【第36話】白姫〈ブラン・ラ・ピュセル〉

 ウシツノは光に畏怖していた。
 絶望に近い感情に押しつぶされながら、ひときわ大きな食人花マンイーターを睨みつけていたウシツノの目の前で、天高くそびえる光の柱が出現した。
 それは天上と地上を繋ぐ白い光であり、一瞬にして消えた。

「今の光の柱は、ひょっとしてあれが白角の舞台に落ちた白光の正体では?」

 背後からアカメの震える声が聞こえてたが、ウシツノに応える余裕はなかった。
 なぜなら目の前に、光の消えたその場所に、別の人物が立っていたからである。

 透き通る長い緑の髪。
 身体を包む純白のスーツは金属とも革とも違う。
 全身をピッチリと覆うデザインは明らかに戦闘用に特化している。
 各部には細かい意匠の施された金色の装飾が煌めき、頭部にはひときわ異彩を放つ光のリングが浮いている。
 背部には光あふれる三対六枚の羽が生え、足元を見ると地面から少し高いところに浮遊していた。
 そして右手には形状の変化した白い剣があった。
 二〇〇センチを超える細く長い刀身は、まるで神の持つ神々しい弓のようでもあった。

「シオリ殿……なのか?」

 ウシツノが恐る恐る声をかける。
 姿は変われども、まさしくそこに立っているのはシオリだと確信していた。
 シオリは小さく微笑んだ。

「はい。私は姫神白姫。〈再生の道標〉純白聖女ブラン・ラ・ピュセル

 シオリが右手に持った白い剣を宙に掲げると周囲から光の粉が舞い上がった。。

悪態快癒レストアステート

 その言葉に呼応するように、光の粉がウシツノたちを優しく包んだ。
 光に触れたウシツノたちは体の異常が消えていくのを実感した。

「体が……」
「治癒能力か」

 タイランも立ち上がり、己の身体を確かめる。
 シオリはかすかに微笑むと今度は左手を優雅に動かして呪文を唱える。

祝福をベネディクション

 するとウシツノ、タイラン、アカメの身の内から得体のしれない大きな力が沸き起こってきた。
 心がやけに軽くなった気がしてくる。

「こ、これは?」
「うむ! 力がみなぎるな」
「もしやシオリさんの、いや、白姫の力なのでしょうか」

 微笑んでいたシオリの顔が厳しいものになる。
 なおも周囲には大量のマンイーターがひしめいていた。
 この花畑一帯にまだまだ恐ろしい巨大花が獲物を得んと周りを囲っているのだ。

「あとどれぐらいいるかな」

 その群れを見やったウシツノたちにすでに恐怖も絶望もなかった。
 身体の内からとめどなくあふれてくる勇気。
 もはやどんな相手にも遅れを取ることはない。

 シオリに向かってマンイーターのツタが襲い掛かった。
 それをウシツノとタイランの剣が切り捨てた。

「おっ」

 信じられないほどに体が軽い。
 目がよく見える。
 背後まで気配が感じ取れる。
 ウシツノは興奮した。
 剣を握って今夜ほど自信に満ちたことはなかった。

「さあ来いッ! どんどん来いッ! すべて斬ってくれるッ」

 それからはあっという間だった。
 ウシツノとタイランは凄まじい勢いでマンイーターを殲滅し始めた。
 恐ろしき花畑から不気味な食人花が一掃されるまで、ものの五分と持たなかった。
 変身したシオリはそこを動かくこともなく、発せられる光がウシツノたちの戦意を高揚し続けた。

光あれリュミエール

 全てが片付いた後、最後にシオリの魔法が全員の傷と疲労感を拭い去ると、元の姿へと戻った。
 再び月明りだけが照らす闇夜に戻るとウシツノとアカメは呆然と周囲の惨状と、そしてシオリを見ていた。

「なんだったんだ……今のは……これが姫神、というものなのか?」
「そのようですね。どうやら私たちはこの力について、もっとよく知る必要があるようです」

 すぐに動いたのはタイランだった。
 黙したままいまだ倒れているレイの介抱に向かう。
 一見して怪我はない。
 いや、怪我どころか破損していた衣服もすべて元通りになっている。
 白姫の光の効果なのだろうか。

(癒しの力。いや、それだけではない。確かに私にもいつも以上の力がみなぎっていた)

 タイランが視線を向けると案の定、シオリ自身も呆然としていた。
 当然だろう。
 自分がここに居る理由の一端が垣間見えたのだ。
 それも尋常ではない力を得て。

「私、本当に、普通じゃなくなってるんだ……今の……」

 シオリは自分が行った奇跡を全て覚えていた。
 やるべきことが頭の中に自然と浮かび、その通りに動いただけだった。
 そこに迷いや恐怖が微塵もなかったことを覚えている。

「これが私の神器」

 しっかりと握りしめた白の剣をジッと見つめる。

「姫神。私は、姫神」
「シオリ殿? 今、なんと言った?」

 ウシツノが驚いて目を丸くしている。

「え? だから私、普通じゃないんだなって思って……」
「シオリさん、言葉が」
「え?」

 シオリの話したことをウシツノが理解していた。
 口を突いて出たのは間違いなくこの世界の言葉、彼らが話していた西方語なのであった。

「あれ? そういえば、私もウシツノさんの言ったことがちゃんとわかる。なんで?」
「環境に適応している。変身による作用でしょうか?」
「なんにしても便利だな、今の力は。なあ、アカメ」
「え、ええ」

 ウシツノは楽天的だがアカメは違った。

(便利で済む話じゃありません。奇跡といえば聞こえはいいですが、これは人智を超えた恐ろしい力です。早急に知る必要があります。姫神とはなんなのか。このまま水仙郷へと落ち延びたとして、それが解決へと繋がるのでしょうか?)

 すでにアカメに周囲の声は届いていなかった。
 自身の思考に沈み込んでいる。

(姫神の秘密を知るにはどうすればいいでしょうか? 知っている者に聞く以外ないのでは?)

 それは何処の誰であろうか。

(私はひとりしか知りませんね)

 アカメの脳裏に金髪黒衣の魔女が浮かび上がる。

 その時遠くで爆発音が響いた。
 アカメの思考を無理やり中断させるほどの轟音が森に響き渡る。

「あの方向は……ヌマーカ!」

 ウシツノの言葉で皆がハッとした。

「そうです! 追手が来ていました!」
「早く戻るぞ! ヌマーカを助けねば」

 ウシツノが駆け出し、その後をシオリとアカメが追う。
 タイランもレイを担ぎあげ後に続いた。
 花畑に静寂が降りると茂みの一角が葉を揺らしてひとりの影が出てきた。
 ずっと隠れて様子を見ていたのはインバブラだった。

「見たぞ。なんなんだ、あのニンゲンは? あの力がオレにもあれば……」

 瞳の奥に妖しい光をちらつかせるも、今はただひとりでそこに立ち尽くすだけだった。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」先行掲載、鋭意連載中、「ノベルアッププラス」には467話(更新停止)まで掲載されています。

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