【第217話】集落包囲戦

 物見やぐらの上から周囲を確認したタイランは、集落の正面、三つの包囲網の中心に剣聖グランド・ケイマンの姿を認めた。
 どうやら向こうも気付いたらしく、ひとり前線へと出てきた。

「おはようクァックジャード。よい朝じゃな」
「忘れられぬ朝になった」

 バサ、と赤い羽根をはばたかせ、タイランも集落の外へと降り立つ。
 ケイマンとタイラン、声は届くが剣の間合いは遥かに遠く離れた位置で対峙した。

「どうした。もっと近寄らんか。年寄りの耳に優しくせんか」
「貴公こそ、未来ある若者をもっと大事にすべきだな」
「カカッ! 相変わらず口が達者じゃな。酒の席でうたなら楽しめたやもしれん」
「酒はやらぬ」
「カッカッカ! だからワシには勝てんのじゃよ」
「なら貴公の勝ちで構わん。大人しく軍を退く気はないか」
「こちらの欲しい物をもらってからでないとのう」

 ニヤニヤと顎をこすりながらタイランの返答を待つ。
 どうやらだいぶ機嫌を取り戻したらしく、腰にはいつものように酒壺がぶら下げられている。

「探し人も、箱もシオリもここにはない」
「慌てて逃がしたか? ならばここら一帯をしらみつぶしにするだけじゃ」
「好きにはさせぬ」
「おヌシひとりで何ができる? 貴様らが元々数十人程度でしかないことは知れておる。昨夜ワシが皆殺しておいたからな」
「それはどうかな」

 ピュウッ、と一本の矢が飛び、ケイマンの眼前に迫った。
 咄嗟にその矢をかわしたケイマンの視線の先、集落を囲む塀の上に十数人のケンタウロス族が見える。

「詰めの甘い仕事をするのが性分のようだな」
「なぜあんなにも生き残っておる? ほとんど斬り捨てたはずじゃろう」

 シオリの回復能力についてまで、わざわざ教えてやる気はなかった。

「フン、まあいい。あの程度の手勢で変わる戦局ではなかろうが」

 ケイマンが自陣へと取って返す。

「気をつけろよ。おヌシが副官を殺したことで命令伝達が狂っておる。始まったらもう止められん。逃げる事すらもうできぬぞ」

 その脅しを聴きながらタイランも集落へと飛び退った。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「来るぞ。リピッツァ、準備はいいか?」
「はい。覚悟は決まりました」

 残されたリピッツァ麾下きか、十四名のケンタウロス戦士が配置に着く。
 三方に分かれたそれぞれの面前に丸太材や太いロープが張り巡らされた仕掛けがある。

「最初は投石器かと思ったものだが、まさかこんな仕掛けが用意されていたとはな」

 タイランの感想にリピッツァがうなずいた。

「本来これは私なんかの一存で決められることではありません。ですが」
「なに、一緒に謝ってやるさ。オレは調停役のクァックジャードだぞ」
「ハハ。心強い」
「そのためにも、死ぬなよ」
「ハイ」

 ときの声は聞こえてこぬが、大地を揺るがす軍靴の音は聞こえてきた。
 パペットである鎧騎士の軍勢であるがゆえに、一種異様な雰囲気が戦場を包みこむ。

「生きている兵士が敵ではないということが、これほどまでに恐ろしいとは」

 誰かが漏らしたその感想にタイランでさえも心中で賛同していた。
 物見櫓に再び上ったタイランの眼下で、三方からアーマーパペットの軍勢が同時に押し寄せていた。
 集落の外に広がる平原を何物にも邪魔されずに突進してくる。

「まだだ。まだ待て」

 怒涛の勢いに気圧されそうになりながら、戦士たちはジッとタイランの指示を待つ。
 押し寄せる鎧騎士の最初の一群が集落の塀に辿り着く。
 その後ろからも留まることなく押し迫る。
 勢いは止まりそうにない。

「いまだッ」

 三方に散ったケンタウロスがそれぞれ目の前のロープを断ち切った。
 巨大な丸太で組まれた仕掛けが動き出し、大きな岩を重りにして、地面に埋め込まれた鎖を何本も引き上げる。
 その勢いにもうもうと砂ぼこりが舞う。

 ゴッバァッ!

「なんじゃっ!」

 自陣後方で酒をあおっていたケイマンが声を上げた。
 集落の目前に迫っていた鎧騎士の大勢が、突如として大きく空いた地面に飲み込まれてしまったのだ。
 巨大な大穴が集落周辺に掘られており、巨大な砂ぼこりが上空へと舞い上がっている。
 恐れを知らない、命令に忠実な鎧騎士たちは、穴の縁で立ち止まるも後方からどんどんと押し寄せる新手に押し出され、次々と落下していく。

「ええいっ、バカか! 止まらせろ」

 ケイマンの叱責に居並んだニンゲンの部下たちが鼓を鳴らして命令伝達を焦る。
 しかしその流れはとてもスムーズとは言い難かった。

「ケンタウロスめ。集落周辺に空堀を用意しておったか」

 そうつぶやくケイマンの声が聞こえたわけではない。
 タイランも初戦の前にリピッツァとハクニーに教えられたばかりであった。
 巨大な堀に蓋をして、草原と見紛う景色を作り上げていたのだ。
 数日で出来る作業ではない。
 これは族長のペルシュロンが聖賢王シュテイン亡きあと、ハイランドとの盟約に危機を覚えた際に使用するための防衛手段として、十数年前から用意してあったものだ。

 そして穴の底には昨夜のうちに油が染み込んだ枯れ草をたっぷりと敷き詰めておいた。

「やれ! リピッツァ」

 塀の上でリピッツァが矢をつがえる。
 その矢には当然めらめらと燃える炎が灯る。
 この火矢が穴の底に届けばたちまちのうちに燃え広がるだろう。
 それは穴の中だけでは済まない。
 この集落全体へと燃え移り、そして集落は壊滅する。
 そうなるように準備している。
 そうするよりわずかな手勢で抗える術はない。

 だが、リピッツァは躊躇した。

 生まれ育ったこの集落に愛着があったのだ。
 土壇場になって、いち戦士でしかない自分にこの矢を放つ覚悟が足りていないと痛感したのだ。
 その躊躇した隙間を縫って逆に飛んできた矢がリピッツァを射抜いてしまう。

「リピッツァ!」

 塀から転げ落ちたリピッツァの右腕に深々と矢が刺さっていた。
 命は取り留めたようだがもう武器は振るえまい。
 矢を撃ったのがケイマンであることをタイランは確認している。

「誰か火矢を」

 だがすぐに次弾を撃ち込める位置に味方は誰もいなかった。
 人数の少なさがもろに痛手となった。
 せめて昨夜の襲撃さえなければ。
 タイランは自身で行動すべく身をひるがえした。

 ピウッ!

 そのとき風切り音が聞こえた。
 どこからか放たれた一本の火矢が、上空高く放物線を描きながら穴の底へと吸い込まれていく。
 そして――。
 瞬く間に炎の壁が天高く燃え上がった。

「しっかりしろ、リピッツァ。オレの代わりを任せられるのは、お前ぐらいなのだからな」

 倒れたリピッツァのすぐそばに、颯爽と駆け寄る弓を手にした若く猛々しい戦士があらわれた。

「べ、ベルジャン……」
「待たせた。後の指示はオレに任せろ」

 ペニヴァシュ山から全力で駆け戻ったベルジャンと二人のケンタウロス、そしてウシツノとアカメの帰還だった。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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