【第3話】三匹のカエル

 その日は初夏とはいえ、なんとも蒸し暑い夜だった。

 西の辺境大陸ノーマンズランドの西寄りに位置するここ、カザロの村は、周囲を沼と森に囲まれた山間の村だ。
 その村を見下ろすように、聖なる山々が連なる霊峰、ゴズ連山がそびえている。
 冬には一面真っ白に覆われるが、夏の間は緑が生い茂る、自然豊かなこの村は、しかし滅多に旅人も寄り付く事がない。
 それほどに辺境と言えるこの村は、それゆえにとても平和でのどかな村なのであった。

 その日の夜も、晴れ渡った夜空の下、楽しげに村人たちが合唱をして楽しんでいた。

 かーえーるーのーうーたーが……
 ゲコゲコゲコゲコ……

 中央広場にほとんどの村人が集まっていた。
 特別なお祭りというわけではない。
 ただ、誰ともなく歌いだし、それに合わせてひとり、またひとりと合唱の輪に加わりだす。
 ここはカザロの村。
 実は人間の村ではない。
 そもそもこの地に、人間の営む土地などほとんどない。

 ここが辺境大陸ノーマンズランド、または亜人世界と呼ばれる由縁だ。

 毎日が平和なこのカザロ村の住人は、フロッグマン。
 水と雨を親しむカエル族の村である。

 そんなカエルたちの中心に、デン! と一際大きな体の持ち主が居座っている。
 巨体を大きくゆすりながら、にこやかに皆の合唱に聴き入っている。
 
 それは大きな、とても大きなカエル族であった。

 座っていても、平均身長一二〇センチ程のカエル族のなか、さらに頭ひとつ分、でかい。
 藍色の着流しを着た巨大なカエル。
 深草色の肌に黒いライン模様が美しく流れる。
 刻まれたその顔の年輪から、かなりの高齢であることが伺える。
 そして驚くことに、身体中無数の刃物によるであろう傷跡が見え隠れしている。
 一見、恐ろしそうなその風貌も、好々爺然としたその顔からは、威厳こそあれ、畏怖は感じられない。

 彼こそがこのカザロ村の長老、カエル族フロッグマン達を束ねる大クラン・ウェルである。
 三十年前、東の緑砂大陸グリーンランドから侵略してきた人間達と、この西の辺境に住む亜人連合軍との間で戦争があった。
 その戦争において、怒涛の戦果を挙げ、何物も恐れない勇猛さから水虎将軍として称えられた英雄、それがこの大クラン・ウェルである。
 戦争終結後、戦に飽き飽きした大クランは、辺境の大陸ノーマンズランドと言われるこの西の大陸の、さらに奥深いこの霊峰ゴズ連山のふもとに村を作った。
 そして一族を招いて安寧の地と定めた。
 それがカザロ村である。

 みな、夜も更けてきたというのに、酒や料理を楽しみつつ、声を合わせ歌い続ける。
 何もないが、のどかで平和なこの村の、これがいつもの光景であった。

 しかし、そんなつつましやかな夜に突如異変が生じた。
 
 晴れ渡った静かな夜空に一条の白光が閃いたのだ。

 その白い光は、村の裏にそびえるゴズ連山の西端、村人たちに白角しらつのの舞台と呼ばれ、崇められている聖域の辺りにまっすぐ突き刺さった。
 それは一瞬の出来事であり、それが持つ意味を理解した者はいなかった。

 だが、そのたった一条の白光に、大クラン・ウェルは並々ならぬものを感じた。
 そこで至急、白光の落ちた聖域へと、調査員を派遣するよう命じたのだ。
 
 選ばれたのは三名の若者。

 一人目は長老の息子ウシツノ。
 本名は長老と同じクラン・ウェルという。
 村人は長老を大クラン、彼のことはクランと呼び分けるのだが、彼には頭部に小さな二本の突起があり、牛の角に似ていると、いつしか「ウシツノ」とあだ名されるようになった。
 頭はあまり良くないのだが、気立てがよく、なにより村一番のチカラもちであった。

 二人目は「自称」勇者アマン。
 とても好奇心旺盛で、この手の話には首を突っ込みたがる性分。
 その性格もあってか行動力は頭抜けており、この手の場合に都合がよかった。

 三人目は識者アカメ。
 村で一番の高身長だが、一番のやせっぽちであり、正直体力仕事は苦手である。
 しかし大変な博識で、数年前まで大きな街の大学院に在籍していた、カエル族としては異例の秀才である。
 この夜に限っては、彼以上の適任はいないだろう。

 以上の三名が、夜が明けるのを待って、聖域へ調査に赴く事になった。

 待ち受ける運命の分かれ道に、彼らはまだ気づいていない。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」先行掲載、鋭意連載中、「ノベルアッププラス」には467話(更新停止)まで掲載されています。

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