【第270話】マスター・オブ・パペッツ

 咄嗟だった。

 シャマンは落ちる二人に向かい、右腕から三番の拡張器具ロープアームを飛ばした。
 メインクーンは落ちながらも右腕の隠しに締まった不可視の糸を上へと飛ばした。
 ロープに糸がからまり間一髪で落下が止まる。

「んにゃぁっ! 変なとこ触るにゃッ」
「すいませんッ」

 メインクーンの胴体にアカメがしっかりとしがみつく。
 ウェディングドレスの細い腰にもぞもぞと手指を蠢かす。

「くすぐったいにゃ」

 アカメの手が脇やヘソ、尻の上を這いずり回る。
 失礼のないポジションを、と探っているだけなのだが、結果的にまさぐっているようにしかならない。

「だからッッッ」
「誤解ですって」

 釈明しながらアカメはキョロキョロと落ちていったシオリの剣を目で追ったが、とうに行方はわからなかった。

「あったとしても、ウシツノ殿以外に持ち上げることもできませんが」
「なにブツブツ言ってるにゃ。いい加減、手ェ放すかにゃ?」
「か、勘弁してくださいぃ」

 ぎゃあぎゃあとやり合う二人の下方。
 塔の外壁上にいくつも鎮座する彫刻がある。
 それらが微かに身動ぎしていることに二人はまだ気が付かない。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 消極的な戦いに時間をとられていた。
 トーン皇子の命令で包囲網を敷く兵たちだが、ウシツノの強さを見た後では思いきった行動に移れる者はなかなかいなかった。
 試しとばかり、散発的に斬りかかる者もいたが、当然ウシツノは軽くあしらう。
 我先に、と命を投げ出す覚悟のある兵はいないのだ。

 命令だから。
 立場上。
 皇子が見ているから。

 仕方なしにウシツノを威嚇しているにすぎない。

(忠誠心や剣士としての自尊心などはないのだな。どうなってるんだこの国は)

 付き合ってはいられない。
 とっととこの場を脱出したいのはやまやまだが、背後に控える桃姫だけは油断ならない。
 姫神というのは底知れぬパワーを秘めている。
 それにシオリと違いどうにもこの桃姫は得体が知れない。

「えぇいッ! 何をしておるかッ」

 激昂するトーンが再び前へ出ようとするが、兵がそれを押し止める。

「殿下。私のパペットをお使いください」

 赤ん坊を別の者に任せたマユミがようやく戦列に加わろうと進み出た。

「必要ない。貴様の面妖な力など借りずとも、己の武でことたりる」
「そうおっしゃらず」

 怒気をはらんだトーンを軽くいなしつつ、マユミが指先を頭上に指し示す。

「こいつらは!」

 目を剥くトーンにウシツノが続く。

「たしか……ガーゴイル」

 それはまさしくガーゴイル。
 ウシツノがここへ侵入する際、地下道で見たあの悪魔のような彫像と一緒だ。
 無数のガーゴイルが上空から飛来してくる。

「無機物に生命を宿らせ使役する。操り人形マスター・オブ・パペッツ。それが私のチカラ」

 本来魔除けの意味を込めて彫られる彫像がガーゴイル像である。
 そして同時に、水を司る神にして冥界の住人であるという信仰から、主に貴族の邸宅や教会など、雨水による腐食から護るために突出させる必要のあった雨どいに意匠として飾る風習が広がったのである。
 当然この王城ノーサンブリアの外壁上にもいくつも鎮座していた。
 邪悪なものを払うため、とりわけ恐ろしい姿に象かたどられたガーゴイルたちが。
 だが普段それを気にかける人々はあまりいない。
 実際動き出したガーゴイル像がこれほどに不気味なものだとは。
 兵のみならず、トーン皇子も少なからず寒気を覚えていたほどだ。

 だが、及び腰の兵を斬るのは忍びなかったウシツノにとって、相手がパペットなら遠慮はいらない。

「かえって好都合だ」

 ピンチこそチャンス。
 この旅でウシツノは何度それを実感したことか。
 派手に暴れて突破口を作り出す気になる。

「ん、ん~……なんだかやる気が出てきたみたいね。カエルさん」
「むっ」
「だらしない兵士には手加減をして、私のパペットには容赦しないつもり? それはないんじゃないかな」

 マユミの顔に怒りが滲む。

 ガシャッ、ガシャガシャ!

 突然周囲でいくつもの金属音が沸き起こる。
 周りの兵たちが改めて武器を構えだしたのだ。
 しかも先ほどまでと違い、兵たちの目には殺気がみなぎっている。

「く、こここ、コロスッ」
「侵入者、排除……ハイジョオ」
「マユミ様! マユミ様!」

 あきらかに正常ではない。
 目は焦点が定まらず、口の端に泡を吹きこぼす者もいる。
 まるで自我を持たないパペットのように、兵たちがウシツノ包囲網を狭め始めた。

「ど、どうしたのだ、お前たち!」

 この様子にトーンも狼狽している。
 どうやらこの場で彼だけはまともな精神を保っているようだ。

「大丈夫です。これは私の術技マギによるもの」
「貴様の?」
「私の誘惑は無機物だけにしか効かないとでも? お戯れを。森羅万象、全てを誘惑するからこその姫神、桃姫ですことよ」

 ぐおおおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉ!

 上からガーゴイル、下から兵たちがウシツノに一斉にかかってきた。
 当然応戦する。
 意に沿わない戦いを強いられる兵よりも、まずはガーゴイルを優先して斬る。
 しかしウシツノに器用に斬り分けるほどの余裕は決してなかった。
 何体もの魔像生命体ガーゴイルを斬り倒すが、隙をつかれて背後から兵の剣が襲いかかった。

「ッ!」
「ボケッとしてんなボケガエルぅ」

 バキィッ!

 それを阻止したのは檻を抱えたまま乱入してきた兎耳族のメイドだった。
 勢いのある飛び蹴りがその兵を吹っ飛ばす。

「お前ッ」
「まったく、まぁた無茶なことしてるんよ」

 そこに現れたのは紛れもなく拳法家レッキスであった。

「無謀デシ! こっそり逃げるべきだったデシ」
「うっさい」

 抱えた檻の中、小さな白いタヌキの抗議をレッキスが一喝する。
 その新たな登場人物にトーン皇子が眉をしかめる。

「バンではないか。なぜお前が外にいる」
「げっ、トーンデシ。あいつ嫌いデシ」
「ちょっと待つんよ……」

 レッキスが目を見開く。
 蹴られた兵が起き上がり、何食わぬ体で戦列に復帰したのだ。

「タフなんよ。思い切り蹴ったのに……」
「レッキス」
「ん?」
「すまないな。ありがとう」
「なっ」

 思いがけない素直なウシツノの言葉に顔がボッと赤くなる。

「し、神妙な言い方はやめるんよ。縁起でもない」

 とはいえどう脱出するべきか。
 飛び込んだレッキスも勢い任せで妙案があるわけではなかった。

 ズガッ!

「ッ!」
「なっ」

 その時、茜色の夕日を乱反射しながら、一条の光が空から舞い降り大地に突き立った。

「ンあー! 神器! 神器デシ! 神器デシよォ」

 それはまさしくシオリの神器、輝く理力シャイニング・フォースであった。

 ガシッ!

「掴んだッッッ! ようやっと掴んだでし」

 檻から伸ばしたバンの手が、届くほどの目の前に、シオリの剣、シャイニング・フォースは落ちてきたのであった。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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