【第116話】二明の刻

 闇夜に月が浮かんでいた。
 街はすでに眠りに落ち、日付が変わるまであと数分しかない。
 先ほどから風が強くなり、雲の流れも速度を増してきた。
 そのような時間であるが、トカゲ族どもは全員、荷物を搬入した倉庫に集まっていた。
 昼間とは違い甲冑を着込み、各々武器を携行している。
 昼から飲んでいたトルクアータと部下たちだが、これから始まるであろう事に高揚して酔いもすっかり醒めていた。

「いくぶん酒臭いがな」
「お前も飲めばよかったのだ、マラカイトよ」
「そうもいくまい。さあ、とにかく開けるぞ」

 全員が倉庫の中心に置かれた木箱を見る。
 船で海を渡ってきた大荷物だが、まさに彼らの任務はこの箱の運搬と開放であった。

「よいな。この箱を開けて、中の娘が目を覚ませば、すぐさまあの魔女がそれを感知できるという。我らは速やかに目的の場所に娘を連れて移動し、待機せねばならない」
「ああ、承知している。何度も確認したからな」

 旅の途中幾度となく確認した事柄であった。

「言われるがまま、こうしてこの地へとやってきたが、本当にこれでいいのか甚だ疑問は残るな」
「確かにな。だがあとは箱を開けるだけ。魔女への悪態をつくのはその後でもよかろう」
「そうだな。よし、お前たち、箱を開けろ」

 部下たちが木箱のフタを打ち付けている太い釘を抜き始める。
 全ての釘を抜きフタを外すと、中には土がびっしりと詰められていた。
 黒く湿った腐った土だ。
 その土を掻き出すと、やがて土の中から一振りの黒く禍々しい剣と、同じく黒い棺が現れた。
 その黒い剣はとても重たいようで、力自慢の部下が三匹がかりでようやく持ち上げることができた。
 そして棺のフタにマラカイトが手をかける。

「よいな、開けるぞ」
「う、うむ」

 トルクアータもマラカイトも心なしか緊張していた。
 どんな戦場でも怖気づくことのない二人だが、黒い剣と棺が現れてから途端にうすら寒さを感じるようになっていた。
 ゆっくりと、マラカイトが棺のフタを持ち上げる。
 倉庫内に灯された明かりが静かに棺の中を照らし出す。
 棺の中に、黒いスーツを着て、全身を革の拘束具で縛められた、肌の白い、黒髪の華奢なニンゲンの女がいた。
 棺の中の時は止まっていたのだろうか。
 女は傷ひとつ、汚れひとつない姿で、キレイに保存されていたかのようだ。

 全員が固唾を飲んで女を見つめた。

 数分、いやもしかしたら数秒もたっていなかったかもしれない。
 やがて微かな光を敏感に察知したのか、女のまつげが小さく揺れて、そしてゆっくりと両の目蓋が開いていった。
 女は目を開くと、身動きできないことと自分を見つめるトカゲ族たちの姿を確認し、落胆した。

「目覚めたようだ」
「そうだな」
「よし。いいか、娘。今からお前の拘束を解く。だが余計なことはするな。黙って我らの後についてくるのだ」
「理解しているだろうが、魔女はすぐにやってくるからな」

 女……黒姫こと深谷レイは、何も発することなく、ただその目を悲しげに伏せただけだった。

「では移動するぞ。作戦開始予定である二明の刻午前二時までに配置につかねばならない」
「遠いのか?」
「それよりもその場所が問題なのだ」
「というと?」
「その場所はスラム街なのだが……」

 マラカイトは一旦言葉を区切ってから声を低めて後を続けた。

「そこはこの街を実質仕切る、盗賊ギルドが間近にあるのだ」

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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