【第219話】シオリ特攻

 正直に言うと、怖かった。

 怖くて怖くてたまらなかった。
 不安で不安で仕様がなかった。

 この世界には護ってくれるはずの法も人権もない。
 血と鋼鉄と肉と骨が漂う世界。
 そんな世界で今からひとり、あの軍勢に立ち向かおうとしている。

「リノ……」

 知らず、言葉が漏れた。
 誰だっけ。
 ……リノ。
 リノ。

「そうだ……リノは、私の親友だ。幼馴染だ。高校に入って、交通事故で歩けなくなって……」

 途端にたくさんの思い出がよみがえる。
 日本にいたころのことが思い出される。
 様々な光景が、たくさんの感情が、一挙に呼び起こされてくる。

「思い出した。あの日もリノは神社の境内で必死に歩こうと頑張ってた。私は声をかけられなくて、ジッとそれを見続けていて」

 でも、もう大丈夫って思えたんだ。
 ああ、治ったよ。
 そう確信したんだ。

「癒しの力。この力のおかげで、リノを治してあげられたのなら、代わりにこの世界に飛ばされてきたとしても、受け入れられる」

 自分の中の忘れていた時間が繋がった。
 同時にこれからの自分の行くべき道を見つけたような気がした。

「だったら、治せるものは片っ端から治していこう。きっとそのために私はここにいるんだ」

 白い光沢のあるスーツに光り輝く翼。
 純白聖女ブラン・ラ・ピュセルに転身したシオリは、アップランド平原の上空からひとり、敵陣地を見下ろしていた。
 そのとき集落の周りから勢いよく炎の壁が立ち上った。

 シオリはハッとした。
 もう立ち止まっている暇はない。
 みんなの逃げる手助けをしなくてはならない。

「桃姫。あなたにかけられた呪いを解けば、この戦いは終われる」

 シオリの視線は敵陣の中央、ひときわ鎧人形がひしめく地点に注がれる。
 両手を胸前で十字に重ね、気を練る。
 背中の羽根が放電を始める。

「必殺! 稲妻光線ッ」

 ズガッガアァァアァァアンンン!

 光と音が同時に炸裂した。
 突然の雷撃に敵陣は混乱……とはいかなかった。
 それこそ生命を持たない人形の軍勢である利点というのか。

「んっ」

 だが戦場の経験など希薄な現代日本の女子校生であるシオリにその判断はつかない。
 最初の一発を契機に土埃の立ち込める敵陣へ超加速で飛来すると、両手で握った神器シャイニング・フォースを振るいながら突っ込んでいく。
 右に左に。
 低空を飛翔しながら振るう剣で次々と敵を斬り裂いた。
 鋼鉄製の鎧人形がまるで紙のようだった。

 何体もの鎧人形を切り裂いた後、目の前に開けた空間が現れた。
 鎧に覆われた天馬に跨る桃姫の姿が目に入る。
 周囲には鎧人形と、多人種で構成された女盗賊たちがひしめいていた。

「白姫!」
「桃姫ェッ」

 桃姫マユミも転身していた。
 全体的にコウモリを連想させる黒いボンデージ姿で、髪は気が狂いそうなほどピンク色をしている。
 十数条に枝分かれした鞭、ハイドライドをシオリに向かい打ち据えようとした。
 その鞭をかいくぐりながらシオリはマユミに肉薄する。

「そのマスクをひっぺがしますッ」

 マユミの目の周りに張り付いたマスクに手を伸ばした。
 このマスクは呪われている。
 このマスクがマユミを呪う元凶。

 ドゴッ!

「ぎゃっ」

 突然背中に衝撃を受けた。
 マスクには手が届かず、重たい衝撃に圧し潰されるようにシオリは地面に叩きつけられた。

「グゥオオォオォォォ」

 ドンドンドン、と自らの胸部を叩きながら雄叫びを上げるゴリラ型の鎧人形。
 騎士型のアーマーパペットよりも図体がでかい。
 それが三体。

「アーマーパペット三体分の材料でこさえることができる鋼鉄大猩々アイアンコングよ。強さは五倍もあるの」
「それが、なに!」

 ザッと起き上がるとシオリはまたすぐにマユミへと手を伸ばす。
 アイアンコングが立ちはだかり太い腕を振り回す。

「邪魔」

 大きくスイングした腕をシオリの剣が斬り落とした。
 そのままゴリラを飛び越えたとき、今度は鎧騎士の剣がいくつも振り落とされてきた。
 足を踏ん張ってそれらを剣で弾き返すと、自身の長い剣を大きく横薙ぎにする。
 何体かの鎧騎士を薙ぎ払った。
 が、休む間もなくゴリラが襲い来る。
 振り下ろされた腕を受け止めるとさすがに地面に足が沈み込む。
 その止まった瞬間を狙ってマユミの鞭が幾本もシオリに打ち据えられた。

「きゃあっ」
「アハハハ! どうしたの白姫! 昨日みたいに強くならないの? それとも私にこうして鞭で打たれたかったのかしら」

 光をもたらすものルシフェル。
 シオリだってなれるものならなっている。
 だがいつも通りの転身しかできなかったのだ。

「あ、あなたたちなんて、このままで十分なんだからッ」

 ゴバアッっと重い腕を押し返すと目の前のアイアンコングを真っ二つに両断してみせた。

「そのマスクをっ」

 再びマユミに手を伸ばすシオリがハッとする。
 殺気に振り向いたときには剣先が眼前に差し迫っていた。

 ギィン!

 慌てて弾いた。

「お前さんが白い剣を持つ少女か。みつけたぞ」

 ニタアっと凶悪な笑みを広げるのはトカゲ族の酔っ払い、もとい、剣聖グランド・ケイマンであった。
 雷撃が落ちるのを見るや、前線から一直線に舞い戻ったのだ。
 剣を構えつつ、シオリは周囲を改める。
 転身した桃姫マユミと剣聖グランド・ケイマンが前後を挟む。
 ゴリラ型のパペット、アイアンコングが二体、そして無数の鎧騎士アーマーパペットがその周りにひしめいている。

「カカカッ。小娘の癖にひとりで攻め入るとは、自信があるのか己を知らぬのか」
「し、集落のみんなは」
「どうせ助からん。あの程度の勢力、時間の問題じゃわい。それよりも大事なのはお前さんじゃ」
「わたし?」
「ブロッソ王に引き渡してやってもよいが、お前さんの血と胆汁を混ぜた酒を飲んでみたいのう」
「ッ!」

 思ってもみなかったことを言われシオリはギョッとした。

「ちょっと! 白姫は私がもらうんだから。余計なことはしないで」

 マユミがケイマンに忠告しながら威嚇するように鞭を振り回す。

「カカカッ。ならば早い者勝ちじゃ。この娘を先に屈服させた方が好きにできる」

 ケイマンも刀を構え詰めよってくる。

「白姫は私の玩具にするのよ」
「いいやワシの酒の肴にしてくれる」

 マユミとケイマン、前後から同時にシオリに襲い掛かった。
 十数条の鞭と、神速の剣閃。

 すべてを受けきれない。

「ッ!」

 ガギン……。

 咄嗟に鞭の方を払い除けた。
 ケイマンには背中を向けていた。
 だが刺し貫かれることはなかった。

「オヌシ……」

 ケイマンの苦虫を噛み殺したような声が聞こえる。

「無謀もいいところだぞシオリ」

 背中にあたたかな力を感じる。
 振り向くと、飛び込んできた赤い鳥がケイマンの凶刃を防いでくれていた。

「タイランさん、どうして」
「帰るぞ。こいつらを斬ってな」

 ケイマンの刀を押し戻すと、タイランはシオリの背後をかばうように、愛用のレイピアを胸前で構えた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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