【第216話】ひとり二百騎

 戦慄の夜が明けた。

 単身乗り込んできた桃姫マユミの幻魔術でタイランとハクニーは死にかけ、その際にシオリは姫神として新たな覚醒を果たした。
 同時にこれまた単身で乗り込んできた剣聖グランド・ケイマンの凶刃にかかり、十五名ものケンタウロス戦士が命を失った。
 かろうじて息のあった残り十五名はシオリに癒され全快している。
 とはいえ初戦の勝利に酔いしれる間もなく、ことごとく辛酸を舐めさせられた戦士たちの士気が低くなるのもむべなるかな。

 夜明け前までに簡易的な埋葬を済ませ、戦士たちは今後の指示を待って待機している。
 いくつも並んだ墓標を前に、シオリが佇んでいた。

「気に病むな。お前のせいじゃない」
「タイランさん」

 タイランはシオリの隣に立つと優しく肩に手を添えた。
 そのぬくもりにシオリは少しだけ安堵する。

「私、姫神として、白姫として、昨日の夜、強くなりました」
「そうだな」

 タイランとハクニーの窮地に絶望しかけたシオリだが、突如まばゆい光とともに変化した。
 今までとは違う。
 自身に宿る〈旧きモノ〉という力の源泉に目覚めたという。

 光をもたらすもの、ルシフェル。

 タイランには知識がなかったが、どうやら姫神とは各々に伝説級の存在かいぶつが深く関与しているらしい。

「けれど、それでも限界がありました」

 回復能力に優れた白姫だが、しかしパワーアップしたとしても死人を生き返らせることはやはりできなかった。

「私じゃなければ……もっと別の人が白姫としてこの世界に来ていたら、みんなを助けられたかもしれない」

 小刻みに震えるシオリを見ながら、タイランはここにきてようやく察した。
 シオリにとって今回の仲間の死は、初めて体験するリアルな命のやり取りだったのだ。
 シオリがこの世界に現れて数ヶ月経つ。
 当初はウシツノたちと共に山中を追われる身で、いくつかの戦闘を経験はしたが前線に出ることはなかった。
 カザロ村で直接黒姫の軍勢と戦った時も相手はゾンビ。
 生前の面識がない、それも異世界人のシオリにとって馴染みのない亜人種であったため、彼女の中ではリアリティが希薄だったのであろう。
 むしろウシツノとアカメの動揺の方が大きく、かえってシオリは冷静になれたのかもしれない。
 姫神に覚醒した直後という事で不安よりも高揚感の方が上回っていたとも考えられる。
 逃避行の間の犠牲と言えばヌマーカがいるが、彼の死を直接確認できたわけではない。
 おそらく敵を道連れに爆死したと見ているが、想像の域を出ない。

 しかし今回は違った。
 ケンタウロスたちとは数日間寝食を共にしたのだ。
 しかも半人半馬である彼らはニンゲンのシオリからすれば、カエル族やトカゲ族と比べてもより親しみの湧く種族であろう。
 シオリの中で急速に親近感が芽生えていたはずだ。
 そのために堪えたのかもしれない。

「シオリ。たとえ白姫がお前じゃなかったとしても、やはり結果は変わらなかったと思うぞ」
「そうでしょうか」
「死はかならず訪れる。そして失った命は決して戻らない。それが森羅万象における絶対のルールなんだ」
「でも……私たち姫神は……」
「そんな大したものじゃないさ。姫神と言ってもな。もっと気楽にいていいんだぞ」

 慰めてくれているのはわかる。
 だがそのタイラン自身、姫神の正体を知るわけではない。
 けれどもシオリは思いなおす。
 今は前を見ていくしかない。

「ありがとう、タイランさん」
「ああ」

 いつも見せる、シオリの切り替えの早さをタイランは常に評価していた。

「それでな、シオリよ」
「はい?」
「昨日の更なる覚醒、あれはいつでも自由に出せるのか?」
「わかんないです。試してみないと。やってみます?」

 剣を手にするシオリを慌てて止める。

「いや、余計な体力は使うな。確かに気にはなるが、今は確実に打てる手のみを考えることとしておこう」

 そこへリピッツァが近寄ってきた。
 彼も運よく一命をとりとめたひとりだ。

「ハイランド軍に動きが。どうやらペニヴァシュ山方面を除く三方から同時に進軍してくるようです」
「となるとペニヴァシュ山へ逃げ込むしかないな」
「逃げるんですか?」

 タイランとリピッツァの会話にシオリが尋ねる。

「三日耐え忍べば、と考えていたがそうもいかなくなった。剣聖と桃姫、二人にやられたようなものだが、撤退だ」
「……」
「数はどれぐらい来ている?」
「三方それぞれ一千」
「戦士たちとオレ、十六人で三千か。ひとりあたま二百騎ほど相手すればいい計算だな」
「そう聞くとそれほどでもなく聞こえますね」
「ハハハ」

 シオリにはタイランとリピッツァの会話が乾いて聞こえる。

「私も戦います」

 そう言うシオリにタイランは首を横に振った。

「お前はハクニーとペニヴァシュ山へ退くんだ。お前は奴らに狙われている。なんとかしてウシツノたちと合流し、この地域を離脱しろ」
「そんな」
「リピッツァ。シオリを頼む。オレは物見やぐらへ行く」

 タイランはシオリの返事を待たずに走り去った。
 一度も振り返らなかった。
 不安そうなシオリにリピッツァがそっと声をかける。

「シオリ様、行きましょう」
「……」
「心配めさるな。あなた様の無事逃げる時間ぐらい稼いでみせます」
「……」
「さあ」
「…………大丈夫です……ひとりで行けますから」
「しかし」
「敵が迫っているのでしょう? あなたも早く、持ち場へ戻ってください」
「……」
「大丈夫ですから」
「……わかりました」

 一礼してリピッツァは持ち場へと戻っていった。
 その姿を見送りながらひとりになったシオリの耳に、三方から包囲を狭め進軍してくる鎧騎士たちの軍靴の音が聞こえていた。

「ごめんなさい、タイランさん」

 シオリの表情に何か決意めいたものが見えた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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