
「け、結晶が買い取れないって、ど、どういう事なんよ」
レッキスがわなわなと震える手でシャマンに縋りついた。
「そのまんまだ。ドワーフの奴ら、しばらく前から開店休業状態なんだとよ」
レッキスの手を振りほどき、シャマンは早くも三杯目をオーダーしている。
その隣でメインクーンは皿いっぱいの揚げじゃがを頬張っている。
この猫娘が揚げじゃがを選ぶ時、それは決まってやけ食いを決心した時であることをみなが知っていた。
「話が見えんぞ。もう少し詳しく話せないのか?」
正面に座るウィペットが問いただすとシャマンはジョッキに口をつけて一口だけ啜った。
三杯目にしてようやく一気飲みを止めたシャマンは、ジョッキの中で泡立つエールを眺めながら「どう説明したらいいものか」と口ごもった。
脳内で話の筋道を組み立てつつ酒を煽る。
しばしの時が経ち、ようやく考えがまとまったと思いきや、揚げじゃがを頬張ったメインクーンがシャマンより先に口を開いた。
「マラガが壊滅したから宝石や細工物がもう売れないんだってさ」
「壊滅!」
「マラガ? あの盗賊都市が?」
「どういうことじゃ?」
レッキスもクルペオもウィペットも驚いている。
ミナミだけはこの世界についていまだ疎く、その衝撃の内容にピンと来ていなかったが、見れば他の卓からもハンターたちが同様の話題をしていたのだろう。
あちらこちらで騒然とした空気が漂い始めている。
「てめぇメインクーン。せっかくオレが順序だてて丁寧に説明しようと思ったのによ」
「シャマンの話はいつも回りくどいんにゃ。まずは結果を最初にドカンと伝える。理由はそのあとでいいんにゃよ」
シャマンとメインクーンがにらみ合うのを誰も止めようとはしなかった。
「マラガか。あそこは世界の中心ともいえる商業都市だ。そこが壊滅したとなれば世界中の商取引が停滞するぞ」
「ドワーフたちは買い取った結晶を細工して商人に売る。その中でも最大の取引相手が確か……」
「ああ、マラガの大商人、ヒガ・エンジだ」
「そのエンジ商会のうら若き当主も行方不明だそうだ」
ウィペットとクルペオの会話にシャマンが割って入った。
「それはいつの話だ?」
「九の月から十の月に替わるころらしい」
「ほぼ二ヶ月前か」
「大陸の東端だからな、マラガは。情報が届くのにそれぐらいかかるのも止む無しか」
情報伝達、この辺の感覚は現代人のミナミには理解しがたい。
世界中が通信技術でつながるほどの文明はこの亜人世界にはなく、他国で起きた出来事の多くは商人や旅人を伝って流れてくるものなのだ。
「その、壊滅した原因ってなんなの?」
「ああ、それな……」
レッキスの問いにシャマンは押し黙ってしまった。
「なんなのじゃ?」
「いや、まあ、にわかには信じがたいんだがな……」
「もう焦れったいなシャマンは! クーンッ」
レッキスがシャマンからメインクーンに目線を移すと猫娘は口をとがらせて答えた。
「でっかいレッドドラゴンと、いっぱいのゾンビーに一夜で滅ぼされたんだってさ」
「はあ?」
「マジで?」
シャマンもメインクーンもうんうんと頷く。
「いや、そんなの……どっちかだけでも相当レアなイベントやんか? そりゃ滅ぶね」
「しかしなんだってそんな事になったんだ」
「それがな……」
シャマンは神妙な顔つきでミナミの事を見つめた。
「な、なに? シャマン」
「そのレッドドラゴンの正体は紅姫といい、大量のゾンビーを操っていたのは黒姫というらしいんだ」
「それって……」
今度は全員がミナミの顔を見つめる。
「な、なに? みんな」
「それってミナミと同じ姫神の仕業ってこと?」
「そういう噂で持ち切りだとよ」
「であればミナミにも同程度のすごい力が備わってるということじゃな?」
「たしかに、にわかには信じがたい」
全員がミナミをじろじろと観察する。
どう見ても疑いの眼差しである。
「あ、あははは」
ミナミにしても乾いた笑いでしか対応できないのであった。
「結局、その姫神ってなんなんよ?」
「さあな。わかるのはすごい力を持った異邦人であり、どうやらミナミ以外にも何人かいるってことぐらいだな」
「う~ん」
「ミナミ自身もわかってないのか?」
クルペオに問われたがこの問い自体初めての問いではない。
「いつも言ってることだけど、自分が姫神ということ自体、よく意味が分かんない、です」
それはミナミの正直な意見であった。
「わからんことは調べるしかない。そこで、だ。これからどうする?」
シャマンが一同を見渡す。
「どうするって?」
「このままハンター稼業を続けても、来月には元通り〈緑砂の結晶〉が売れるようになるとは限らんぞ」
「結晶狩り止めるってこと?」
「となるとこの街に留まる理由もなくなるな」
「ハンターから冒険者に鞍替えか?」
「それって安定した収入からほど遠いよね」
「それは今も大差なかろう」
「リーダーであるシャマンはどう思ってんのさ」
「オレか?」
もう一度、シャマンは一同を見渡した。
「今のオレ達には金がない。が、縁がある」
そういってミナミの背中をばん、と叩く。
「イッた!」
「こいつの秘密も知りてえし、せっかくだから街を出てみようじゃねえか」
「どこへ向かうの?」
「姫神を知ってそうな場所ったらどこだ?」
「ああ、シャマンがそこまで考えてるわけなかったんよ」
「歴史のある国だな。エスメラルダかハイランド」
「どっちもニンゲンの国だなぁ」
ウィペットの回答にシャマンが顔をしかめる。
「けどミナミはニンゲンなんだし、理にかなってるとも思うんよ」
「私はマラガに行ってみたいにゃ」
山盛りの揚げじゃがの乗った皿を空にしたメインクーンがそう言った。
「マラガに?」
「あそこの盗賊ギルドは世界一の規模だから興味があったにゃ」
「でも壊滅したんでしょ?」
「この目で確かめないと何とも言えないよ。それに冒険者稼業を営むなら……」
「危険な場所ほどおいしい仕事にありつけるな」
シャマンがニヤリとほくそ笑む。
「反対意見、もしくは対案はあるか?」
最後にシャマンはゆっくりとひとりずつの顔を見渡した。
誰からも異存はなかった。
「よし、決まりだ。明朝この街を出る。まずはエスメラルダを目指すぞ」
「おーッ」
シャマンたちがそうやって今後の方針を決めるところをジッと観察している者がいた。
みすぼらしいローブをまとい、顔をフードで隠しているが、どうやら犬狼族の男らしい。
しばらく店内の様子を伺い続けてから席を立つと、静かに酒場を出て行った。
誰も彼のことを気に留める者はいなかった。






