
うっすらと山頂に雪が残るペニヴァシュ山の裾野に、ベルジャン率いるケンタウロス族の集落があった。
裾野から広がる平原は、遠く地平線の彼方までをも見渡せる。
背には雄大な山、眼前には広大な平原。
それが彼らケンタウロス族の故郷が見せる景色であった。
彼らは主にハイランド国内向けに乗用馬を調教し碌を得ている。
そして有事の際はハイランドとの盟約〈槍の誓い〉に則り、騎士と共に戦場へと繰り出す。
ケンタウロス族はそうした戦士の一族でもあった。
「シオリ、もう熱は下がったかなぁ? お薬の時間だよぉ」
シオリひとりのためにあてがわれたのは、集落の中でも特に立派な天幕のひとつであった。
それもそのはずで、シオリはベルジャンたちの命を救ったことで破格の待遇を受ける身分でいたのだ。
「ハクニー。ありがとう、だいぶよくなったよ」
天幕に入ってきたのは若き頭領ベルジャンの妹、白い馬身に亜麻色の髪を持つハクニーであった。
この数日間でシオリは彼女と随分と仲良くなっていた。
ハクニーは乳白色の液体が入った瓶と皿、錠剤と、そして刷毛を載せた盆を持って現れた。
「だからハクニー、私もうお薬はだいじょう……」
「だめね。病人はみんなそう言って薬嫌がる」
「うっ」
「さあさあ、早くよくなるように、さっさと脱ぐ」
このやりとりももう何回目だろうか。
ハクニーが薬を持ってやってくる度に同じ問答を繰り返している。
「そもそも本来これは兄さまの役目なんだよ。この里で薬はとても貴重なもの。その扱いは頭領に委ねられ、治療も……」
「そ、その話も毎回聞いてるよぉ」
「じゃあ脱いで。そしてここに」
ハクニーが部屋の中央の床を指し示す。
「四つん這いになって」
「うぅ」
シオリは顔を真っ赤にしながらも着ている衣服を全て脱ぎ、指示通り床に四つん這いになった。
彼女の指示で膝が床に着かないよう、できるだけ腰を高く上げる。
「はいそのまま~、力を抜いて~。すぐ終わるからね~」
そう言うやハクニーは盆から、手の指の第二関節ほどの長さをした座薬をひとつ取り、シオリのお尻にあてがうと、ゆっくりと人差し指で押し込んでいく。
「ん、は、はやくぅ」
「すぐ終わるよ~」
ところが、だ。
実はハクニーは座薬の投与が下手なのだ。
何度も指で押し込もうとするのだが、シオリのお腹はなかなかそれを飲み込まない。
業を煮やしたハクニーは指で肉を押し開き捩じ込もうとする。
「ハ、ハクニーッ!」
「も、もう終る……ここを、こうして」
「ハクニーッ! ハクニィい」
「がんばって……シオリ」
「く、く、にぃ……」
「はい! 終わった!」
両手を上げて万歳するハクニー。
反対にシオリは脱力して床上に伸び切っている。
顔は真っ赤だ。
「は……はずかしぃ」
「だから本来これは兄さまの役目で兄さまならもっと上手に……」
ブンブンとシオリは首を振る。
年頃の娘にとって今のような恥態を異性に見せるなどとても考えられなかった。
いや、同性だとて同じことだ。
「ここではみんな兄さまにしてもらうのに、シオリは変わってるね」
「なんで……」
郷に入りては郷に従え。
シオリもできうる限りは順応しようとしているが、ここは異世界、ましてやケンタウロスという異種族相手では相容れない部分もあろうというもの。
「じゃあ痛いのはおしまい。次は気持ちいいのね」
ハクニーが手に持った刷毛を瓶から皿に移し替えた乳白色の液体に浸ける。
「それくすぐったいから」
「はい手を上げてぇ」
わがままは許しません、と言いたげにハクニーは容赦なくシオリを促す。
「は、はぁい……」
「うふ」
「た、楽しんでるよね?」
腕を上げたシオリの裸身に薬を塗布した刷毛を撫で付ける。
それは首全体から胸、脇、へそ、そして足の先まで万遍なく。
薬は少しだけヒンヤリとしていて、ハクニーはシオリを思いやり、できる限り優しく撫でつけようと試みている。
それがかえってシオリの触覚をざわつかせる。
「ん、はぁ」
「塗った箇所がスゥーッとするでしょ? この薬には生命の精霊が宿ると言われていてね、悪い病原菌を浄化する貴重な霊薬なんだよ」
黙々と刷毛を撫で付けるハクニー。
その顔は真剣そのもので、シオリも知らず声を殺しされるがままでいた。
「もう数分で肌の奥まで浸透するから、もうしばらく……」
その時だった。
二人のいる天幕の入り口が開き、外からウシツノがひとり、のほほんと入ってきたのだ。
「どうだ? シオリ殿。体調はよくなったか……」
「ッ! きゃぁぁああぁあ」
バフッ!
さっきまで寝ていたベッドの枕がウシツノの顔にヒットする。
「な、なんだなんだ?」
呆気にとられたウシツノの目の前で、シオリはベッドのシーツを体に巻き付けうずくまっていた。
「どうしたのだシオリ殿? 具合が悪いのか?」
「い、いい、いいいい、いいから出てってくださいッ」
再度枕を投げつけられたウシツノは不承不承天幕を後にした。
外にいたアカメと目が合う。
「アカメよ。オレは何か悪いことをしたのだろうか」
「さあ、私にもわかりません。そういえば前にも似たようなことがありましたね」
「ん? ああ、アメの洞窟の隠し倉庫でな」
あの時はシオリの他にもうひとりの姫神である黒姫のレイがいた。
「おそらくニンゲンにとっての禁忌に触れてしまったのでしょう」
「ん~~~~、わからん」
ウシツノは首をひねり続けている。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「やっぱりシオリって変わってるね」
ハクニーは顔を赤くしているシオリを見て首をかしげた。
「兄さまは半人半馬のケンタウロスだからまだわかるけど、ウシツノはカエル族だよ」
「……」
「エルフ族やネコマタ族、兎耳のバニー族といったニンゲン種に近い亜人にならその羞恥心もわかるけど」
「……」
「彼らとは美的感覚がそもそも違うと思うんだけどなあ」
「で、でもぉ……」
言葉に詰まるシオリは何故だか指で床に「の」の字を書いている。
「さあさ、シーツでお薬拭き取っちゃったから、もう一回塗りなおしだよ」
「え、え~~~~~ッ! そんなぁ」
ニタニタ笑うハクニーの笑顔が怖い。
逆にシオリの顔は引きつり強張っていた。






