
(これは、またあの夢だ。遠い昔の、私と同じ白姫の見た光景)
白い衣装をまとった少女の前に、光り輝き、天をも衝かんばかりの巨大な宮殿が建っていた。
細かな彫刻や意匠で彩られた荘厳な建物であるが、どうにもオドロオドロしい。
周囲には朽ちた死体や白骨が散らばるが、そのどれもが異形な姿のバケモノであった。
淀んだ空からシトシトと、弱い雨が降り注ぐ。
雨粒は灰に汚染されたかのように黒澄んでいる。
「いるんでしょう……シオリさんね」
少女が虚空に向かい声をかける。
(ヒカリさん)
白姫ヒカリ。
ハイランド建国の礎を築いた千年前の白姫。
「シオリさん。あなたはどこにいるの?」
(わからない。今の私はあなたですもの)
「では、いつにいるの?」
(いつ……それはたぶん、千年後のハイランドに)
「そう……」
ヒカリが背後を振り向くと、そこに付き従うように一匹の飛竜がいた。
頭部に冑、胸部や四肢、そして長い尾には装甲をまとっている。
「私と、このアルザックで、今から邪悪な魔神将に挑みます」
(魔神将?)
「けど、千年後にハイランドがあるのなら、きっと私たちは負けないのでしょうね」
クァーッ! とアルザックと呼ばれた飛竜がひと声啼きながら起き上がる。
ウォォォォオオォォオオォォ!
それに呼応するように、宮殿の最上階付近から大気を震わす咆哮が木霊した。
(あれは……)
「ガトゥリン。この国に死の雨を降らせ、恐怖を振りまいた。私たちの討つべき敵です」
うおぉぉぉおぉぉぉぉ!
突然沸き上がる鬨の声にシオリは驚いた。
アルザックよりさらに後方に多くの戦士たちがいた。
騎士や傭兵、人間だけではなくケンタウロス族や他の亜人族もいる。
ヒカリは彼らを率いて戦っているのだ。
「さあ、行こうヒカリ」
ひとりの若い戦士が進み出て、ヒカリの肩に手を置いた。
「君の持つ〈箱〉が勝利を約束してくれる」
「ええ。行きましょう、ケイネス」
「あ、その……」
「なぁに?」
もごもごと何かを言いたそうにしていた戦士は、少し顔を赤らめながらようやく、
「君は僕が護るから」
そうやや早口でまくし立てた。
「ありがとう。大丈夫。きっとガトゥリンは〈箱〉に封印するから」
ヒカリは柔らかな笑顔でそう答えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
うっすらと目を開けると、白い天井に照り返されたランプの明かりに眩しさを覚えた。
シオリは辺りを確かめようと身を起こす。
「あら、目覚めたのね。ご気分はどう?」
白衣を着た若い女性がシオリの額に手を当てながら尋ねた。
「ここは?」
「カトラス小路にある診療所ですよ。運び込まれてから丸二日も意識がなかったのよ」
少しだるさはあるが特に問題は感じない。
頭もスッキリとしていた。
「熱もないようだし、大丈夫かしらね。今先生をお呼びするから」
「あ、あの」
「お連れさんなら向かいの宿屋にいますよ。とても紳士な赤い鳥さんね。ちゃんと連絡しておきますから」
そう言って女性は部屋を出て行ってしまった。
「カトラス小路って言われても、わかんないよ……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あのお嬢さんの病名は新星熱じゃ。五十年以上前に猛威を振るったこともあったが、今となっては罹患は珍しい病気じゃな」
だいぶ年老いた医者だが腕は確かだという。
シオリが目を覚ましたと連絡を受け、タイランは急ぎやって来た。
「治るのですか?」
「う~む。特効薬と言えるものはない。あくまで対処療法でしかなく、あとは本人の治癒能力次第じゃ」
「そうなのですか」
「まあしかし経過は良好のようじゃし、数日様子を診て安静にしておればよいじゃろう」
「数日……」
「なにか不都合でもあるんかのう?」
「できれば早く聖都カレドニアへ向かいたいのです」
「カレドニア……」
「ええ。ひと足違いで仲間がこのネアンの街からカレドニアへと向かったそうで。私たちは彼らに合流したいのです」
それは思いがけない朗報であった。
二日前、ここネアンの街に避難民と共に入ったタイランたちは、武装した馬車であったことから衛兵たちの詰問を受け、詰所へと連行されるに至った。
そもそもヒガ・エンジやブリアードは現在ハイランドの敵性国家となったエスメラルダのニンゲンである。
身元がバレた場合の無事は保証できない危険をはらんでいた。
なんとか病に伏せるシオリをこの診療所へと運び込むことは承諾されたが、疑いが晴れるまでは彼らの監視下に置かれることとなった。
そうして一日が経ったころ、なんと領主の娘であるミゾレ・カナン直々の訪問を受けたのだ。
「まあ、赤い鳥! あなたがタイラン様ですわね」
タイランに面識はなかったのだが、驚くことに彼女はウシツノから話を聞いていたというのだ。
なんとウシツノは先日のあのバルカーンの強襲から避難民を守る為に奮戦し、そしてこのミゾレの依頼を受けて昨日カレドニアへと発ったという。
およそ一日の間、この同じ街にいたことになるのだ。
彼女はせがんでウシツノから旅の話を聞いており、その登場人物にタイランが語られていたようである。
もちろんシオリの正体については伏せているようだったが。
ともかくそれでタイラン一行の疑いは晴れ、ヒガとブリアードには感謝され、ミゾレも領主代行権限でシオリの診療代まで持ってくれた。
もっとも、石畳の多いこの街にとって武装馬車の重量は規定外だと「修繕費」の名目で、幾ばくかの金額を昨日衛兵に請求されていた。
戦時中に身元の怪しい連中を受け入れることに目を瞑ったのだ。
中央に向けて表向きその程度の手続きは誤魔化しに必要だったのだろう。
案外抜け目のない娘であったと感心する。
「カレドニアか。しかし戦争が始まるというのにこの娘を診てもらえるであろうか。医者の多くは軍医として出兵し、そうでない者も難民により手が回らないかもしれん」
「それでも行かねば」
「ならば……」
老医者がペンを走らせる。
「紹介状を書いてやろう。万が一の時は頼るといい。わしが知る限り一番腕のいい医者だ。聖都であるし、もしかすれば特効薬も残っておるやもしれん」
「ありがたい」
「ただし、闇医者だぞ。法外な値を吹っ掛けられても知らんぞ」
「闇医者……」
「若いころわしに師事したことがある。素質があってのう、すぐに独り立ちしたが」
「……」
「もともと教養のある男じゃった。スラムでくたばりかけていたのを助けてやったのが縁でのう。ほれ、この手紙を持っていけ」
「かたじけない。で、その御仁はなんという?」
ふう、と息を吐きながら、老医者は少し懐かしい目をしながら「ダンテ」、とその名をつぶやいた。






