アカメはそっと目を閉じ語りだした。
「少し歴史を振り返りましょうか」
西と東の大陸間で争われた、俗に言う〈亜人戦争〉は、今から約三十一年前、ハイランドの聖賢王シュテインにより開戦した。
ハイランドとはニンゲンの大国。
気候も温暖、商業も栄え、様々な文化が生まれ出ずる、この世界で最も繁栄した国でした。
開戦の動機はわかりません。
聖賢王に領土的野心があったとか、実は財政は逼迫し、辺境大陸にあるダイヤモンド鉱山を狙ったとか。
ともかく善政を敷き、国民の信望が厚かった王としては暴挙と言わざるを得ません。
それではまずはそのハイランドの戦力について。
「まああまり細かい数字を話しても、ウシツノ殿には眠たいだけでしょうし、かいつまみますが」
ハイランドと言えば騎兵隊。
特にケンタウロスを騎馬とした精鋭の〈ケイローン騎兵〉一千に通常の騎馬隊が六千。
そして重装歩兵、近衛歩兵合わせて三万。
各地で募り編成された傭兵部隊五千、先遣隊八千、さらに非戦闘員(従者、土木建築者、医療技術者など) 合わせると総勢八万を越える大部隊でした。
そんな彼らを運ぶ船団はひそかに自由都市マラガにて建造されており、武器商人であるパーファ家、海運業者ゴンズイ家、そして安定した食糧の逐次供給はライブ家という、現在もマラガにのさばる五商星のうちの三家が特需の恩恵を受けたそうです。
ではマラガの商人組合もハイランド側なのでしょうか。
いいえ、彼らはいまだに中立を謳っていますね。
「ちょっと土地勘のないシオリさんにはわかりにくい話でしたね。続けます」
そうしてマラガを出航したこの大船団は、辺境大陸の南東部〈ジャック・ギャン・クロー〉より上陸すると、そこから北上を開始。
立ちふさがる亜人種族の町や集落を次々と陥落していきました。
その際ハイランド軍は各町で略奪の限りを尽くしたといいます。
騎士道に反するですって?
これは聖賢王としては致し方なしという決断でした。
これを認めねば騎士はもとより一般兵から傭兵までの不満と離散を招きかねなかったのです。
ただしニンゲンにとって亜人種族は性的魅力を誘発することはなく(皆無とは言えないですが)、金品や物資の略奪が主で婦女暴行といった類の被害はあまり報告されていないそうです。
さて、当然西側諸国もこれに黙っているわけはなく、和邇族の王〈凶獣サルコスクス〉を先頭に、各地より総勢十万を越える戦士が集結しました。
その中には後に英雄と呼ばれる者もちらほら。
私たちカエル族の長老、大クラン・ウェルやトカゲ族の王となるモロク、そして現在の剣聖グランド・ケイマンの若かりし姿もありました。
以後も各地で激戦は繰り返され、ハイランドが遠征をはじめて二年以上が過ぎた頃、ついに両軍はアークティック平原での総力戦に臨むこととなりました。
「おっと、斬った張ったの話しに胸躍らせるのもどうかと思いますよ、アマンさん」
会戦を繰り広げることひと月あまり。
はげしい消耗戦は無為に命を散らし続けました。
そこには戦術や騎士道といった知性や尊厳などすでになく、あるのはただただ野蛮な殺しあいでした。
双方に多大な犠牲が出るも決着はなかなかつきませんでしたが、しかしここで唐突にこの戦争は終わりを迎えます。
明朝からの会戦に備えた深夜、突如聖賢王の幕舎にひとりの偉丈夫が現れると、その者の巨大なナタにより、聖賢王は無残にも殺されてしまったのです。
聖賢王シュテイン戦死。
その急報が亜人連合側に届くか届かぬかの前後。
なんとこちらにも現れたその偉丈夫が、凶獣サルコスクスすらをも一刀のもとに切り捨ててしまったのです。
その者こそが謎多き伝説の〈百獣の蛮神ズァ〉です。
ズァはその後何処かに消え去ってしまいました。
彼についてはいまだに正体は知られていません。
ともあれ両軍ともに総大将を失い、ハイランド側も呪縛を解かれたかのように戦意を喪失。
クァックジャード騎士団の調停によりこの戦争は幕を閉じました。
かつての聖賢王とは思えぬこの冷徹で無謀な軍事行動の裏に、一体なにがあったのか。
合わせてこの戦争の真の目的はなんであったのか。
唯一の手掛かりは彼の死に際の言葉。
『最果ての中心……乙女たちの嘆きを、余は……計り知れず』
今となっては彼の胸中を知る術はありません。
ひとつ言われているのは、この遠征を決めたころから聖賢王は、とてもとても、それまでのお人とは違っていらしたという事。
それはもう狂人さながら。
言うならば、世界の深淵を覗いてしまった、見てはならぬモノを見てしまった、故の逃れえない呪縛を背負ったかのように。
頑健な肉体も、聡明な眼差しも、見るも耐えないほどに衰えていったとか。
ナニかに突き動かされたかのように、亡者のごとく進撃を続けたそうです。
かくして二年三ヶ月に及んだこの辺境遠征は、ハイランド軍死者二万七千、亜人連合死者四万五千(戦士のみ、一般人含まず)、蹂躙された町や村は数知れず。
このためハイランドはクァックジャードの調停により、戦後補償を各国に余儀なくされました。
補償対象は戦死者や負傷者及びその身内。
当該諸国への復興、補償。
虐待された捕虜、及び相手側負傷者への恩給。
民間人強制連行に対する補償。
亜人連合側への罰金。
賠償は金銭だけでなく鉱物や油といった資源、武具等の物納から、馬や羊、山羊などの家畜賠償なども含め、ハイランドの年間国内総生産のおよそ二十倍という賠償金が課されることとなりました。
なお、この戦争賠償金は現在も完済しておらず、そのことがこの国の経済事情をより圧迫しているのは事実です。
「この辺はタイランさんの方が詳しくご存じでしょうね」
またこの戦争は亜人の領域である西の辺境大陸ノーマンズランドが戦場であった事、そして多くの亜人が蹂躙され犠牲になったことから後に〈亜人戦争〉と呼称されることとなりました。
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「以上が亜人戦争の大まかな概要ですね」
アカメはふう、とひと息ついた。
目の前で燃えるロウソクの芯はずいぶんと短くなっていた。
ひとりで長いこと考えに耽っていたように思う。
「さっきからひとりでブツブツなに言ってるの、アカメ?」
「うわッ、ハクニーさん! いつからそこに……」
「……ウシツノは眠たい、てあたりから」
キョトンとした顔でハクニーは答える。
アカメはざっと思い返してみた。
「……ほぼほぼ始めからではないですか!」
急激に頬が熱くなる。
恥ずかしさで顔が真っ赤になっている。
「だって声かけずらかったんだもん。夢中になって独り言しててさ」
「だ、誰かに語りかけるように話すことで、情報は脳内で整理しやすくなるのですよ」
「誰もいない所でやった方がいいよ」
「いなかったんですけどね」
熱を帯びると周囲が見えなくなる悪癖、なんとかしなくては。
アカメは遅ればせながら自身を戒めた。
「と、ところでハクニーさん。聞いていたならお聞きしたい。今の話をどう思いましたか?」
「どうって?」
「戦争の事です。聖賢王の行動について、なにか思う所など」
「んー? そーねー」
「はい」
「よくわかんなかった! エヘ」
にっこりとハクニーはそう答えたのだった。






