【第236話】聖賢王の足跡

 アカメは床に座り込み、膝上に広げた書物に目を通していた。
 窓のない部屋にハクニーと二人、ランプの明かりを頼りに何度もページを繰る。
 ハクニーはニンゲンの姿となった、まだ慣れない自身の脚をさすりながら、そんなアカメの後ろ姿を眺めていた。

「これは……ゴル、グァル? ガルガド、ゴルゴ……ド……名詞でしょうか」

 そんな具合にブツブツと解読を試みながらページを行ったり来たりと繰り返す。
 そこへネズミが扉を開けて入ってきた。
 ここはこのネズミの用意した隠れ家の一室なのである。
 一瞬ハクニーに対しいやらしい視線を飛ばすが、すぐに真顔に戻り入口そばの椅子に腰を落ち着ける。
 ハクニーはいまだ与えられたいかがわしい衣装のままだったのだが、本人はわりと気に入っている様子である。

「さて、あのウルフマンはダンテに預けてきた。お前たちの事もギワラから聞いた。で、どうしたい?」
「どうしたい?」
「隠さなくっていい。お前の連れも姫神なんだってことは聞いている。白姫だってな」
「すべてご承知のようで」

 ギワラを通じネズミには情報が逐一報告されていた。
 シオリの正体も、そしてパンドゥラの箱についても、だ。

「聞けばあんた、カエル族にしては珍しく頭が冴えるそうじゃないか。何が目的で旅してんだ?」
「私は姫神についてを知りたく、この国まで来ました。そしてこの国の建国伝説にも出てくるパンドゥラの箱が、かつての姫神の神器であることを知りました」
「らしいな」
「逆に問いたいのですが、姫神について知るにはこの国の何処へ、誰に会えばいいですか」

 アカメに今後の具体的な行動指針などなかった。
 バラけた仲間が目指す場所が当初の目的地であったここハイランドの首都であろうと辺りをつけたにすぎない。
 さらに言えば姫神伝説を調べるにあたり、まずニンゲンの国を目指すべきだと主張したのも、あの黒革の魔女オーヤにそそのかされたのが切っ掛けであったにすぎない。
 故に今後の具体的な行動指針などまだないのである。

 ということで手始めに、まずは手がかりを得ようと逆に問いを返した次第。

 何処へ?
 誰に?

 目の前の男は盗賊ギルドの幹部である。
 出来るならば一生懇意にしたくない人種ではあるが、今この場では最適な人種でもある。
 その人脈と情報網は確かなものであろう。
 その彼にもし見当がつかないのであれば、この国で姫神を知るという目論みは外れたと言える。

 いつの間にかアカメのペースにハマっていることに気付かぬまま、ネズミはしばらく考えてから口を開いた。

「この国でパンドゥラの箱を知らない奴はいない。が、その正体までを知る奴もまたいない」
「……」
「姫神なんてのはオメエ、ふた月前だな、この国にあの桃姫が現れるまで誰も知らなかったろうよ」
「そうですか」

 軽い失望を覚える。

「……だがな」
「?」
「知っていたであろう人物の心当たりなら、まあ、あるぜ」
「知っていた?」
「ああ。おそらく、だがな」
「だ、誰なんです、それは?」
「シュテインさ」
「シ、シュテイン? それはもしかして」
「そうだ」

 その名はハイランドの前王である聖賢王シュテイン。
 現国王ブロッソ・ウォーレンスの実父に当たる。

「もうとっくに死んでるじゃん」

 ハクニーの言う通り、聖賢王はすでに戦死している。
 三十一年も前の亜人戦争において。

「どういうことです?」
「亜人戦争がどうして起きたか、知ってるか?」
「それは、侵略、ではないのですか?」

 亜人戦争は西側の亜人が多く住まう辺境大陸ノーマンズランドと、ハイランドやエスメラルダといった大国がひしめく東の緑砂大陸グリーンランドとの間で起きた大戦である。
 それまで善王として親しまれていた聖賢王シュテインが突如、西の辺境大陸に進軍を開始。
 その唐突な西方遠征に世界中が驚いた。
 領土拡大の野心など、それまでの彼からは微塵も感じられなかったためである。

「違うのですか?」

 侵略された西側ではハイランド王の暴挙として今も当然の如く語られている。

「それがな、よくわかんねえんだわ」
「わ、わからない?」

 冗談ではないとアカメは憤った。
 戦争を吹っ掛けた側が、なぜ戦争を起こしたのかを知らないなどと。
 これほど無責任なことはない。

「たしかに長いことあの戦争はシュテインの乱心とされてきた。それだけにハイランドはずいぶん惨めな思いをこの三十年してきたものさ」

 シュテインが戦死した後、クァックジャードの調停により停戦条約が結ばれたが、ハイランドはその結果として多額の戦争賠償金を支払うことになった。
 その負債は国家財政を圧迫し、現在に至っても完済まではほど遠い。

「こうなることは目に見えていた。なのに何故シュテインは遠征したのか。聖賢王などと呼び習われるほどの名君だったんだぞ」
「ちょっと待ってください。もしかして亜人戦争は、姫神が関係しているとでも言うのですか?」
「その通り。シュテインが死に際に残した言葉を知ってるか?」

 アカメもハクニーも知らなかった。

『最果ての中心……乙女たちの嘆きを、余は……計り知れず』

 やや厳かな雰囲気を醸しつつ、ネズミがそらんじたそのセリフがそうらしい。

「ど、どういう意味ですか?」
「さあな。意味はとんと分からねえ」

 一転、おどけた調子で肩をすくめるネズミ。
 つられてアカメもため息をこぼす。

「面白いお話でしたが、それでどうして聖賢王が姫神を知っていたという仮説が成り立つのです?」
「お前たちは知ってるのか? あのシャマンたちの仲間の事。そう、金姫という姫神のことだ」
「詳しい話は聞きそびれましたが、たしかあの百獣の蛮神ズァにさらわれたとか」
「そう、ズァだ。カギはズァだ」
「ズァ?」
「亜人戦争の決着は知ってるだろう? シュテインと亜人側のボス、凶獣王サルコスクス。この両名をいきなり現れてブッタ斬ったのがズァだ」
「そして金姫を連れ去ったのもズァ」
「奴の正体も謎に包まれている。その目的が知れねえ。だが今、金姫とシュテインという謎の共通点がある」
「なるほど」
「これはあくまでオレの推測だ。か細い、か細いな」
「他に手がかりやとっかかりもないですし、聖賢王の足跡をたどるのも悪くないかもしれませんね」
「だろう。ちゃんと歴史は勉強しておくもんだぜ」

 しかしそこでまたアカメは首をひねる。
 何処へ向かえばいいのでしょうか、と。

「当時を知る者はだいぶ減った。となればシュテインをよく知る人物に聞くしかねえやな」
「誰かいますか?」
「一番親しかった人物ならウート・アダイ公爵。ただ、これも故人だ。しかもお家はとっくにお取り潰し」
「それでは意味がない」
「あわてんな。実は公爵の跡取りの行方を最近になって掴んだんだ。なにか聞いてるかもしれねえだろう?」
「はあ」
「別件の依頼で捜索していたんだが、まさかここで繋がるとは思わなかったよ。お前は運がいい」
「その方とは?」
「ジルゴ・アダイ。今は名を変えてこの街で闇医者をしている」
「そ、それって!」
「そう、ドクターダンテのことさ」

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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