【第4話】革靴を履いたゲコ

 朝のまぶしい光が雄大なゴズ連山の輪郭を浮かび上がらせる。

 陽光を浴びながら、三匹のカエルは朝一番で村を出発した。
 準備に手間取ったアカメに多少のいらつきを覚えながらも、自称勇者のアマンはご機嫌だった。
 どこで手に入れたのか、ゴーグルの付いた飛行帽をかぶり、腰に下げただんびらを鞘から抜いて振り回している。

「アマン、剣は敵の前でだけ振り回せよ」
「わぁってるよ」

 だがウシツノに咎められようと、子供のようにわくわくする気持ちを抑えられずにいた。
 アマンは根っからの冒険好きである。
 しょっちゅう家を空にして、フラフラと遠出に繰り出したりする。
 もっと小さいころなど一度、商船に密航して東の大陸の玄関口であるマラガの街まで行ったこともあった。
 マラガは自由商業都市ではあるが、その実、盗賊ギルドが街を牛耳る危険な場所だ。
 その時はたまたま行商を行っていたカエル族の商人に伴われ、カザロ村へと強制送還で事なきを得たのだが。

 アマンの行動力と好奇心はある意味うらやましくも思うが、ウシツノはそんなアマンをいつも諫める役割なのであった。

 とまれ、三匹は村の裏手から続く山道に足を踏み入れた。

「ここから険しい山道だ」
「せめて気温が上がらないことを祈りましょう」

 早くも足取りの重いアカメを最後尾に、三匹は山道を登り始めた。
 歩きながら今回の調査の展望を語り合った。
 信心深いウシツノは、山の神のお怒りなのではと心配している。
 冒険好きなアマンは恐ろしい怪物が現れたのかも、と大はしゃぎしている。
 どちらも根拠がまだない、とアカメは軽率な二人をたしなめなる。

「じゃあアカメは何だと思ってるんだよ」
「あれは、ですね、単なる自然、現象のひとつに、過ぎず、夕方にはきっと、何事もなく村で夕、飯を楽しん、で、いることでしょう……ぜぇぜぇ」

 いかんせん体力不足なアカメは、山道にあえぎながらもそう言い切った。

 やがてネタが尽きたのか、三匹とも口を開くのをやめ、黙々と歩を進める。
 代わりに周囲の森からたくさんのセミの鳴き声が鳴り響いてきた。

「今年のセミはなんだか元気だな」

 蝉しぐれを聞きながら、ウシツノは流れ出る額の汗を、手拭いで拭き取る。
 だいぶ山道を登ったところだ。
 先頭を行くアマンがふいに立ち止まった。

「どうした?」

 ウシツノの声掛けをアマンが身振りで止める。
 かすかだが右手前方の茂みの中で、人影がちらついた気がしたのだ。
 その時になってウシツノも周囲の異変に気がつく。
 先程までやかましかった蝉の声がパタッと止んでいる。
 このゴズ連山は、いわば霊峰として祀られる神聖な山だ。
 常日頃ふらふらとしているアマンのような者もいるが、基本的に村の住人はおいそれと立ち入らない。
 周囲にはカザロの他に村や集落の類はなく、この大陸の西方一帯の中でもとりわけ人跡未踏の地と言えた。

 ジッとしたまま、アマンは暗く茂る森の奥を注視していた。
 ウシツノも固唾を飲んで、それを見守る。

 バキッ!

 枝を踏み折る音にギョッとして、アマンとウシツノは来た道を振り向いた。

「はあ、はあ……やぁ、追いつきました」

 そこにはたいそうな疲労を滲ませて、追いついたアカメが肩で息をしていた。

「ぁあぁあ、静かにしてくれよお、アカメ」
「な、なんですか、突然」

 気になる気配があったことを話そうかと思ったが、おそらく動物か、木々のざわめきだろう。
 そう思い直してアマンは何も言わなかった。
 だがウシツノがアカメの足元を見て別の疑問を口にする。

「ところでアカメよ、お主の足についているそれはなんだ? 歩きづらかろう」

 見るとアカメだけ、両足を革製の鞄のようなもので覆っている。

「ふふ、これはクツというものですよウシツノ殿。このような険しい山道を行くときには、丈夫で頑丈な革製のこのクツというものを人間は足に履くのですよ」

 そう言いながら得意そうに足を上げて見せるアカメだが、他の二匹に感銘は与えなかった。

「そんな重そうなものを足につけてるから、歩くのが遅いのではないか?」
「単に運動不足だろ? 歩き方も雑だから、大きな音たてて木の枝を踏んだりするんだ」
「ひどい云いようですね」
 
 とはいえ緊張が解けたことで少々疲労と空腹を覚え始めた。
 そろそろ日が中天をさす頃合い。
 三匹は近くを流れる沢に下り、休憩を取ることにした。
 ウシツノとアマンが持参した握り飯を食べている間、アカメはリュックから一冊の分厚い本を取り出し読み始める。
 時間があれば本を読むのがアカメの習慣だった。
 そんな重い物持ち歩くから遅れるんだよ、とアマンに悪態をつかれはしたが、これだけは譲れない。
 生涯で読み切りたい本は無数にあるのだ。
 一刻だって無駄には出来ない。

 しばしの休憩後、いよいよ白角しらつのの舞台へと至るルートに入った。
 二千メートル級の山々が連なるこのゴズ連山の、最も西に位置する峰に目指す場所がある。
 切り立った岩場を登り、草も足元の高さまでとまばらになったころ、かろうじて見分けられる道を上る。
 白角の舞台とは幅三十メートルほどの開けた台地に、自然とは思えない巨石群が環状に立ち並んでいる。
 その中央には人ひとりが横たわれる石の台座が置かれている。
 立ち並ぶ列石は自然から切り出したように、大きさも形もまばらなのだが、中央のその台座だけは綺麗に切り出され、表面も鏡のように磨かれた、きっちりとした直方体である。
 ここが何の場所で、誰がどのようにして作ったのか。
 それを知る者は村にはいない。
 しかしその神秘性は肌で感じられる。
 村の者はここを神聖な地と定め、無用に足を踏み入れないこととした。
 アマンですら過去に二度ほど興味本位で訪れたことがあったが、その時は特別なことなど何もなく、それは今日まで何も変わらなかった。

 たまたま昨夜、白光現象がこの地にあった。
 たまたま雨も風もない静かな夜に、ただ一条の雷の如く、ここに光が差した。
 たまたまである。
 来たところで何もない。
 それを確認して帰ればいい。
 それだけのはず。

 だがこの日は違った。
 ついに変化が訪れたのだ。

 舞台の中央にナニかがいた。

 磨き上げられた台座は砕け散り、そこにそれはそれは細く、長く、美しい、一振りの白い剣が突き立っていた。

 長い。
 刃渡りだけで二〇〇センチはある。
 人間の扱える剣ではない。
 さりとて巨人が振るうには繊細に過ぎる。

 しかし注目すべきは剣よりもその手前にあった。

 砕けた台座の破片の中心に、ウシツノの見たことのない生物が眠り込んでいた。
 この辺りでは見たことがない生物だ。
 少なくともウシツノは初めて見たと思った。
 手足は自分と同じように二本ずつある。
 目も口も鼻の穴の数も同じだ。
 自分と違うのは頭部に毛が生えていることと、肌の色は朝陽を浴びる小麦のような色だ。
 それに手にも足にも自分のような「ヒレ」がない。

「こいつは、なんだ?」

 ウシツノには伺い知るための知識がなかったが、アマンとアカメは違ったようだ。

「アカメ、ひょっとしてこいつ……」
「ええ、間違いありません。ニンゲンのメスですよ、これは」

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」先行掲載、鋭意連載中、「ノベルアッププラス」には467話(更新停止)まで掲載されています。

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