そしてタイランは目を疑った。
「シオリッ」
よもやシオリが桃姫に圧倒されているとは思っていなかったのである。
シオリが両手と両膝を地について「はあ、はあ」と肩で荒い息をしている。
ケイマンとの接戦に集中していたのはどれほどの間であったか。
対照的に桃姫にはダメージのようなものは見当たらない。
桃姫の周囲にいた女盗賊たちが、ポーラと呼ぶ革紐の両端に球状の石を繋いだ投擲具をシオリに向かい放る。
いくつも飛んできたそのポーラは石の重みでぐるぐるとシオリの脚、腕、首など各部に巻き付き拘束する。
そのなかでも首に巻き付いたポーラがシオリの側頭部に繋がった重い石をぶち当ててしまう。
こめかみから血を流したシオリが倒れる。
「まずいッ」
タイランはケイマンの果心居士を手にしたまま駆け寄ろうとした。
すでにケイマンは戦う意思を持たず膝をついていたが、代わりに周囲にいた鎧騎士たちがシオリとの間に数体立ちはだかった。
「どけッ」
使い慣れた自身のレイピアよりも重たい刀を振り回しながらタイランは鎧騎士たちを斬り倒していく。
駆け寄りシオリを抱き起こそうとして気が付いた。
「熱い。かなりの発熱……」
「タイランさん……わたし、なんだか、寒気がして」
体調は万全ではなかった。
異世界人であるシオリにとって、この世界の病原菌に対する免疫が薄かったのだろうか。
それが土壇場で耐えられないレベルにまで発症してしまったようだ。
もちろん個人差がある。
桃姫は今のところシオリの様な症状には罹っていないようだ。
ケンタウロス族の薬も症状の緩和はできても根本的な治療には及ばなかったと見るべきか。
「やはりニンゲンにはニンゲンの医者が必要か」
シオリに絡まった革紐を解こうとするのだが、なかなかすぐに解けるモノではない。
焦る指先とシオリの汗を吸った革紐がきつく締まり、腹立たしいほど思い通りにいかない。
「白姫を捕えて頂戴! 鳥さんは殺していいわ」
マユミの無慈悲な命令にゴリラ型のアイアンコングが咆哮を上げて襲い掛かった。
なんとかシオリの腕に絡まった革紐だけは解くことができた。
「伏せてッ、タイランさん」
疑問を挟む余裕はない。
言われた通り地に伏せる。
「電刃ッ」
シャイニング・フォースを座ったままの姿勢で頭上に掲げ、周囲を薙ぎ払った。
刀身から電撃が刃となってシオリを中心に円形の斬撃が放射される。
鋼鉄のボディをしたパペットたちを紙のように切り裂きながらさらに電撃が襲った。
倒れた鎧騎士たちから黒煙と焼け焦げた匂いが充満する。
「ごめんな、さい……タイランさん」
そこまでがシオリの限界だった。
タイランはシオリに絡まった革紐を解くのを断念し、意識を失ったシオリを抱え上げると大空へ飛び立ち逃げを打った。
「逃がさない」
マユミの鞭が飛ぶ。
その鞭がシオリの手から剣を弾き落とす。
咄嗟に手を伸ばしたタイランがその剣を掴む。
「ぐおっ」
予想外の重量に面食らう。
シオリの神器〈輝く理力〉はシオリが持てば羽のように軽いが、他の者が持つと途端に超重量がのしかかる。
腕が抜けそうな重さに掴んだ剣を落としてしまった。
「ちっ」
すでに意識が朦朧としているシオリを抱きかかえて飛ぶだけでも困難であった。
タイランはシオリの神器を諦めた。
マユミの足元にその白い剣が落ちてくる。
地面に突き立ったその剣を、マユミは片手で引き抜いた。
タイランが重くて取り落としたその剣を、軽々と。
「逃げちゃ……った」
大空を飛ぶタイランとシオリの姿がみるみる小さくなっていく。
マユミが背中の羽根を広げた。
「駄目! 逃がしちゃ駄目! あの白姫に、あのヒトを! あのヒトを治させるんだからッ」
「お待ちください、マユミ様! チェルシー様からたったいま連絡が」
追撃のために飛び立とうとしたマユミに制止の声がかかった。
配下の女盗賊がカレドニアからの急報を知らせた。
「ケイマン様ぁ」
同じようにいまだ呆けているケイマンの元へはエッセルが駆け寄っている。
「はあ、はあ。一大事です。すぐに兵を引き上げるよう命令が来ました」
「……ぁぁあ?」
聞こえているのか。
いつもと様子の違うケイマンをいぶかりながらもエッセルは早馬からの伝達を知らせた。
「兵を引き上げよ、との命令です! 昨日未明、南方の蒼狼渓谷を超えて、エスメラルダ軍が我らがハイランド領に進軍しました」
エッセルと同様の報告を女盗賊もマユミにしていた。
「エスメラルダ?」
「そうです。南に広がる砂漠の王国です。どうやらハイランドに対し宣戦布告を告げたようです」
「そう、なんだ」
正直マユミにとってはどうでもよいことであった。
異世界の国同士の戦争。
そういう事もあるのだろう。
その程度にしか思わなかったのだが。
「その、エスメラルダ軍の中心戦力である〈翡翠の星騎士団〉を率いているのが」
ああ、もしかして。
マユミの中でひとりの女の顔が思い出される。
「マユミ様と同じく姫神、銀姫のナナであります!」
エルフの森で戦ったことを思い出す。
「もしかして、私の事、怒ってるのかな?」
「は?」
女盗賊が困った顔をしているのを気に留めず、マユミはうわ言のようにつぶやく。
「それともまた、私からあのヒトを取り上げようとしてるんじゃ……」
マユミは周囲の部下に撤退の指示を出した。
手には白姫の神器を持ち、向かう先には銀姫が待ち構えている。






