【第196話】『白き巫女と希望の箱』

 およそ千年の昔、この地に流れ着いた流浪の民テオ族によって、現在のハイランドは建国された。

「歴史はそこから始まるが、とはいえ当時は国と言うよりも集落と表現した方が近い」

 ベルジャンによるとその当時の草原には大小多くの部族が点在していたそうだ。
 それらをまとめ、ひとつの巨大な国家へと成リ立たせていったのは、テオ族の巫女が持つ〈遺物〉の力による奇跡の数々であったとされる。

「その遺物と言うのが〈パンドゥラの箱〉と呼ばれるものなのだ」
「あっ! その箱は聞き覚えがありますね。ハイランドの建国伝説なら私も読んだことがありますよ」

 アカメは興味を覚えこの話に食いついた。

「確かタイトルは『白き巫女と希望の箱』でしたか。はじまりの黒い雨、巫女の奇跡、光の大魔宮、魔神将討伐、そして約束の楽園。そんな物語だったと記憶していますが」

 アカメに頷きベルジャンが続ける。

「大国の成り立ちなどはおおむね英雄譚に紐付けられるものだが、この話も例外ではないんだ」

 多数の部族を束ねて強大な悪を討ち滅ぼしたテオ族の巫女は、その激戦を共にしたひとりの勇者と結ばれ子をもうける。
 それが現在まで続くハイランド王家の始まりだと言われている。

「ほう」
「へぇー」

 ウシツノとシオリも興味を示し始めたようだ。

「勇者か。カッコいいな。それでめでたしめでたしか」

 ベルジャンが大きく首を横に振る。

「まさかな。当然続きがある。パンドゥラの箱に関してだ」

 パンドゥラの箱による奇跡の数々を目の当たりにした者たちの中には、当然良からぬ事を企む者も現れる。
 巫女や勇者のいなくなった後の時代、箱の奇跡ばかりが語り継がれるようになった頃、その箱を持つ者こそが正当なる支配者であるべきだという論調が渦巻き始める。

「そして遺物を巡り王家の内外で醜い権力闘争が始まるのだ」
「そこまで来るともう物語としては語り継がれなくなりましたね。醜い部分を隠したかったのか、歴史教本にすら大して記述がありません」
「そうだ。そこで当時の国王の要請に従い、箱は秘密裏に封印されることとなったのだ。我らケンタウロス族によってな」
「ッ!」

 ハクニーを除く一同がベルジャンに注目する。

「なんと、パンドゥラの箱をケンタウロス族が」
「それは今でも?」
「あぁ、封印されている、はずなのだが……」

 途端にベルジャンの歯切れが悪くなる。

「どうしたのです?」
「実はこの数日でいろいろあった。箱を持ち出しそれを喧伝する冒険者パーティーが現れ、急ぎ確かめに赴いたのだが」

 そこでシャマン一行とのいさかいが起きたわけだ。

「やはりそれはニセモノであったと思われた。だがその後……」
「ハイランドが私たちに謀反の疑いありと嫌疑をかけてきたのよ!」

 ハクニーが吐き捨てるように言う。

「そうなのだ。王室の使いの者が現れ我らに出頭しろと言ってきた」

 妹のハクニーの肩に手を置きながら、ベルジャンが引き継ぐ。

「ほんとですか?」
「ああ。書簡は現国王ブロッソの押印がなされた蝋で密封されていたよ」

 もちろんそんなつもりなど毛頭ないベルジャンは、弁明のためおとなしく出頭しようとハクニー、それに数名の戦士だけを引き連れて使いの者たちと共に聖都カレドニアに向かった。
 だがどういうわけか連れていかれたのがまさかの蒼狼渓谷ウルブスバレーであり、そこで待ち受けていた大勢のアーマーパペットによって成す術なく鎖に繋がれてしまったという事だった。

「奴らはオレたちの話など何も聞くことなく、バルカーンを呼び寄せると見張りの者だけを残しとっとと帰ってしまったわけだ。自分たちが巻き込まれないようにな」
「ハクニーだけは何とか逃がせたという事か」
「そうだウシツノ。そのハクニーをお前たちが助けてくれたこと、今も心から感謝している」
「初めから部族の戦士たちを葬るのが目的だったのではないでしょうか」
「どういうことだ?」

 アカメの発言に逆にベルジャンが問う。

「戦士がいなくなれば言うことを聞かせやすくなる。推察するにブロッソ王が箱を欲しがっているのでは、と考えました」
「何でだ?」
「さあ、そこまでは。しかしタイミングが合いすぎます。箱を封印したのがケンタウロス族だということをブロッソ王は知っているのでしょうか」
「さあ、どうだろうな。もう何百年も前のことだ。当時は秘密裏に封印されたという事だし、知らなくても当然だと思うが」
「そうですか。ならこの推察はまだ一考の余地がありますね」
「だがもしそれが真ならば、ハイランドと我らの〈槍の誓い〉も今日限りとなるな」

 ベルジャンの顔に苦渋が滲む。
 一方的な言いがかりで五人の戦士をすでに失っているのだ。
 その静まった空気を取り除いたのはシオリだった。

「でも、まだその箱はベルジャンさんたちが守ってるんだよね。それにベルジャンさんたちに悪用するつもりもないんでしょう? だったらこれまで通り、守り続けることが正しいことだと思うな」
「うむ。その通りだ」

 シオリの発言に救われたかのように、顔を上げるベルジャン。
 それまでの苦渋から、今やるべきことを見いだしたという目付きをしていた。
 同時にシオリを見つめるベルジャンの顔に、女神を崇めるかのような崇拝の表情も表れていた。

「ベルジャン」

 そこへひとりの戦士がベルジャンに、この集落に来訪者がやってきたことを告げる。

「来訪者? どこの誰だ?」
「それがな、先日お前が戦ったあの猿人ショウジョウ族の一行なんだよ」
「なにッ」

 シャマン、ウィペット、クルペオ、そして盗賊のギワラが今、ベルジャンの集落へとやってきたようだった。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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