【第115話】運び込まれた荷箱

 時間は少し遡る。
 
 正午過ぎ、マラガの街の港に西の大陸からの数少ない定期船が入港してきた。
 三十年前の大戦以降、基本的に東西の大陸間での交流が絶えて久しいこの情勢で、このマラガの街の港だけは定期船の行き交いが続いている。
 便数はそれほど多くないが、それでも大陸間を移動する乗客の数は年々増加傾向にあった。

 その日の海は波が高く、正午を迎える頃には小型の船舶はみな湾内へと引き返し、荷運びや漁を諦める程であった。

「今夜は荒れるな……」

 桟橋に立つ船乗りの一言に、定期船から降り立ったトカゲ族のトルクアータはつられて空を見上げた。
 よく晴れているが確かに風が強い。

「おい、トルクアータ。上見ながら歩いてたら海に落ちるぞ」

 そんなトルクアータに声をかけたのは同じくトカゲ族のマラカイトであった。
 紺色の鱗を持つトルクアータと青緑色の鱗を持つマラカイトは、ともにトカゲ族の中のツノトカゲ種であり、同郷でもあったため気心が知れている。
 二人とも針のように先の尖った無数の鱗に覆われており、重い鎧の類は身に着けず、いたって軽装な出で立ちである。
 もっとも、海を渡ってきたばかりなのだ。
 船上で重装備とはいかなかったということもあるだろう。

「お客人方、ずいぶん珍しい団体でしたが、マラガに何か御用でも?」

 桟橋に立っていた魚人族サハギンの船乗りが陽気な声で話しかけてきた。
 マラカイトはあまり他者と関わりを持ちたくはないと考えたが、トルクアータが変わらず陽気な声で応じた。

「なに、ちょっとした商談さ。西の大陸むこう東の大陸こちらほど豊かではないからな。新たに交易でもできれば、とな」
「なるほど。それであの大荷物ってわけか。船員には近づけさせずに自前の荷役を使ってるところを見るに、相当に高価なものが入ってるんだろうな」
「ま、そんなところさ。悪気はなかったんだが、船員おたくらの機嫌を損ねちまってたってんなら謝ろう」

 トルクアータと船乗りが見つめる先で、船から大きな木箱が降ろされてきた。
 幅約百センチ、縦に二百センチ、高さは八十センチといったところか。
 大きさはともかく中に何が入っているのか、とにかく重量がすさまじいようで、力自慢のトカゲ族が十人がかりで運搬していた。

「いやあ、船が沈むんじゃねえかって思うほどに重そうだな」
「まあな。ところであの荷物を保管できるほどの倉庫を持つ宿屋とか、知らねえか?」
「あ? 港の倉庫に預けておくわけにはいかねえのか? あれを町中まで運ぶのは大変だろう?」
「そうしたいんだが、そうもいかなくてな」
「手元にないと安心できねえってか。よっぽど大事な荷物なんだな」
「そうなんだ」

 船乗りはしばし、宙を眺めながら宿屋に関する記憶を探ってみた。

「一軒だけ知ってるな。〈麗しの人魚亭〉っつう店なんだが、あそこなら大荷物を持った団体客も受け入れてくれると思うぜ」
「そうか、助かるよ」

 そういってトルクアータがチップを一枚、船乗りに投げてよこす。

「へへ、こりゃどうも。あの店はうまい酒を出すぜ。今夜は楽しんでくれ」

 船乗りの言葉に手を振りながら、トルクアータは台車に荷物を載せて待つ、自分の部下たちの元へと合流した。

「トルクアータ、あまりこの街の者と仲良くならん方がいいぞ。すぐにお別れすることになるのだからな」
「だがなマラカイト、おかげでうまい酒が飲める店を知れたのだぞ。始める前にそいつを楽しんだとて責められはしまい」
「ふう、お前のその能天気さがうらやましいよ」

 さすがに自由都市を謳うマラガの街は行きかうヒトの数も多かった。
 だが大きな荷物を台車に載せて歩く十数匹のトカゲ族を目の当たりにすると、みな関わりを持たないよう目を背けて道を開けるのであった。
 中には隙を窺い悪さしてやろうと画策する小悪党もいたようだが、トルクアータとマラカイトだけではない、連れ歩くトカゲ族一匹一匹がみなかなりの手練れだと見抜くや、早々にその場を後にしてしまうのであった。

 一行は無事、目的の宿屋へ着くと店の裏手にある倉庫をひとつ借り上げ、そこに荷物を搬入した。

「二名ずつ、交代で見張りにつけ。残りの者は一杯ひっかけてもいいぞ」

 卓につくトルクアータの下知にみな喝采した。

「いいのか、トルクアータよ」
「平気さ。ここまで来ればもう任務は終わったようなもの。あとは今夜の作戦決行を待つだけじゃねえか」
「まったく……」

 すでにトルクアータは二杯目の酒杯に取り掛かっている。

「しかし、あの魔女の言うとおりにしてばかりで、本当に我らの勝利が得られるのであろうかね……」

 マラカイトの声は小声過ぎて店内の喧騒にかき消され、誰の耳にも届かなかった。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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