【第239話】相手は剣聖

 王都の街門前でケイマンとウシツノは対峙した。
 お互いすでに抜刀している。
 厳戒態勢の街中をそぞろ歩く人々の姿は稀であるが、それでも幾人かの姿は目につく。
 だが皆、そのただならぬ雰囲気に近付こうとはしない。

 いや、待て。
 さすがに街門の近くのために検問を担当していた数人の衛兵が、何事か、問題事か、と二人を嗜めようと近寄ってきた。

「しゃしゃり出てくんじゃねェよ。ワシは剣聖ぞ! 剣聖に逆らうは王にたてつくを意味する、その覚悟がテメェらにあんのかッ」
「け、剣聖!」

 殺気みなぎるケイマンの怒号に衛兵たちは凍り付いてしまった。
 遠巻きにしたまま近寄れずに立ち尽くす以外ない。

「言葉遣いが粗野になったな」

 職務に熱心な衛兵たちに同情しつつ、シャマンは隣のクルペオに囁く。

「うむ、何やら余裕もなさげじゃ」
「しかしもう誰も割って入ってはこれねえ。仲裁は絶望だな。クルペオ」
「なんじゃ」
「逃げるチャンスを見逃すなよ」
「うむ……」

「分不相応だな」

 ボソッ、とケイマンはつぶやく。
 言われたウシツノは何の事かわからず、二度まばたきをした。

「その大太刀じゃ。大した業物わざもののようだが、使えるのか?」
「親父の形見だ」

 自来也は刀身の厚さが並の刀の三倍はある重たい刀だ。
 スッとケイマンの目が細まる。

「受け継いだのはその刀だけ……などと拍子抜け、させるなよ」

 トーン、と軽くその場で跳躍したかと思えば、もう次の瞬間にはウシツノの眼前にケイマンの切っ先が迫っていた。
 ウシツノはその剣先をかっぴらいた両目で見ていた。
 不思議と恐怖も焦りも感じずに、ただ冷静に刃先を見ていた。
 身体を右に流してかわす。
 そして相手の懐に入り込む。
 自来也で胴を薙ごうとした。

「アマいわッ」

 カクン、と避けたウシツノを追撃するように、ケイマンの剣先が軌道を変えた。
 だがそれも目で追えた。
 ケイマンを斬ろうとしていた刀を翻し、自身に向かう刃に向かい激突させる。

 ガキィン! という金属音が響き渡り、ケイマンとウシツノは双方が後方に飛び退き少し距離を開けた。

「ほう、使えるようだな。まずは合格じゃ。だが戦いは、刀の価値で決まるもんじゃぁねえぞ」

 再びケイマンが躍りかかる。
 少し速くなっている。
 俊敏さと、この小さな体躯に宿る無尽蔵のエネルギーが爆発する連撃。
 縦横無尽に襲い来る剣閃を、それも冷静に一撃一撃丁寧に防御していく。

 焦るな。

 ウシツノは自分に言い聞かせる。

 相手は剣聖。
 一か八かは通用しない。
 我慢は必要だ。

 目の前の攻撃をひとつひとつ潰していく。
 我慢の時。

 だが、いくら捌こうとも反撃の隙が見出だせない。
 剣聖の体力は尽きないのか、攻撃が止む気配はない。
 だんだんとウシツノの腰が落ち、膝を折り曲げ、地に足を吸いつかせたままケイマンの攻撃を一方的に防ぎ続ける。

「おいおい、そろそろヤベぇんじゃねぇのか」

 見ているシャマンの声に焦りの色が混じりだす。

 手助けに入るか。

 そう彼が思った時、ウシツノが動いた。
 たわめた膝を勢いよく伸ばし、飛び跳ねつつケイマンの刀を下から弾き返す。

「うおっ」

 カエル族特有の跳躍力を生かした斬り上げ。
 さらに勢いそのまま頭上高く跳び上がると、急転直下!
 十分重さの乗った上段斬りを叩きつける。

「ガマ流刀殺法! 質実剛剣ッッッ」
「フンッ」

 ウシツノの必殺剣は刀で防がれた。
 しかし、その威力はケイマンの予想を上回り、受けた刀に亀裂が生じると根元からポッキリ折れてしまった。

「くぁーッ! これだから店売りの粗悪品は使えんわい」
「おい! 戦いに刀の価値は関係ねえんじゃなかったのかよ」
「うるさいわいッ」

 シャマンのツッコミに苛立ちを見せると、折れた刀を捨ててなおウシツノに挑みかかる。

「正気か!」
「舐めるな小僧が! 無手でもわしは最強じゃッ」

 不意を突かれたが顔面に伸びる右の掌底を間一髪かわす。
 と、かわしたはずのウシツノの右頬がパクっと裂けた。

雅龍・新十陰流がりゅう しんとかげりゅう鎌鼬かまいたちッ」
「かまいたち……真空の刃」
「騙されてんなウシツノ! 今のは暗器だ!」

 怯みかけたウシツノをシャマンが鼓舞する。
 死角に隠し持った武器、ケイマンの右手小指に鋭利な爪のついた指輪が嵌められている。

「暗器?」
「くぁッ! 黙っておればよいものを」
「そうはいくかよッ! 油断ならねえクソジジイめッ」

 あっさり種明かしされ恨めしそうにシャマンを睨む。
 そしてウシツノに向き直ると、

「しかしまあ、なかなかやりおるな。十分手練れではある」

 不本意とは思ったが、ウシツノは今の言葉に内心で小躍りしそうになった。
 仮にも現世代最高の剣士である、〈剣聖〉の称号を持った者に腕を認められたのだ。
 辺境の村でこれまで生きてきたウシツノにとって、世界に堂々と名乗りを上げるお墨付きをもらえた気分になってしまった。

 剣聖が、オレを認めたのだ!

「実に惜しい」
「……え?」
「あと十年、研鑽を積めば世界に知らぬ者のないほどの剣豪になれたやもしれぬ」

 話の結論がどこに向かっているのか想像つかず、ウシツノは思考が停止しかけていた。

「ここでワシに逢うてしもうた事。そして貴様があの水虎将軍のせがれであった事。この二つの不幸を嘆くがいい」

 そこでクルペオが気付いた。
 この会話の最中、ケイマンの手指がせわしなく小刻みに動き続けていることに。

「いかん! 糸じゃ! ウシツノ距離をとれ」
「遅いッ! 動きは封じた」
「ッッッ」

 突然ウシツノは身体の自由が利かなくなった。
 それは目に見えないほどの細く丈夫な糸が全身を縛めているからに他ならない。

「無念じゃろうが、貴様に十年後はない」

 近寄ってくるケイマンにウシツノは抵抗する術がない。

「ヤベぇ」

 シャマンとクルペオが武器を手に走り出す。
 しかし絶望的に間合いが遠い。

 懐から短刀を取り出し、ウシツノに歩み寄るとその刃を鞘走らせる。

「将軍の代わりで悪いが、ワシの悔恨を浄化するためじゃ。逝け」
「クソッ! 間に合わねえ」

 そのとき走るシャマンとクルペオを後方から追い抜く者がいた。
 脱兎の如く駆け抜けると、躊躇なくトカゲの老人に向かい鋭い棍をぶち当てる。

「ンなッ!」

 さすがに意表を突かれたケイマンの糸が緩み、ウシツノは自由を取り戻せた。

「お、お前は……」

 ウシツノの前にひとりの兎耳族が立っていた。
 大胆に脚を露出した、ミニ丈の拳法着を着た少女。
 手には得物である長めの棍を構え、油断なく吹っ飛ばしたトカゲの老人を睨みつける。

「レッキス!」
「レッキスではないかァ」

 シャマンとクルペオに振り向くと、レッキスと呼ばれた少女はニッっとはにかみ、声を上げた。

「おかえりシャマン、クルペオ。待ってたんよ。するんでしょ、ひと暴れ」

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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