レッキスの手を取りアカメが部屋の入口へと走り出す。
マユミはそちらには目もくれず、踵を返すと白姫の剣を持ち出したウシツノを追って自身も窓外へと飛び降りた。
「あっち行ったんよ!」
まるでこちらに注意を向けない桃姫に腹を立てたレッキスが後を追おうとするのをアカメが押しとどめた。
「仕方ありませんよ! ウシツノ殿の武運を祈って私たちも脱出しましょう」
「にゃにゃにゃ!」
奇しくもアカメが先頭となって、レッキスとメインクーンを引き連れる形となった。
少なくとも、扉の前にパンツ一丁で仁王立ちするクネート皇子にはそう見えた。
「なんだあのカエルは! まさか僕の花嫁ちゃんを連れ去るつもりか! 者ども、出合えぃ」
王宮をパンツ一丁で歩くバカではあるが、さすがにひとりで現れるほど馬鹿ではなかった。
部屋の外からわらわらと重装備の鎧騎士が入ってきたのだ。
「アーマーパペット!」
入ってきたのはニンゲンの騎士ではなかった。
桃姫の魔力で動く鎧人形ばかりだ。
「どひーッ! 何体いる?」
「いち、にぃ、さん……いっぱいいますよォ」
通路の向こうから続々と集まってくるため数えきれない。
「行けェーッ! 絶対に花嫁ちゃんは逃がすなよぉ」
クネートの号令でアーマーパペットが花嫁衣裳のメインクーンへと殺到する。
「クーン! 敵が来るからアンタはこっち来んな」
「なんでにゃ! 私を助けに来たんじゃないのにゃ!」
「そっちのバニーも可愛いな……捕まえろッ」
追加された号令でレッキスにも重装型鎧人形は殺到した。
「なんでこっちにも来るんよ!」
「あははは」
「笑ってる場合かァ」
笑うメインクーンにレッキスが全力でツッコむ。
「と、とにかく走り抜けましょう。出口はあそこしかないのです」
脱兎の如く三人はクネートの脇を走り抜けた。
開け放たれた扉を抜け、通路をまっすぐ駆け抜けようとする。
「逃がすかァ」
メインクーンに向けてクネートが何かを投げつけた。
「危ない!」
咄嗟にアカメはメインクーンの腕を引っ張り引き寄せる。
「にゃにゃ」
ガシャンッ!
二人の間に金属の施錠音が響いた。
そのままアカメとメインクーンがもつれ合って倒れる。
「アカメ! クーン!」
「クケーケケケ! クケーケケケ!」
檻を抱えたままのレッキスが振り向き立ち止まると同時にけたたましい笑い声が響いた。
見るとアカメの左腕とメインクーンの右腕を一本の太い鎖が繋いでいた。
その太い鎖からこのやかましい笑い声がするのだ。
ギョロッとした目と不気味な長い舌を這わせた口がその鎖の手錠にあった。
「この鎖、パペットです」
「わかってるにゃ」
焦りの表情を見せるメインクーンが鎖を引きはがそうと爪を立てる。
「無理だよ僕の花嫁ちゃん。そいつは鍵穴のない手錠型パペットなんだ。どんな盗賊にだって外せやしないよ」
「くぅ~」
必死に開錠を試みるメインクーンにレッキスが駆け寄ろうとしたが、
「お行きなさい、レッキスさん! あなたひとりなら囲いを突破できます」
「アカメ!」
ひとりで逃げるようアカメがレッキスを促した。
「大丈夫、私に考えがあります。さあ、先に行ってください!」
「……んんんん」
「あのカエルの言うとおりにするデシ。花嫁という以上、殺されはしないデシよ」
躊躇するレッキスに檻の中からバンがそう説得した。
もとより考えるより行動するタイプのレッキスである。
アカメの自信に満ちた目を見返すと、決心して一目散に駆け出した。
「あ、ああ! そのバニーちゃんも捕まえろォ」
だがクネートの欲望むなしく、レッキスはそう簡単に捕まりはしない。
走り、跳び、蹴り、あるいはパペットを踏み台にして、全速力でこの場を離脱したのだ。
逃げに徹した時のレッキスを捕まえられた者はいない。
「追え! 追って捕まえろォ」
クネートの命令でおよそ半数のアーマーパペットは逃げたレッキスを追っていった。
そして残りの半数にアカメとメインクーンは囲まれる。
「外せないにゃ……アカメ、さっさとあんたの考えって奴を披露するにゃ」
「あ、ああ……そうですね。ちょっとお時間をいただけますか」
「にゃに?」
「ないんですよ、考えなんて。まだなんにも」
「にゃにぃ!」
「ああ言わないとレッキスさんまでここで捕まってしまうと思いまして。あの方だけならメイドと称してやり過ごせると思うんですがね」
開いた口がふさがらなかった。
「とにかくここは大人しくしましょう」
「冗談じゃないにゃ。花嫁になんかなりたくないにゃ」
「まあ、とりあえず、初夜ぐらいで済めばラッキーと割り切ってですね……」
「アホかァッッッ」
キシャーとアカメを威嚇するメインクーンであったが、未来の旦那が近付いてくると思わずアカメの背後に身を引いてしまう。
「はぁはぁ、ああ僕の花嫁ちゃん。ようやく決心してくれたかい」
大して激しい運動をしたわけでもないのだが、呼吸の荒い脂肪の塊であるクネート皇子にメインクーンならずアカメまでも怖気が走る。
「クネート様!」
「殿下ぁ」
「旦那様ッ」
「アナタッッッ」
そこへ突然、四人の貴婦人が現れると、ツカツカとクネートに迫ってきた。
「マリー! サロメ! ヘレネ! シモネッタ!」
クネートの口から四人の貴婦人の名前が順繰りに飛び出た。
四人ともがクネートの妃という事になっている。
「あなた、私たちだけではまだ足りぬと?」
「今度は亜人を嫁になさいますの?」
「結婚してから冷たくない?」
「どういうことですのぉ?」
四人に詰め寄られたクネートは目を逸らしながらブツブツと、
「ぼ、僕は貴族の女には興味が湧かないんだ。き、君たちは僕と結婚したからもう貴族、いやそれ以上じゃないか」
四人とも元は街の酒場の看板娘や城のメイドで、商人の娘に娼婦でもあった女たちなのだ。
「そんな! ひどいですわ」
「結婚したら興味がなくなるだなんて、許せない」
「ちょっとみっちりお話ししましょう」
「というよりお仕置きよね。好きでしょ? 拷問」
「あ、いや、えぇ……」
なんとも不甲斐ない、いや、ろくでもない皇子の醜態をチャンスと見たアカメとメインクーンが、こっそりとこの場からいなくなっていたのだが、それに気付いたのは今のところ、黙って成り行きを見守っていたレーム皇子だけであった。
四人の妃に連行される愚かな弟を見送ると、ひとり取り残された桃姫の寝所で考えに耽る。
「いやはや、なんとも目まぐるしい展開であった。そして、沸々と興味が湧いてきたな」
くの字を横にしたような二つの口髭を摘まみながら、「姫神、ねぇ……」とつぶやく。
「吾輩も少し調べてみるか。祖父の残した書を漁れば、なにか出てくるやもしれぬな」






