騎は周囲の大木を何本も何本も薙ぎ倒していく。
ズズウン……
木や岩といった自然が次々崩壊する。
だがどんなに破壊されるその様を見ても気は晴れなかった。
「ちがう。私の欲しいのは、こんなものじゃない……」
よろよろと歩き出す。
満たされナイ、カラカラに枯れた心を嘆きナガラ、マユミは歩く。
ナニかが、この先に求めるナニかが、ありそうな匂い。
確かに感じル。
ほのかな、空気に混じり鼻腔をくすぐる、芳香。
やがて押し殺した声がわずかに聞こえてくル。
それはとても可愛らしく、可愛らしく、そして完全にうわずっている、淫らなあえぎ。
先ほどまでの癇癪などはとっくに忘れた。
マユミは綺麗に咲き誇る、その小さな花畑で、逢瀬を楽しむ二人の女から目が離せずにいた。
「ターヤ!」
見た目年若い方の女が先にマユミに気が付いた。
「お前はッ! 逃げるんだトアー! 隊長に……」
トアーと呼んだ女を突き飛ばし、ターヤは乱れた着衣のまま剣を構えた。
しかしそのターヤはマユミの鞭で呆気なく打ちのめされ、触手のようにのたうつ数十条の鞭が一糸纏わぬトアーの全身を縛めた。
「いゃぁぁあ! ターヤッ」
「トアー!」
鞭を引っ張ったマユミはトアーを引き寄せるとターヤの見てる前で優しく抱き締めてみせた。
「うん、いい匂い。これだ。これだよ」
「ひっ」
両腕で抱きしめ、頬擦りし、細く黒い尻尾をトアーの身体に這わせる。
「〈破壊〉ではない。私に必要なのは、これ」
マユミの目が恍惚としている。
「トアーを放せ!」
「ダメッ、ターヤ逃げてェ」
「ウフフフ、そう、それよね! お互いを思いやる心。それこそが愛」
マユミは鋭い槍の穂先のような尻尾の先をトアーに突きつけると目の前で狼狽するターヤに告げた。
「お前たちの隊長を連れてきなさい。そうすればこの娘は返してあげる。いい? ひとりだけここに連れてくるのよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そういうことか」
「申し訳、ございません……スガーラ隊長。でもどうしてもトアーを……」
マユミの足元にそのトアーが倒れている。
胸が上下しているので息はあるようだ。
「素敵。自分の大切なヒトを守るため、他の誰かを差し出す行為。これこそリアルな愛よね」
「ふざけるな桃姫! 貴様のしたことは愛などではない! 脅迫というのだ」
「それも愛があるからこそ成り立ったのよ」
「くっ」
マユミはゾクゾクとしていた。
愛があるゆえに憎しみが生まれる。
憎しみを超える愛があれば、そこに必ず誰かの憎しみが補填される。
〈愛憎〉、それこそが世界の道標たるのだ。
スガーラが勢いよく剣を抜き放った。
「お前を斬って、ハナイ様の敵を討つ」
「そう焦らないで。私はあなたと、あなたの隊が好きになったのよ」
「世迷言を……」
「私も入れてほしいのよ」
「……なんだと」
「あなたの部隊、星屑隊? 恋人同士だけのその隊に、ぜひとも入隊したいの。私も恋人を連れてくるから。いいでしょ?」
予想外の申し入れにスガーラは困惑する。
当然敵であるこの女を信用などできようはずもない。
「いい加減にしろ。貴様に恋人などいるはずがない。適当なことを言うな」
「いるわ。それもあなたのよく知る女」
「なに?」
フフ、と不敵に笑うマユミは、恋人の名を口にした。
銀姫こと、秋枝ナナという名前を……。






