窓を突き破り豪快に登場したメイドはまさかのレッキスだった。
「お前、どうして……」
驚くウシツノに答えようとしたレッキスの足元で、ギャアギャア騒ぐ者がいる。
「痛いデシ! イッたいデシ! ガラスがッ! 破片が食い込むデシ! デシ!」
それは見るからに白いタヌキだった。
小さな檻の中で跳びはね、格子にしがみついている。
「早く! 早く持ち上げるデシッ」
レッキスが檻を抱えて立ち上がると、タヌキからパラパラと破片がこぼれ落ちていく。
壊れた窓から夕陽が射し込み、破片がキラキラと輝いてる様を愛でる余裕は誰にもない。
「バンではないか。なぜ窓から入ってきたのだ?」
「おう、レームデシ! まずあの部屋から抜け出したことに疑問を持つデシ」
「そうであった。これは失敬」
レーム皇子も驚いているようだが、ウシツノとアカメの驚きはそれ以上であった。
「やっぱりコレが、バン殿、なのですか?」
「こいつが探していた?」
「そうみたいなんよ」
レッキスもいまだ納得がいかないと言った顔で檻を持ち上げる。
「んぁッ!」
途端、その白いタヌキが目を輝かせて格子を掴み跳びはねた。
「今度は何なんよ……」
忙しない檻に振り回されながらレッキスがうんざりしていると、
「あれデシ! あれ! 神器! 神器デシ」
短い手をいっぱいに伸ばしテーブル上の白い剣を掴み取ろうとする。
だがその距離はがんばれば届くという距離では全くない。
タヌキのそんな興奮も知らず、レッキスが部屋の中を眺めまわす。
「てことはここ、桃姫の部屋なん?」
「知らずに飛び込んできたのか?」
「うん。ラッキー」
呆れるウシツノにニカッとレッキスが笑顔を向けた。
「って、それどころじゃないんよッ」
かと思えば、弾かれたようにレッキスは自分がぶち抜いた窓へと走り寄る。
「んあ~~~神器ぃぃ」
遠のくシオリの剣に手を伸ばしながら、タヌキはさめざめと泣いている。
だがそれを気にしている場合ではない。
「ヤバイッ! みんな伏せて」
レッキスの警告と同時に部屋の中に幾条ものしなる衝撃が押し寄せた。
窓どころではない。
壁をぶち壊しながらいくつもの渦巻く砲撃が押し寄せてきたのだ。
「ぐあっ! なんだコレ! 鞭かッ」
それは砲撃ではなく、何本もの鞭であった。
固く、長く、素早く、無造作。
しかも変幻自在に蠢きのたうつ。
「そんな生易しいものではありませんよ! 当たれば肌が引き裂かれるどころでは済まされません」
「さしずめ小型のハリケーンであるな」
部屋中を暴竜の如く暴れ狂う鞭が破壊の限りを尽くさんとする。
椅子や箪笥といった家具は瞬く間に破壊され、ドアや壁もズタズタになっていく。
ソファーやカーテン、寝具も引き千切られ、真っ白な羽毛が辺り一面に乱れ舞う。
レッキスとメインクーンは必死になって逃げ周り、アカメとレーム皇子はひっくり返した大理石のテーブルを盾に陰で縮こまる。
「ハァッ! でぃやッ」
その中でウシツノがひとり、そのテーブルの前で襲い来る鞭をひとつひとつ、自来也で弾き返していた。
一撃一撃が必殺の強度を持っている。
刀を振るタイミングを少しでも見誤れば、当然弾き返すこと敵わず大ダメージは避けられない。
それをいつ止むかも知れず数十発、極限の集中力で成し遂げる。
ようやくその暴威が収まったころ、部屋は無残な様相を呈していたが、なんとか仲間たちは無事にやり過ごすことができた。
肩で息をしているウシツノの前に壊れた窓からひとりの女が降り立った。
「ふぅん、やるじゃない、そのカエルさん」
真っ赤な夕焼け空をバックに気が狂うほどのピンク色の髪と気が散るほどに露出した黒革の衣装をまとった女。
「……誰だ?」
「ウシツノ! そいつが桃姫なんよ!」
レッキスの注意にウシツノの気が引き締まる。
「あなた、たしか動画にいた……天使と一緒にいたカエル」
「動画?」
フフ、とほほ笑んだ桃姫、マユミがカツカツとヒールの音を立てながら部屋の中を横断する。
床に散らばる宝石類の中から小振りなレンズをひとつ摘まみあげた。
「燭台」
マユミの一声で瓦礫の中からロウソクを挿した燭台が立ち上がった。
燭台はまるで生きているかのように歩き出すと、手ごろな高さのチェストの上で待機する。
心なしか胸を張っているように思えるほど、不思議と生命力というものが感じられる。
ボッとロウソクに火が灯ると、マユミの放ったレンズを燭台がまさに受け取り自ら火にかざした。
すると部屋の白い壁に動く映像が映し出された。
ベルジャンと出会った蒼狼渓谷での戦いがブリキのフクロウによって録画されていたなどとは想像もできなかったろう。
音声はない、その静かな動画にウシツノとアカメは驚いた。
「見られていたのですか。この時からすでに」
「そう。私の興味はこの天使のような白姫だけだったけど、この赤い鳥さんと、そして今二匹のカエルさんにまでちょっかい掛けられているなんてね」
少し声にイラつきが感じられる。
「アカメよ。これはどうやっても穏便に済ませられる空気ではないぞ」
「同感です。ウシツノ殿は神器を持って逃げる事だけを考えてください」
「オレがか?」
「忘れたのですか? あの剣は……」
「あ、そうだったな」
ハッとしたウシツノが不承不承うなずく。
「レディの部屋に忍び込んだ挙句にコソコソ内緒話? 何処の世界も男ってやっぱりクズなのね!」
ビシッと手にした鞭を床に叩きつける。
「あれがさっきの鞭、おそらくあれも神器なのでしょうね」
「なにかひどく怒らせてしまったようだぞ」
「ふむ、異世界の男はクズだという事が知れた。吾輩の知識がまたひとつ増えたぞ」
シレッとレーム皇子まで加わる。
「レーム皇子。あなたまで……あとでお仕置きが必要ですわね」
「え、遠慮するよ、桃姫。そういうのはクネートにしてやってくれ」
バンッ!
そのとき突如ドアを開けて走り込んできた者がいた。
白い木綿の下着一枚で、全身に汗をびっしょりとかいた、控えめに言って脂肪の塊のような男だ。
「居たあァァッ! はぁはぁ、メインクーンちゃん! 探したよォォ」
「ゲッ! クネート……皇子」
メインクーンが顔を引きつらせる。
「え? これが皇子? こんな……」
デブ、という二文字をレッキスはもう一歩のところで飲み込んだ。
はぁはぁと荒い息遣いでメインクーンに歩み寄る。
おそらく走り回ったのであろう。
決して興奮している訳ではないのだろう。
が、この場にいる全員が現れたクネートに対して嫌悪感を抱いていた。
と、この一瞬でウシツノは行動を起こした。
裸のデブに全員が注目した瞬間、シオリの神器〈シャイニング・フォース〉に跳びつき運び出そうと試みたのだ。
「あっ! それは重くて持てないにゃん!」
「知ってる!」
この部屋に最初に飛び込んだ時、メインクーンはこの剣を持ち上げられずにいたのだ。
羽毛のように軽そうに見える、この長く美しい白い剣は、姫神以外が手にするのを拒むかのように超重量級の重さを誇るのだ。
「行きますよ! レッキスさん!」
そしてアカメがいつの間にかレッキスのそばに走り寄ると手を取り入口に向かい走り出す。
「ちょ、なに?」
「桃姫の注意を散らせるのです! 目的は達成しました! 後は全員速やかに脱出を!」
「にゃにゃっ」
「アカメ! あんたとことんウチらを利用すんね!」
とは言いつつもレッキスは檻を抱えたままアカメと並んで走りだす。
「うおおおおおおおおおッッッ」
こめかみに血管を浮かび上がらせながら、ウシツノはとうとうシオリの剣を持ち上げると、肩に担ぎあげ壊れた窓へと向かい走り出した。
「え、え、え」
首を右に左に振るマユミを他所に、駆け抜けたウシツノは躊躇することなく、窓から外へと身を投げ出した。






