
「ローズマーキーに続きウラプールも落ちました」
「なんだと」
「さ、さらに現在ネアンにおいて敵軍との交戦状態に入ったとの一報が届きましてございます」
侍従に鎧甲冑を準備させていたブロッソ王が報告に現れた大臣を睨む。
睨まれた大臣は首を縮め、恐れおののきながら手にしたハンカチで肉のたるんだ顎を伝う汗をぬぐった。
怒りの形相を見せる王を恐れたのか、あるいは電撃的な襲来を見せる敵軍に恐れたのか。
「エス国の大半の戦力はローズマーキーを越え、アップランド平原に展開しているのではなかったのか」
「左様でございます。銀姫を筆頭に翡翠の星騎士団四万、近衛騎士五千、平原に陣を敷いております。もはやこの聖都カレドニアの目と鼻の先に……」
「ではネアンはどこと戦っているのだ」
「そ、それが、信じがたいことなのですが」
モゴモゴと太ったアゴを動かしたり動かさなかったり。
王が焦れ始めたのを察した大臣は言いにくそうに答えた。
「バ、バルカーンの群れでございます」
それも見たことのないほど大量の、と付け加える。
「バルカーンだと? あの獣どもが?」
「ネアンにもウラプールより避難民が押し寄せたそうで……それを追撃して来たかのように獣の大群が」
「アイブロックス砦もバルカーンの群れに落とされたな」
「それ以後連日のようにネアンにも襲撃が繰り返されてるそうで。門を閉じ、商人の往来ができなくなったため、食料などの補給もままならないと」
ネアンはペニヴァシュ山の西側を背景にした城塞都市だ。
ある程度の期間、籠城に耐えることはできるだろう。
そのブロッソの思案を横目に大臣は続ける。
「ネアンからは援軍要請が届いております。げ、現在ネアンの主力はオロシ伯爵と共に、このカレドニアへ参陣しておりますゆえ」
「今は獣の群れごときに戦力を割く時ではないだろう」
「お、おっしゃる通りで。ただ一報を聞いたオロシ伯爵は帰還を願いでるやもしれません」
オロシ伯爵は五千の騎兵を連れてきた。
頼りになる戦力であり、帰還など許せるはずがない。
「では伯爵を前線部隊に配置しろ。編成をやり直せ」
これ以上はとりつくしまもない。
大臣は自分に怒りが向く前にすごすごと退室した。
その後、侍従の手を借りて荘厳な白い甲冑を身に付けると、王はしばらくひとりにするようにと言って全ての召し使いを追いやった。
神経質そうに鎧止めの紐を何度も固く結び直す。
何故か力の入らない手指で持って、自らワインをグラスに注ぐと一気にあおった。
「フゥ……。バルカーンが統率され、巨大な群れをなして街を襲うだと? そんな話があるか」
犬笛を使いおびき寄せる程度ならできる。
だがあの獰猛な巨獣を意のままに操るなどと、そんな芸当……。
「獣を操る者がいる……それは銀姫か? あるいは別の勢力……」
カタカタと手を震わせながら再度ワインを注ぐ。
「フ、フフ。余に反旗をひるがえす者共、余を憎み、余の手にしたものを奪おうとする者共。一挙に噴き出してきおったか。臣下のみならず、他国と、そして得体の知れぬ者共」
ブロッソ王の顔が白蝋のように青ざめる。
そして、
「うごっ、ゲェーッ」
飲んだばかりのワインと、胃の内容物まで全て吐き出してしまった。
何度もえずき、そばにあったテーブルの端を握りしめる。
撒き散らした吐瀉物を憎らしそうに睨むと顔を背けて窓外を睨みつけた。。
「ク、クク。降りぬぞ、余は……この玉座を」
そしてふらつく足取りで部屋を出ていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ウラプールからの避難民はようやく聖都カレドニアに入城し終えたようだ。
そしてもうこれ以上は受け入れられない、とでも言うように、王都にある東西南北四つの門は重く固く閉ざされてしまった。
「おいおい、間一髪だったなあ。しかしこれで当分は出れねえんじゃねえか」
閉じた門の前で立ち尽くしていたのはシャマンとクルペオ、そしてウシツノの三人であった。
ネアンの領主オロシ伯爵の娘、ミゾレ・カナンの依頼を受け、すぐにカレドニアへとやってきたのだが、すでにエスメラルダ軍は南の平原にまで来ているらしく、王都は厳戒態勢に入っていた。
「まさかここで、桃姫と銀姫を立てた戦争が始まるとは」
思ってもみなかった、とはウシツノの意見だが、シャマンとクルペオも同じであった。
さらわれたミナミを探すために姫神について調べる予定であったが、ここまでポンポンと状況が移ろいゆくとは考えていなかった。
「とにかくアカメと合流したい。もうこの街へ来ているはずだろ?」
「ギワラと一緒なんだ。ちゃんと着いてるだろうよ」
「どうするのじゃ? 盗賊ギルドの場所までは知らぬが、ネズミの隠れ家ならわかる。そこへ行くのか?」
クルペオの質問にシャマンはうなずいた。
「あのお嬢様から預かった手紙、あれの届け先を知ってるのもネズミだからな」
「では参ろうか。レッキスの容態もよくなっておるかのう」
「レッキス?」
「オレたちの仲間だ。バニーの女だが、強ぇぞ」
ウシツノにシャマンが笑って答えた。
「そうか。世の中やはり、強い奴が多いんだな」
「そりゃあな。でもお前だって……ん?」
シャマンが不自然に会話を途切らせたので、何事でもあったのかと彼の向いてる方向に目をやると、道の先に誰かいた。
向こうもじっとこちらを見ていたようで、先に口を開いたのも向こうだった。
「待っとった。ここにおれば、いずれどいつか鉢合わせすると思うてな」
小柄な老人であった。
着ている着流しも薄汚れ、表情も疲れているせいか、異様に弱々しく見える。
「て、てめぇ……」
だがそんな弱々しそうな老人を見て、シャマンとクルペオは緊張した面持ちをしていた。
「できればワシはあの赤い鳥めに会いたかったんじゃが、まあお前らにも煮え湯を飲まされたからのう」
そう言って、トカゲ族の老人は腰元の鞘から刀を抜いた。
「なんだ、このトカゲ族は? おい、シャマン」
訳が分からないウシツノは老人から目を離さずにシャマンに問う。
信じられないことに刀を抜いた途端、先程までの弱々しい印象が吹っ飛んだのだ。
「こいつが、剣聖だ。剣聖グランド・ケイマン」
「剣聖! じゃあ、こいつが最強……」
「気を付けろ。こいつは剣以外も使う」
「武芸百般と言うたじゃろう。お前らと、あの赤い鳥をこのまま見過ごすことは出来んからのう。悪いがいっさい手は抜かんぞ。……ん?」
ただちに襲い来るのかと思いきや、ケイマンがウシツノの姿に目を止める。
「カエル族。一丁前に刀なんぞぶら下げおって。いや、しかし……貴様、見覚えがある顔をしているな」
「見覚え?」
ウシツノにはなかった。
「はて。貴様、名は?」
「ウシツノ……いや、本名はクラン。クラン・ウェルだ」
「クラン! その名はッ」
「親父の名だ。その名を受け継いだ」
「水虎将軍、貴様せがれか! 将軍はどうした」
「……死んだ」
静かにウシツノは答えた。
一瞬ケイマンの瞳にやるせない感情が走る。
だが、
「そうか……だが貴様、せがれであるならば、全てを受け継いでおろうな」
先程までとは比べようもない殺気がケイマンからほとばしった。
それはシャマンたちではなく、すべてウシツノに向けられている。
当のウシツノは気圧されそうな気迫に驚き怯みかけたがなんとか踏みとどまった。
剣聖が自分に殺気を向けている。
こんな状況、想像だにしていなかった。
父の形見の愛刀〈自来也〉を抜くと、ウシツノはケイマンと対峙した。






