【第11話】老兵

「まずは上々」

 トカゲどもを煙幕で出し抜き、見事にニンゲンのメスをかっさらってやった。
 ヌマーカはひとまず追手がないことを確認すると、そのニンゲンを抱えたまま広場を突っ切り、村内で一番大きな池へと向かった。
 走り出せばもう振り返らない。
 少しの無駄な行動が、追手との距離を詰められることになる。
 一歩、また一歩。
 少しでも先へ、その先へ。
 懸命に駆け抜けた。
 幸いなことに抱えたニンゲンは何の抵抗も示さない。
 だが念のため、後ろ手の枷はそのままにしておいた。
 まだこのニンゲンの立ち位置が掴めていないのだ。同様に警戒はしておくものだろう。

「見えた」

 無事に目的の池にたどり着くと、間髪入れずに水中へと跳び込んだ。
 とても澄んだ、透明度の高い美しい池ではあるが、水草や蓮の葉が多く浮かび、地上を行くよりも目くらましになる。

(ニンゲンも水中では息が出来ぬのであったな)

 カエルとて肺呼吸である。
 水中で息ができるわけではない。
 だがヌマーカは潜行時間を自分で測ることもできるが、このニンゲンには知りようもないこと。
 ヌマーカは抱えたニンゲンを注視する。
 が、もともと生きてるか死んでるかもわからぬ様子だったので、判別がつきにくい。

(仕方ない)

 一度水面に浮上する。
 顔を出すと、ゴホ、ゴホッ、と、ニンゲンが咳き込んだ。
 呼吸が落ち着くのを待つと、

「次はちと、長めに潜るぞ。こらえてくれ」

 そう言って再び水中に没した。
 丁寧に忠告したつもりではいるが、はたしてヌマーカの西方語は通じただろうか。
 もはやヌマーカにニンゲンの安否を確認するつもりはなかった。
 必死に全速力で泳ぎ進む。
 この池は村の外を流れるアマスト川に繋がっている。
 アマスト川の水源はゴズ連山である。
 その川を伝い、上流まで出られれば、あとは深い木々の生い茂る山中に潜り込めばよい。
 なんとしても白角しらつのの舞台へ向かった三人に、事の次第を報告しなくてはならない。

(お館様の無念、絶対に伝えねばならん)

 広場に飛び出す瞬間に見たあの光景は忘れまい。
 偉大なる水虎将軍の、強き最期の生き様を。

 アマスト川に泳ぎ着いたヌマーカは、勢いを緩めずに川岸へと飛び出した。
 本来なら水面から上がる前に周囲を警戒すべきだが、連れの状態が気になり一目散に飛び出したのだ。
 幸運なことに、周辺にはトカゲどもの姿は見えない。
 急いでニンゲンを大きめの石の上に寝かせ、腹を両手で押し込む。

「ガハッ」

 ニンゲンが水を吐き出した。

「やはり飲んでいたか。済まぬな」

 両手を鳩尾に押し込み、何度か水を吐き出させていると、やがて細かく咳き込みだし、息を吹き返した。

「ふう。お主に死なれてしまっては、あの世でお館様に会わす顔がないのでな」

 と、安堵したのも束の間だった。

「いたぞ! カエルと黒姫だ!」

 その時、村の方角からトカゲの兵が五匹ほど、こちらを発見し、河原へと駆け下りてきていた。

「チッ。もう追いつかれてしもうたか」

 一瞬迷う。
 手元にある武器は懐に忍ばせたクナイが二本のみ。
 トカゲ族なんぞ恐れはせぬが、五匹を相手に、となると無傷とはいくまい。
 だが、逃げる選択肢はない。
 今また水中へ潜るのは、このニンゲンには自殺行為に等しい。
 そしてヌマーカの中にこのニンゲンを見捨てる、という選択肢もまた、なかったのだ。

「仕方あるまい」

 向かってくるトカゲ族どもに対し、ヌマーカは両手にクナイを握り迎え撃つ姿勢をとった。

「敵と正面からやりあうのはワシの流儀ではないんじゃがな」

 まずは剣を振り上げたトカゲ族が目の前まで迫ってくると、ヌマーカは足元の小石や砂利を蹴り上げそいつの目を潰してやった。
 ひるんだそいつの頭を踏み台に跳び越えると、続く二匹目の喉を切り裂いた。
 その後ろから現れた三匹目が振り下ろした剣をヌマーカは交差したクナイで受け止めた。
 が、予想以上の重みで一瞬、地面に両足をべた、と押さえつけられた。
 体格で劣るヌマーカにとって機動力を封じられるのは避けたい場面。
 その隙をついて最初に目を潰されたトカゲ族が横合いから斬りかかってきた。

「なんのッ」

 クナイを横に倒し重い剣を地面に逸らすと、ヌマーカは飛び退り大きく距離をあけた。
 だが目潰しをされたトカゲ族の怒りは収まらない。
 猛々しい咆哮を挙げながら怒涛の斬撃を二度、三度、と繰り返す。
 あまり後ろへ下がり過ぎないよう斬撃をかわし続ける。
 だがヌマーカの目の端には重たい剣戟の三匹目がこちらの隙を窺っている様が写っていた。

(やれやれ歳はとりたくないのう)

 心中でボヤくヌマーカの息が上がっている。

(覚悟を決めて正面からりおうたいうに、まだ一匹しか仕留められんか)

「シャッシャッシャァッ! そろそろ死ねや老いぼれガエルがッ」

 そいつにとって必殺の斬撃だったのだろう。
 それだけに一部の隙が伺えた。
 剣の軌道を見極めると、スルスルとクナイを縫うようにして、そいつの手首を狙い通りに斬り裂いてやった。

「グギャァッ! クソォッ」
「間抜けが。甘く見おって」

 二匹目に痛い目を見せたところで、すかさず三匹目が襲いかかってきた。

(やれやれ)

 ガキィィッン!

 二本のクナイで重い剣戟を防いだ時だった。
 ヌマーカがまだ相対していなかった残りの二匹が、ぐったりとしているニンゲンを抱え、連れ去ろうとしているのが目についたのだ。

「させんッ」

 咄嗟にクナイを一本投擲する。
 その一本は四匹目の背中に突き立ったのだが、さすがに鎧を着こんだ相手を殺すまでの威力はなかった。
 だが怒りは買えたようだ。
 四匹目と五匹目の瞳に怒気がみなぎっている。
 ニンゲンを下ろすと殺意のターゲットをヌマーカへと切り替えた。

(クナイは手元に残り一本。敵は手負いを入れてまだ四匹)

 四匹のトカゲ族がヌマーカに向けて残虐な笑みを浮かべる。
 憂さ晴らしに格好の餌食だとでも見えているのだろう。

(せめてあと二十……いや、十五、若ければのう)

 せめて全力で戦えれば、そう思い悩むヌマーカだが、相変わらず逃げる選択肢は頭にはなかった。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」先行掲載、鋭意連載中、「ノベルアッププラス」には467話(更新停止)まで掲載されています。

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