【第164話】一の月七日〈紅姫〉

 ――聖刻歴一万九〇二二年一の月七日。

 赤茶けた大地が果てしなく続くかと思われた、このアーカム大魔境にも森はあった。
 夕日により一層赤みを増したこの世界で、青々とした葉を茂らせるその森は、アユミにとって視界の癒しでもあった。

「ふむ。確かあの森には湯が沸き出ている泉があったはず。今宵はそこで休むとしようか」

 同行者であるエルフの女がそう話す。
 自らをエルフの女王ト=モと名乗ったその女と、旅をするようになって早二ヶ月以上が過ぎた。
 それはあの盗賊都市で、アユミが超暴走オーバーロードしてから二ヶ月以上が過ぎたという事でもあった。
 もっとも、アユミは紅姫の力の超暴走が原因で、実はひと月もの間眠り続けていたのである。
 目覚めたとき、アユミのそばにいたのがこのエルフの女であり、以後二人で旅を続けていた。
 アユミは黒姫に奪われたアマンを取り戻したい一心であったが、おいそれと黒姫の軍勢に立ち向かうこともできず、また昏睡状態の間の面倒を見てくれたというト=モへの恩義もあって、今はおとなしく彼女の指示通りに旅をしているというわけである。
 だがト=モは肝心なことを隠し、アユミはそれを知らないままでいた。

 それはト=モが敵対していたあの盗賊ギルドの長であるという事実――。

「ト=モさん。目的地である狐仙族ルナールの集落って、まだ遠いんですか」

 この旅が始まってもう何度目かの同じ質問である。

「アユミの気が急いているのはようわかるがの。まだまだじゃ」

 そしてこれももう何度目かの同じ回答。

 森に入り、二人は乗っていた巨大な野牛から降り立つ。
 森の中の湯気が立つ泉の前だった。
 通常我々が知る野牛バイソンよりも二倍は体が大きい。
 体長は五メートル、体高は三メートルほど。背にまたがると建物の二階から眺める景色と変わらない。
 二人と旅の荷物を載せてもまだまだこのビッグバイソンには余裕があるほどだ。
 とはいえこの猛牛を乗用として馴らす者などそうはおるまい。
 ト=モの用意したこのビッグバイソンは、本来であれば貨物車、あるいは戦車を曳くための超獣なのである。

「黒姫の軍勢と渡り合うには、アユミにも相応の軍勢が必要であろう」

 ト=モは着ていた旅装束を脱ぎ捨て、湯に浸かりながらアユミを諭す。

「この湯は疲労回復に絶好じゃ。アユミも入り」

 アユミは不承不承着ていた革鎧を脱ぎ、同じく全裸になって湯に浸かった。

「ルナール族が仲間になってくれるんですか?」
「いいや、古い友がおる。そやつに預けたカギを返してもらいに行くのじゃ」
「カギですか」
「そのカギで我らの軍勢が用意できるのじゃ」

 アユミが伏し目がちになる。
 理解はできても焦燥感は払拭できないままだ。
 時間はどんどんと過ぎていく。
 それを察してト=モが続ける。

「焦るでない。一応は最短ルートを選んでおる。ただ……」
「……なんですか?」

 ト=モが言葉を続けない理由はアユミにもすぐにわかった。
 森の中、すでに二人は大勢の〈異形〉に取り囲まれていたのだ。

「近道なぶん、危険なんじゃよ」

 二人とも胸元を手で隠しながらも抵抗はせず、おとなしく支配者の待つ宮殿まで連行されることにした。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「エルフの女王に紅姫ですって?」

 不審者を捕らえたという部下からの報告に、妖精女王ティターニアは耳を疑った。
 クァックジャードの二人の騎士、ナキとコクマルが二日間滞在し、エスメラルダとの国境不可侵のためのこちら側の条件を持ち帰らせたのが五日前。
 ほぼ間を置かず、新たな訪問者がやってくるとは。
 それもエルフの女王と紅姫という何とも珍妙な組み合わせ。
 どちらかだけでも十分面白い話が聞けそうだが。

「謁見の間に通しなさい。藍姫も同席させるように」
「はい」

 部下が退室するとティターニアは我知らず、ウキウキとした気分で身支度に乗り出した。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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