「聞き捨てならんな、クァックジャード。今なんと抜かしおった」
レイピアを構えるタイランの正面に立ち、剣聖グランド・ケイマンが詰め寄る。
「お前らを斬って帰ると言った」
「この状況で帰れると思うてか」
正面に剣聖、シオリを挟んだ背中越しには桃姫マユミ。
そして周囲にはゴリラ型のパペット数体に、鎧騎士が大勢ひしめいている。
「オレたちには翼がある」
タイランの赤い羽根とシオリの光輝く翼。
「私にだってあるわよ」
ボンデージ風のスーツをまとったマユミが、背中の黒いコウモリのような羽根をはためかせた。
「スピードで鳥人族を越える者はいない」
「ならばその羽根を斬り落としてくれるか」
自身の愛刀に舌を這わせるトカゲを見て、タイランはこの品性のない者によくも〈剣聖〉の称号を下賜したものだと嫌悪を噛み殺した。
「シオリ」
「は、はい」
タイランは背中を預けるシオリに囁いた。
「隙を見つけたら全力でここを離脱するんだ」
「えっ」
「逃げることだけ考えろ。いいな」
さっそうと敵陣へ舞い降り、堂々とした問答を繰り広げていた、先程までのタイランからとは思えない発言に、シオリは事態の深刻さを噛みしめた。
「タイランさんは?」
「無論、オレも逃げるさ。お前が逃げた後にな」
「わ、私が先に逃げるなんて」
今更ながらに自身の行動が軽率であったと自覚し始めていたシオリとしては、せめてタイランの命に対しては責任を果たさないと、と思っていたのだ。
「うぬぼれるなよ。まだまだオレはお前よりも戦闘には長けている」
「作戦会議は終わったか?」
もう待ちきれないと言わんばかりに、ケイマンは刀を構えて挑発してくる。
「会議というほどのものではない。今夜の献立を話していたまでだ」
「カッ。晩メシなんぞ食えるものか。食えたとしても、せいぜいが地下牢の臭い飯じゃ」
ガギン!
戦端の幕がきって落とされた。
ケイマンの袈裟斬りをタイランはレイピアで受け止める。
「お主と剣を合わせるのは二度目じゃな。絶望を知れ。ワシと三度剣を合わせたものは居らぬぞ」
タイランとケイマンの剣戟が始まる。
それに合わせるようにシオリとマユミも相対する。
互角と思われる大将同士の対戦が二組。
しかし周囲にはそれを取り囲むようにパペットの垣根が十重二十重と積み重なる。
「カカカ。お主を見ていると若い頃の己を思い出す。もう三十年以上もたつがのう」
アル中で老骨、トカゲ族としては平均以下の小兵でありながら、繰り出す剣戟はより鋭さを増していく。
タイランは正面から受け止めようとせず、流麗に受け流しつつ隙を伺う。
だがその隙が生まれない。
息を切らすこともなく、続々とケイマンの連続攻撃が襲い掛かる。
「惜しいのう。惜しい。ワシという者がおらなんだら、あるいはお主が最強であったかもしれぬ」
攻撃を繰り出しながらも雄弁に語るケイマンとは対照的に、タイランは黙して語らず。
で、ありながらも数撃に一度、刀の切っ先がタイランの体をかすめる始末。
「ワシとお主の違いはなにか? それは戦歴において、未曾有の大戦を経たかどうかじゃよ」
「……亜人戦争のことか」
ようやくタイランが言葉を返した。
「向こう見ずの、血気にはやる阿呆であったよ。あの頃のワシはな」
西の辺境大陸へ侵攻したハイランド軍と、迎え撃った亜人連合の間で起きた大戦が三十余年前にあった。
その当時三十代半ばであったケイマンは、後にトカゲ族の王となる、炎天将軍モロクの率いる部隊に所属していた。
「すでにその頃のワシはいっぱしの剣士じゃった。剣でワシに敵う者などおりゃせんかった」
敵の兵士を片っ端から斬っていった。
斬っても斬っても飽きなかった。
やがてその強さと、決して相手を逃がさないその執拗さ、残虐さで名を知られていくこととなり、やがてひとりの傑物に目を付けられた。
「水虎将軍クラン・ウェル。あの肥えたカエルめがワシに意見しよった」
『貴様は無駄に殺しすぎる』と。
「阿呆か! 何のために剣をとる? 斬るための道具を最大限に使わずしてなんとする? 殺したくなければ剣を握るな! 自らの手を汚したくなければ政治屋にでも成り果ててろ」
そうして牙をむいた若きケイマンであったが、結果は返り討ちであった。
公然と反逆し、自慢の剣の腕を出し抜かれ、あまつさえ命すら奪われなかった。
しかもクラン・ウェルはケイマンに自制を促すのみで、処分すら下さなかったのだ。
「みじめじゃった。負けたことも、哀れんだ目で見下ろされたこともじゃ」
そのことが契機となりクラン・ウェルは人望を増し、逆にケイマンは部隊を追われた。
ただそのことでトカゲ族とカエル族の間に多少の遺恨が残り、炎天将軍モロクと水虎将軍クラン・ウェルの間に亀裂が生じたとされている。
「わしの亜人戦争はそこで終戦じゃった」
だがその後、戦争は一気に終息する。
アークティック平原に展開した両軍の総大将、亜人連合の凶獣王サルコスクス、ハイランドの聖賢王シュテインがそろって百獣の蛮神ズァによって討ち取られたためだ。
「伝え聞くところによればクラン・ウェルは辺境の山間にカエル族を率いて隠居したとか。じゃがワシは違う。より一層剣の腕に磨きがかかった」
ガイィィン!
ケイマンの刀にレイピアが弾き飛ばされる。
「哀れなもんじゃ。いずれワシの手で殺してやろうと思っていたが、しなびた老人を相手にするのも馬鹿馬鹿しいと捨て置いてやったわ」
「……ちがうな」
「なにッ」
「貴様の底が知れた。己こそが強いと思うなら、とっとと剣を打ちかわしに向かえばいい。だが貴様は逃げた。今一度敗れるのが怖かったからだ」
「んなわけあるかッ」
「貴様は〈剣聖〉の称号で満足したのだ。目に見える形で強さを称賛され慶んだのだ。上辺だけは興味がないとそしりながらもな」
「……」
「強さとは称号で語られるべきものではない。何を成したか、何を残したか、だ。貴様は戦争にかこつけて、己の暴虐を楽しんだだけ。結局貴様は何も成してなどいない」
「……」
「貴様がいなくても、世界は今と変わりはしない。貴様は何も、残していない。剣聖? 笑わせる。ちっぽけな貴様の自尊心を満たす程度のものに何の意味がある。体よくブロッソ王に使われているだけではないか」
「ぐ、がぁぁぁあぁぁあぁぁあ」
凶暴な刀がタイランに振り下ろされる。
レイピアを弾かれた無手のタイランだが、その剣筋から目を離さず。
「ッ!」
バシィッ!
面前で刀を抑えていた。
「白刃取りッ」
面喰らったケイマンの刀を引き寄せ体勢を崩させると、鳩尾に蹴りを入れ刀を奪い取る。
ゲェーゲェーと胃の内容物を吐き出していると、上からその切っ先を突きつけられた。
剣聖は信じられないという目をしながら赤い騎士を見上げた。
「もしかしたら、大クラン・ウェル将軍は、貴様が再びやって来るのを待っていたのかもしれない」
「……なん、じゃと」
「そうであったら、もっと早くに貴様は己に気付き、誰よりも偉大な剣聖へと導かれていたはずだ」
「……」
「ま、オレの推測だがな」
だがタイランは確信していた。
ウシツノやアカメ、そしてあのヌマーカを間近で見ていたからこそ、そう思えるのだ。
そしてタイランは戦場全体に気を巡らせ、シオリの安否を確認した。






