【第213話】幻魔術ドグラ・マグラ

「桃姫……? 私に、会いに?」
「そうよ、白姫さん。……白姫、でしょ?」

 夜の闇の下に立つ女。
 マスク越しで目元が覆われているため今ひとつ表情は読み取れないが、声と口元の形からして穏やかなようで敵意までは感じられない。
 コクン、と不安を押し殺しながらシオリは首肯した。

「やっぱり白。名前は?」
「……シ、シオリ……新沼シオリ」
「私は瀬々良木マユミ」

 不意に風切り音が聞こえてシオリは飛び退った。
 マユミが手にした鞭でシオリを絡めとろうとしたのだ。

「ぁん。そんなに離れないで。鞭が届かない」
「……」

 シオリの脳内に警戒警報が鳴り響いていた。
 同じように日本から飛ばされてきた人に会えた歓びと、自分とはだいぶ違うこの世界への染まりように狼狽していた。

「んしょ」

 集落を囲う丸太塀の上に立っていたマユミは、しゃがみ込み地面を見つめている。
 そのままじっと動かない。

「な、なにしてるん、ですか」
「ちょっと、待って」

 それからゆっくりと十秒ほど数えたころ、

「っん」

 しゃがんだ姿勢のままマユミが地面へと飛び降りた。

「と、っとと」

 少し前へつんのめりながら姿勢を整える。

「ふぅ。思ったより高くて怖かった」
「……そ、そう」

 塀の高さは二メートルほど。マユミの身長は百五十センチぐらいと小柄だ。
 シオリは改めてマユミの姿を見てみる。
 ライトブラウンの髪をポニーテールに、顔には蝙蝠の羽根を広げたようなアイマスク。
 露出の多い踊り子のような衣装で、手には金属製に見える一本鞭。

「ハロウィンのコスプレみたい」
「ハロウィンって?」

 思わず声に出してしまったシオリのつぶやきにマユミは首をかしげた。

「え? ハロウィンですよ。みんなコスプレして街で騒ぐじゃないですか」
「あー、アメリカだっけ。聞いたことあるかも」
「え? いや、日本でも、え?」
「?」

 会話が噛み合わない居心地の悪さを感じつつも、シオリはなんとかマユミとの仲を良くしたいと思っていた。
 姫神だから戦わなければならない。
 そんな理不尽を素直に受け入れるつもりはない。
 同じ日本人同士、まずは話し合いからすべきだ。
 だが……

 ビュン!

「わっ」

 またしても鞭がシオリに巻き付こうと振るわれた。
 精一杯かわしつつもシオリは自分の剣を持ってこなかったことを悔いた。

「やめてください! 私たちが姫神だからって、だからって戦う必要ないじゃないですか」
「そうね。だから大人しく、私に捕まって」
「ええっ! なんで」

 再び飛んできた鞭をかわしながらシオリは強く念じていた。

(来てッ)

「シオリさん。私見たの。あなたは天使のように綺麗だった。そして、傷ついた戦士たちを癒していた」
「……それって」
「なら、その力で……あのヒトを治せるかもしれないでしょう」
「あのヒト?」

 一瞬の油断。
 シオリの上半身についに鞭がグルグルと巻き付いた。

「くっ、しまっ……」
「あのヒトは死んでいない。まだ、あの森で生きているの。クリスタルの中で……私を待っている」

 そのときだった。

「シオリーッ」
「シオリッ」

 ケンタウロス族の姫君ハクニーと赤い鳥タイランの二人が異常を察知し、シオリの元へと駆け寄ってこようとしていた。

「ハクニー! タイランさん」
「ッ! 白姫は私のものよ! もう私のもの」

 ギリギリっとマユミが鞭を握り締めると、シオリの身体に巻き付いた鞭が一層力強く食い込んだ。

「ぐっ」
「シオリィーッ」

 ハクニーの叫び声とタイランの跳躍が同時。
 赤い鳥のレイピアが銀閃となってマユミに向かい突き出される。

「また? また私がもらったものを奪おうとする奴がいるのッ」

 マユミの脳裏に清楚な女司祭と銀色のスーツをまとった女の姿が思い出される。

「邪魔をしないでッ!」

 マユミの目が妖しく光った。

「転身姫神! 淫魔艶女ナイトメア・サキュバスッ」

 ゴゥッ!

 強い衝撃が荒れ狂い、タイランは突風に煽られるように空中で姿勢を崩す。
 もうわずかな距離まで迫っていたレイピアの切っ先が強烈な打ち込みで払いのけられると、なんとか着地したタイランは自身のレイピアを撃ち落としたモノの正体を見た。

「ヒュドラ……」

 複数の頭を持つドラゴンに見紛う程に、マユミの鞭は変貌し、荒れ狂っていた。
 いつの間にか一本の鞭が、いくつもの本数に分裂していた。
 そのうちの一本は変わらずシオリを縛めており、のみならず、その鞭は一本一本が意思を持つかのように不気味に蠢いていた。

「私の神器、龍騎ハイドライドよ」

 神器が変貌したように、マユミも変貌を遂げていた。
 目元を覆う黒いマスクに合わせるような、妖しくきわどい黒革の衣装。
 肌は白く色気を漂わせ、髪は気が狂いそうなほどのピンク色で腰までなびかせる。
 悪魔のような蝙蝠の羽を広げ、長い、これも鞭のような尻尾までが煽情的に蠢いている。

「これが桃姫か」
「タイランさん気を付けて! 桃姫は幻魔術を使うわ」

 マユミに向かい剣を構えるタイランにハクニーの忠告が飛ぶ。

「フフフフ、もう遅いわ。幻魔術〈堂廻目眩・戸惑面喰ドグラマグラ・ドグラマグラ〉」

 マユミの呪言が耳に届ク。
 タイランの視界に突如「炎をまとった竜」が顕現スル。
 ハクニーの視界に突如「全身に傷を負ったケンタウロス」が顕現スル。

 マユミの呪言が脳内ニ響ク。
 タイランは眩暈に襲ワレ立ち上がれナイ。
 ハクニーは眩暈に襲ワレ立ち上がれナイ。

 マユミのサイゴの呪言が流レル。
 タッタ一言。

「ドグラ・マグラ」

 タイランの全身が炎に包マレタ。
 ハクニーの全身が切り裂カレタ。

「いやぁぁぁぁッ! タイランさんッ! ハクニーィッ」

 なにも顕現ないし眩暈もしない。
 シオリにはナニも効くことはない。
 姫神白姫に精神攻撃は効かない。

「幻魔術〈ドグラ・マグラ〉。精神の異常は顕現する。炎に焼カレタと思えばソノ通リニ。斬り刻マレタと思えばソノ通リニ」
「タイランさん! ハクニーッ」

 シオリの絶叫が響く。

(早く! 早くッ! 早く来なさいッ)

「シャイニングフォースッ」

 シオリの呼びかけに閃光の如く長剣が飛んできた。
 鞭に縛られたままのシオリの手に白い剣シャイニング・フォースが光る。

「転身姫神ッ! ブランラピュセェゥッ!」

 悲鳴のような雄叫びを上げながらシオリは光に包まれた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

ランキング参加中! 応援いただけると嬉しいです。
にほんブログ村 小説ブログ オリジナル小説へ にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ Web小説ランキング ファンタジー・SF小説ランキング

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!