【第212話】天使に会いに来た悪魔

 ケイマンの陣営は指揮系統の再編に時間を要した。

「クスラー卿の代わりはアナハイ卿にお願いしました。随行している騎士の中で最も身分の高いお方です」
「戦経験のないひよっこじゃろうが」

 この遠征は戦というより取り締まりに近い感覚を持った上層部は、若い騎士の経験の場ととらえ、クスラー卿を除いてほとんど初陣に近いものが多く名を連ねていた。
 加えてケイマンの悪名が騎士団の非協力的な行動を招いた側面もあった。

「用兵の面倒までわしが見ねばならんか」
「お困りのようね……」

 ケイマンとエッセルの陣幕に数人の供を従えたマユミがやって来た。
 相変わらず扇情的な衣装をまとっているが、ケイマンもエッセルもさして興味はなさそうだ。
 だが若い騎士や付き従う従僕たちは違う。
 異世界からやって来たというこの女の魔性に魅入られている者は多い。
 それがまた軍の統制を欠く要因にもなっており、ケイマンがイラつく遠因にもなっていた。

「何しに来た? 魔道商人の情婦よ」
「連れてきてもらったお礼をしに来たの」
「カッ! なんじゃ? わしと床を共にしようというんかッ」

 エッセルが隣で顔をしかめる。
 老いたトカゲと美女のまぐわいを想像したようだ。

「だめよ。私、ヒト型にしか興味がないの」
「わしから求めたような言い草はヤメい」
「フフ。そうではなくて、敵の人数を教えてあげようと思って。知らないでしょ?」
「……知らぬ」

 これもパペットで編成された軍の弊害か。
 密偵の役割を果たす者がいなかった。
 といっても今回は一方的な取り締まりに終始する予定であったため、そこまで周到な用意をして来たわけではなかったのだ。

「五十人に満たないわ。もっと少ないかも」
「戦闘が始まって以降、集落には見張り台にひとりいたのは確認しましたが、息をひそめているにしても、それほどの人員が他に残っている気配はありませんでした」

 マユミの隣に控えたネコマタ族の女が答える。
 彼女を含めマユミの供は全員が密偵スカウトの技能を持っていた。

「なので私は私で好きにやらせていただくわ」

 それだけ言うとマユミは踵を返し出て行った。

「五十人以下に一千騎のアーマーパペットが退散させられたという事ですか」
「うるさいぞエッセル君」
「それであの女性は好きにさせていいのですか」
「……かまわん。何が目的かは知らんが」

 すでに夕闇が押し寄せている。

「おそらく、すぐにでも動きよるじゃろうな」

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「はい。お薬終わり」
「ふぃ~」

 日課となった座薬をハクニーに無理やり入れてもらい、シオリはようやく人心地着いた。

「シオリ、案外落ち着いてるね」
「え?」
「今日戦争がはじまって、シオリは最前線で戦ったっていうのに。後ろで見ていた私の方が怖かったぐらいだよ」
「ハクニー……私は平気だよ」

 そう言ってシオリは天幕を出ていこうとする。

「どこ行くの? もう外は暗いよ。この季節は陽が落ちるのも早いから……」
「ちょっとだけ、風にあたりたいの」

 外へ出たシオリは思ったよりも冷たい夜風に身を震わせた。
 一瞬上着になるものを取りに戻ろうかとも思ったが、ひとりになりたい衝動が勝り、なるべく人のいない方向へと歩き出した。
 何故外へ出たかったのか。
 自分を見つめなおしたかったのだ。

「言われるまで、気にもしなかったな……」

 ハクニーに落ち着いていると言われたことだ。

「そうだよね……剣持って戦ったのにね」

 ゲームやアニメではない。
 スポーツでもない。
 本当の、生きるか死ぬかの戦いをしたのだ。

「そのわりには」
「そのわりにはなぜだか気分が高揚している?」
「ッ!」

 突然の声にシオリは振り向いた。
 そして見上げた。

「あっ」
「ようやく会えた。あなたがあの、天使でしょう?」

 集落を囲う壁の上に、ひとり女が立っていた。
 シオリよりも小柄で、明るい茶髪をポニーテールにしている。
 冷たい風が吹くというのに煽情的な露出の多い踊り子のような衣装をまとい、目の周りにコウモリが羽を広げたような仮面を着けている。
 その怪しい女が口を開いた。

「私はマユミ。桃姫のマユミ。あなたに会いたくて、ここまで来たの」

 シオリと同じ、日本から転移してきたマユミが、夜空に輝く月をバックに、シオリを見下ろすように立っていた。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「さて、わしも行くとしようかの」
「ケイマン様。どちらへ?」
「月見酒じゃ。ひとりにしてくれ」
「まったくもう。ほどほどにしてくださいよ」

 出ていくケイマンにそれ以上注意を払わず、エッセルは目の前に広げた書類の束に目を戻す。
 ややあって、エッセルは違和感を覚える。

「はて……ケイマン様、そういえば今日はさほど飲んでおられなかったような」

 月が照らす平原をひとり歩く。
 老剣士の顔は闇夜に隠れてよく見えない。
 だがいつもと違うのはよくわかる。
 見慣れた千鳥足ではなく、しっかりと大地を踏みしめ、それでいて音もたてず歩行する。

「久方ぶりじゃ。酒を抜いて、剣を振るうのはな」

 集落を睨みつけるケイマンの目が、いつもとは違う怜悧さを伴って怪しく瞬いていた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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