【第218話】護られる側と護る側

 今や集落周辺は燃え盛る炎の壁が天高く、熱気と黒煙の渦巻く戦場と化していた。
 物見櫓から飛び降りたタイランは、右腕を負傷したリピッツァを伴い歩み寄るベルジャンに詫びた。

「済まないベルジャン。留守を守りきることはできなかった」
「なにを言うタイラン殿。あなたがいてくれたからこそ、我等は誇りを見失うことなく戦場を駆けることができたと聞いた。感謝こそすれ……」
「タイランさん、シオリ殿は?」

 二人の挨拶もそこそこに、割って入ったウシツノがシオリの安否を問いただした。

「シオリはハクニーと共に今朝、開戦の前にペニヴァシュ山へ避難させた。会わなかったか?」
「はい。どこかですれ違ったのでしょうか」
「そう上手くはいかんか」

 最悪の中での最善、などとそうそう上手く運ぶものではない。

「兎に角だ。戻ったばかりで悪いが、すぐにここを撤収するぞ。〈箱〉は手に入ったのか?」
「ああ、ここにある」

 ベルジャンがしっかり結わえた背負い袋の肩紐を握りしめる。

「そちらは上々のようだな。手短に状況を説明しておこう。敵はハイランドの鎧人形を中心とした、総勢一万ほどの軍勢だ」
「いっ、いちまん……?」
「そうだウシツノ。敵の大将は二人。剣聖の称号を持つ酔っ払いと、桃姫という姫神だ」
「剣聖に姫神!」
「奴らの目的は三つ。剣聖に恥をかかせたという冒険者の行方と……」
「シャマンたちの事か」
「それに国王への〈箱〉の献上と、シオリだ」

 ベルジャンとウシツノがそろって目をむく。

「ブロッソ王がパンドゥラの箱を!」
「シオリ殿だって! すでに正体が知られているのですか?」
「シオリについてどこまで情報を持っているかはわからんがな。ところでそのシャマンたちはどうした?」
「あいつらは山中で待ち伏せた敵を引き受けてくれました。オレ達を先に行かせようとして」
「山にもすでに敵がいたか」

「みなさん! 気を付けてくださいッ」

 どこからかアカメによる警告の声が響いた。
 そして同時に集落内に大量の矢が雨となって降り注いだ。
 炎の壁の向こう側から、鎧人形たちが一斉に集落内へと撃ち込み始めたのだ。
 ケンタウロスたちはそれぞれ屋根の下や遮蔽物の陰に待避する。

「やはり鎧人形に炎は有効ではない、か」

 タイランの洩らした感想に、だがアカメは一概にそうとは云えないとみた。
 何故ならば物見櫓によじ登り、早速と戦況を見極めようとしていたところ、ひとつ気になる点を見つけたためだ。

 それは穴にハマり炎に包まれた鎧人形が、みな同じように動きを止めてしまっていること。

 止めを差したときのあの黒い霧による断末魔は一体も確認していない。
 そこからこれら鎧人形はまだ消滅したわけではなく、単に活動停止状態におかれていると推測される。
 現にいま矢を放ってくるのは後方に配置されていた新たな一群である。

「つまり、鎧人形、いや、桃姫の与えた疑似生命には活動にあたりなんらかの環境的な条件があると考えられます」

 アカメの癖でひとりで思案するときも、誰かに語り掛けるように口に出す。
 こうすることで問題点を客観的に整理できると信じているのである。

「それは時間でしょうか? それとも術者との距離? その日の天候? いや、手掛かりは炎です。熱か? あるいは……」

 炎によって欠乏したもの。

「空気……酸素ですか!」

 火が燃えるには空気中の酸素がいる。
 もしかしてパペットの活動には一定の酸素濃度が必須なのでは。

「兄さま!」
「ハクニー! 外へ出るな!ッ」

 ベルジャンの姿を見つけて矢の雨の中、駆け寄ろうとしたハクニーをその場に押しとどめる。
 だがそうした状況にタイランは違和感を覚えた。

「待て! 何故ハクニーが集落にいる? シオリもそこにいるのか?」
「いないよ! そっちにいるんじゃないの?」
「どういうことだ? リピッツァ?」
「シ、シオリさまはおひとりでハクニーのもとへ行くと、私には早く持ち場へ戻るように仰られたので」
「くっ! しまった。オレとしたことが、見誤った……」

 ズガッガアァァアァァアンンン!

 その瞬間、遠くで雷鳴の轟きが聞こえた。
 炎で吹き上がる黒煙が天まで伸びるが空は蒼天、嵐の予感すらもしない。

「カミナリ、だと?」
「あっ、ああああッ!」
「どうしたアカメ! ナニが見えるッ」

 ウシツノの張り上げた声が物見櫓のアカメに届く。
 そのアカメが見た光景はアップランド平原のド真ん中。
 そこに陣を敷くハイランド軍の中央に突き立った一条の雷光だ。

「あれは、シオリさんの必殺技です! 稲妻光線ッ」
「莫迦な。シオリのやつ、早まった真似を」

 タイランがくちばしヽヽヽヽを噛み締める。

「責任感か……」

 昨夜受けた襲撃による悔恨か。
 それによりシオリに誤った責任感を植えつけられてしまった。
 護られる側でなく、護る側の思考になっていた。
 姫神として、日々チカラをつけていることへの自信、それすらもが裏目に出てしまった。

「シオリはひとりで戦うつもりだ。我らを逃がすために」
「ハァッ? どうしてそうなる」
「なんて無茶を」

 ウシツノは呆れ、ベルジャンは絶句する。

「連れ戻す。お前たちは先に脱出しろ」

 グローブを羽目直し、腰のレイピアを確認するタイランにウシツノが勢い込んで声を出す。

「オレも行きます」
「駄目だ。お前もアカメもベルジャンと共に行け」
「オレひとりぐらいなら抱えて飛べるでしょう? ひとりでは危険だ」
「駄目だ」
「タイランさん!」

 タイランがウシツノを正面から凝視する。

「これはオレのミスだ。シオリの精神状態を正しく把握できていなかった」

 二日前の深夜、シオリとした会話を思い出す。

『躊躇なく敵と戦うことができるか?』
「できます。相手はパペットだし、蒼狼渓谷でもバルカーンと戦えたし」
『桃姫は同じ異世界人だぞ』
「……」
『正直に言う。覚醒した姫神に対抗できるのは同じ姫神しかいない』
「……」
『桃姫の相手はシオリ、お前しかいない』
「……大丈夫です。私も戦います」

「オレは愚か者だ」
「タイランさん」
「シオリはかならず連れ戻す。そのためにも身軽な方が機動力を生かせる。お前たちは〈箱〉を護ってくれ。その箱は昔の白姫の神器なのだろう?」
「ッ! 何故それを」

 驚くベルジャンにタイランがほほ笑んだ。

「シオリが言っていたよ。夢に見たんだってな」
「感応? この地でシオリさんに何か変化が……」

 降りてきたアカメにタイランが思い出したかのように話す。

「そうだ。シオリは昨夜、更なるパワーアップを果たしたぞ。まだ使いこなせるかはわからんがな」
「パワーアップ?」
「ど、どういうことです?」
「戻ってきたら、直接教えてもらえ。シオリにな」

 そこまで言ってタイランは羽を広げた。

「ウシツノ。オレが教えたことを忘れないでくれよ。お前なら必ず、父親を超える剣士になれる」
「タイラ……」

 ウシツノの返答を待たず、赤い鳥は飛んだ。
 垂直に跳ぶと一直線に、雷鳴が轟くハイランド軍の中央へと向きを変え、飛び立った。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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