「ねえねえアマン? アマンったらァ」
雑踏の中、人混みをかき分けつつ前を行くカエル族の若者、自称勇者アマンの背中を追いかけて、後に続くアユミは何度もしつこく声をかけていた。
「なんだよアユミ」
アマンは振り返らずに前を向いたまま返事だけ寄越した。
「目的のお店ってまだなの?」
同じ質問をするのはこれで四回目だ。
三回続いてからはしばらく無視していたのだが、そのおかげで名前を連呼されていたわけだ。
「もうちょい先だよ」
「そっか……」
そこでようやくアマンは立ち止まり、アユミに振り返った。
「疲れてんのか? だからオレひとりで行くって言ったのによ」
「つ、疲れてないよ」
そう言うアユミの顔色はあまりいいとは言えず、イラついて返事しなかったことを後悔した。
「ったく、無理すんなよ。昨日オレに炎の力を譲渡したんで疲れたんだろ?」
「ダイジョブだって」
アユミは弱々しいながらも笑顔を作って見せた。
夏が終わり、秋の深まる季節のはずが、どういうわけかまだまだ暑さも残っている。
二人の居るマラガの街は東の緑砂大陸の西端、西と東の二つの大きな大陸のちょうど中間地点にある。
三方を海に面し、街の内外を多くの運河が走る水の都ではあるが、雑多な人種と建物の乱立で決して快適とは言えない。
なによりこの街の異名は盗賊都市だ。
いついかなる時も気を抜くことは許されない無法の街なのである。
人混みを抜け出して建物の日陰に入りながらアユミを縁石に座らせる。
フゥ、とひとつ息を吐いたのを見逃さない。
「どうする? 今からでも一度戻るか?」
ブンブン、と首を横に振るアユミはまるっきり駄々っ子のそれだった。
「まったく……」
やれやれと言った顔でアマンはアユミを見つめた。
アマンとアユミが共に行動するようになって、かれこれ三月ほど経っていた。
あの日の季節は初夏。
アマンの住むカザロ村の近くで謎の白光現象があった。
長老の指示で調査のためにウシツノとアカメ、アマンの三人で青峰ゴズ連山へと踏み入ったのだが、そこでシオリと名乗るニンゲンと、白く美しい長剣を発見した。
その直後にアマンたちは金髪黒衣の魔女に襲われ、窮地は脱したもののトカゲ族の侵攻によりカザロ村は壊滅してしまった。
そこで村の偵察に単身で向ったアマンだったが、その際にアユミと出会ったのだ。
アユミがドラゴンのような姿で暴れてとにかくものすごい戦闘力でトカゲ族を屠っていったのを目の当たりにした。
その後、村の外で変身を解き、泣き崩れていたアユミをアマンが保護したのだ。
アマンはその時ウシツノとアカメに合流するつもりでいた。
だがそこにシオリというニンゲンの娘がいると知ったアユミは頑なに別方向へ、避けるように違う場所へと向かうようアマンに懇願した。
最初アマンにはその行動が理解できなかった。
だがやがて、姫神という在り方を知るにつけ考えが変わった。
姫神とはなんなのか、それを知る旅となった。
ニンゲンの国へ行けば何かがわかるかもしれない。
もともと好奇心の旺盛なアマンである。
そこでアユミを伴って海を渡り、はるばる東の大陸の玄関口、このマラガへと至ったのである。
アマン自身はこのマラガの街へは過去に一度だけ来たことがある。
まだ小さかった頃に村を飛び出し、冒険気分で貿易船に密航したのだ。
運よく海を渡ることには成功したが、マラガの港であえなく捕まり、同じカエル族の旅商人によって帰郷させられたのであった。
その商人には随分お世話になったが、同時にアマンは広い世界に興味を掻き立てられるようになっていた。
「いずれ世界中を冒険する!」
それがアマンの口癖になった。
「その商人さんが出してるお店がこの街にあるんだよね」
小休止のおかげで幾分顔色がよくなったアユミがアマンに尋ねる。
「ああ、チチカカっていうおやっさんな。旅の商人からこの街に腰を落ち着けて、今は小さな武具屋を営んでるんだ」
今日のアマンの目的地はまさしくそのお店であった。
「そっか」
アユミは少しだけ寂しい気持ちになった。
自分の知らないアマンを知っている、そのチチカカという人物に軽い嫉妬を覚えていた。
それも無理はない。
この三ヶ月の間にアユミのアマンに対する依存度は増すばかりであった。
なぜならアユミは姫神としてこの世界に降臨した異邦人である。
本人の望むと望まざるとは関係なしに、突然この世界にひとりで放り出されたのだ。
優しくされればそれが誰であれ依存したとて無理はない。
アユミの日本にいた頃の記憶は曖昧で、頼れるのは今のところアマンしかいないのだ。
アマンもそんなアユミに多くは聞かず、ただ黙ってそばにいてくれる。
アマンの存在が、アユミの暴走する紅姫、紅竜美人の力を抑えてくれているのは間違いない事であった。
その依存心が信頼へとなり、その結果アサインメントという、一時的に姫神の力を他者に貸し与える能力を発露できた。
本人たちにもその原理はわかっていない。
だが二人で旅をするうえで、この力は大変に役立っていた。
そう、まさに昨日の戦いのように──。






