始めはゆっくり。
次第に勢いを増す。
あと三歩。
間合いに入る、そのタイミングでモロク王も前へ出た。
次の瞬間、お互いに繰り出した渾身の一撃がぶつかり合う。
大きな激突音と巻き上がる烈風が周囲のトカゲどもの動きを封じる。
二体の巨大な英雄同士の激しい打ち合いに、誰もが目を離せず、それどころか指一本、呼吸することすら憚られる。
そこは誰も立ち入れない空間だった。
双方ともフェイントなどない。
一撃一撃、すべてが必殺の斬撃となって相手を襲う。
息つく間のないその展開が三十合ほど続いたころ、大クランが刀を繰りながらモロク王に怒声を飛ばした。
「あのニンゲン! 黒姫っちゅうんは一体なんじゃ」
「シャシャシャッ! このオレ様が覇王となる為の大事な女神よォ」
「奴隷のように扱いながら女神とぬかすかァ」
「神だろうが、このオレ様の奴隷にしてくれるわッ」
「小者が」
大クランの横薙ぎを剣戟で受け止めたモロク王だが、その重さは予想以上であり、しのぎ切れずに弾かれてしまった。
大クランは振りぬいた反動をそのままに、右足を踏ん張り回転し、左足のかかとをモロク王の胴体へと叩き込む。
「ガハッ」
のけぞるモロク王に間隙なく追い打ちをかける。
畳み掛けるように襲いくる連撃をかろうじてしのぎ続けるモロク王だが、次第にその顔には笑みがこぼれ始めてきた。
「シャ、シャシャシャシャシャッ! どうしたクラン・ウェル将軍」
ついにモロク王が大クランを笑いとばした。
先程までと打って変わり、余裕の表情が見てとれる。
大クランは攻撃を緩めなかった。
いや、緩めるわけにはいかないのだ。
ここで仕留めねばッ――。
「どうした? 威力が落ちてきているぞ」
一振り一振りが段々と弱々しくなっていく。
息も上がってきた。
「歳はとりたくないよなあ? なあ、クラン・ウェル将軍」
「き、きさまとて、大して変わらんじゃろうが」
「残念」
モロク王が受けた刀を力いっぱい押し返す。
それだけで大クランは押し戻され、ついに膝をついてしまった。
「オレ様はな、三十年前と大して変わらんのよ」
大笑ッ
大クランは仁王立ちするモロク王を苦々しげに睨みつける。
「はあ、はあ、魔道に身をやつしたか…………哀れな奴め」
「ちがうぞ。役に立つ魔女がオレ様を選んだのだ。だから使うてやっているのだ」
言いながらモロク王は大クランを蹴り飛ばす。
抵抗もできず、転がる大クランに気分を良くしたのか、モロク王は続けざまに足蹴にしてやった。
「どうやらようやくキサマとお別れする時が来たようだな。オレ様はな、昔からお前と並び称されるのが気に食わなかったのだ」
「気があうな、ワシもじゃよ」
「ふん! 醜いカエルめが、ほざきよるわ」
剣を振り上げ、大クランへと振り下ろす。
「ヌマーカァッ」
その叫びが大クランの最期の一吠えであった。
モロク王の剣に脳天をかち割られる。
ブシュウゥゥゥ
同時に投げ込まれた煙幕がその場の全員の視界を遮った。
広場へ向かう大クランの指示で、この時までジッと身を隠していたのは、クラン家に長年仕えるカエル族の老戦士、ヌマーカだった。
忠実なヌマーカは作戦を遂行することのみ考えていた。
それは合図を待って煙幕を張り、あの謎のニンゲンを連れ去ることであった。
「ヌマーカよ。これは多分どうにもならん。あまりにも唐突に過ぎた。だが、やられっぱなしは気に食わねえよな」
いったん言葉を切り考える。
「おそらくせがれども三匹は、白角の舞台で何かしらを得ているはずだ」
「昨夜の白光が関係していると?」
「さてな? そこでオメーは、あのモロクが繋いでいるニンゲンのメスをかっさらい、ウシツノ達と合流しろ。チャンスはワシが作る」
「それではお館さまは」
「仕方ねえ。ゆっくりと余生とは……いかなかったな」
ニヤッとひと笑いし、水虎将軍クラン・ウェルは、宿敵モロク王との決戦へと出て行ったのだ。
煙に紛れたヌマーカは、素早く行動した。
現役を退いたとはいえ、かつてはクラン・ウェル将軍の右腕として戦場を生き抜いた男。
主の最期の命令を失敗に終わらせるわけにはいかなかった。
突然のことでトカゲどもは混乱した。
モロク王も新手が襲いくるかと周囲を見渡した時だった。
「ぐッ」
右太腿に違和感を覚えた。
見るとそこには最期の抵抗の跡か、大クランの死体に握られた短刀が深々と突き立っていた。
「チッ」
剣で無造作に大クランの右腕ごと斬りおとす。
「最期まで忌々しいカエルめ」
しかし彼が本当に頭に血が上るのはこれからである。
予想した新手の襲撃がないまま、煙が晴れると、輿の上に繋いでいたはずのニンゲンがいなくなっていたことに気が付いた。
「なッ」
その輿を担いでいたはずのトカゲたちもみな静かに倒れ伏している。
音もなく、全員が仕留められていた。
「バ、バカ野郎どもがッ! 探せ、あのニンゲンをッ! 黒姫を見つけ出せ」
慌ててトカゲどもが散開する。
右太腿に傷を負っていなければ、怒りで暴れだし何人かの部下を殴り殺していたかもしれない。
その意味で、彼の部下たちは敵将のカエルによって、命を救われたと言えるのかもしれなかった。