【第2話】 魔女とトカゲと黒姫と

「やっぱり、いたわね」

 汗でへばりつく、長い金髪をかき上げながら、黒いマント、全身をピッチリと覆う黒革のコスチュームの女がつぶやいた。

 オルグ火山の火口へと突き出た岩場の上、そこにある石の台座の上に、ひとりの女が横たわっていた。
 長い黒髪を後ろで束ね、縁の薄い眼鏡をかけた、肌の白い、若い女だ。
 装備もなしにこの険しいオルグ火山は登れない。
 ここへ至る道が困難であることは容易に想像がつく。
 それなのに、この横たわる女が身に纏っている白いブラウス、黒いジャケット、タイトスカート、同色のパンプスには一切の汚れや損傷が見られない。
 着崩れどころか、まるで卸したてのようである。
 誰かがこの場所へ、眠る彼女をそっと安置した。
 そう思っても不思議はない。

「オーヤ、こいつが姫神か?」

 オーヤと呼ばれた黒革のコスチュームの女は、背後に続く同行者に頷いて見せる。
 女の瞳は妖しく金色に輝いている。

「そうよ。七人の姫神のひとり、黒姫」

 色めき立つ同行者から横たわる女へと視線を戻す。
 オーヤは足元に散乱した小振りのバッグに気を止めた。
 中には様々な小物や化粧品の類、財布や、書類のようなものが出てきた。
 手にとってみるが、書かれている内容に興味はない。

「ま、いいわ。あなたにはもう、必要ないものよ」

 バッグの中身を火口へと蹴り落としていく。

「さあ、黒姫を連れて下山するわよ! それと、あの黒い剣も忘れないでね」

 横たわる女のさらに向こう側、火口ギリギリに一振りの剣が突きたっていた。
 幅広の刀身で、刃の長さは百センチ程あろうか。
 柄も刃も怪しく黒色に輝いている。

「黒姫の神器よ。彼女にしか扱えないわ」

 横たわる女よりも、その黒い剣に興味を示す同行者に釘を刺す。

「わかっておる」

 同行者は控えている部下たちに女と剣を運ぶよう指示を出す。

 するとその命令に数匹の「トカゲ人間」が前へと出てくる。
 彼らは我々のような人間ではない。

 固い鱗と牙をもち、人間のように二足歩行する、トカゲ族リザードマンだった。

 二匹のトカゲ族が横たわる女を大きめの木箱に入れ蓋をする。
 木箱には前後に長柄が突き出していて、輿こしのように肩に担げるようになっている。
 女の入った木箱は軽々と台座から運び出された。
 しかし黒い剣を取りに行った者が戻って来ない。
 なにやら剣の前で右往左往している。

 「何をしているッ」

 痺れを切らした同行者が剣の元へとやってきた。

 「モ、モロク王! その、剣が異様に重たくて……」

 狼狽する部下を片手で脇へ押しやる。
 モロクと呼ばれた者も人間ではない。
 この場に人間は、オーヤと木箱の中にしかいない。
 人間よりも体の大きいトカゲ族だが、中でもモロク王はひと際サイズの大きいトカゲだった。
 全身は土色と砂色のまだら模様、鱗は全体的に鋭利なトゲで覆われている。
 その上から朱色に染められた鎧を纏っていた。
 見るからに屈強な戦士の風格があった。

 地面に突き立つ黒い剣の柄を握り、引き抜いてみようと試みる。

「なるほど、重いな」

 並みの戦士が扱うには重すぎる代物だ。
 モロク王は徐々に剣を引き抜いていく。
 剛腕で鳴らすモロク王をもってしても容易たやすくはない。
 全身に汗がにじむのは、火口に近いからだけではなさそうだ。
 だが……。

「ぬ、おおおおおおおおおおおうッ」

 最後は気迫を吐き出しての抜刀であった。
 黒い刃はマグマの照り返しで怪しく煌めいている。

「はあ、はあ」
「お見事。さすがはかつての英雄、炎天将軍モロク王様」
「これをあの華奢なニンゲンのメスが扱うというのか?」

 オーヤは質問に答えず、ただ不敵な笑みを浮かべている。

「まあよい。剣と黒姫はこの俺が、大陸の覇王となる為に利用してくれる。丁寧に運びだせ」

 部下のトカゲが三匹がかりで剣を担ぎ、下山することになった。
 
「さて、オーヤよ。姫神とやらは何人であったか」
「七人よ」
「他の姫神はどこにいる?」
「……ゴズ連山。その地に次の姫神降臨の兆しが出ている」
「ゴズ連山か!」

 モロク王が破顔した。

「そいつぁいい。あそこには気に入らないヤツがいる。水虎将軍クラン・ウェル! ついでに潰してくれる」

 意気揚々と下山していくトカゲ族の群れを見ながら、オーヤは心中で毒づいていた。

(フン、単細胞のトカゲね。せいぜい今のうちに夢を見ときなさい。その夢は、決して長くはないけどね)

 群れの最後尾で、オーヤの金色の双眸が妖しく輝く。
 その瞳にはすでに、姫神による大戦争の始まりが見えているようであった。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」先行掲載、鋭意連載中、「ノベルアッププラス」には467話(更新停止)まで掲載されています。

ランキング参加中!
にほんブログ村 小説ブログ オリジナル小説へ にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ Web小説ランキング ファンタジー・SF小説ランキング
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!