【第37話】アカメの提案

 ただちに野営地へと戻ってはみたものの、ヌマーカの姿は見当たらなかった。
 その代わり、周辺には凄惨と形容すべく激しい戦闘の痕跡が見て取れた。
 散乱した武具とおびただしい数のトカゲ族の死体、そして発動した形跡が残る数々のトラップが目に付いた。

「ほお……」

 場違いと思われようと、アカメはつい感心したため息をついた。
 多くのトカゲ族がトラップに掛かっていたのだ。
 結い合わされた植物の蔓に足を取られ、樹上から逆さまに吊られた死体や、茂みの中に隠されたボウガンの仕掛けに射殺された死体、丸太や岩の下敷きにされたものもある。

「ヌマーカさんはいつの間に、これだけの仕掛けを施していたのでしょうか」
「ヌマーカはいないみたいだな。トカゲどももだ」

 アカメの質問は無視してウシツノは周囲を見渡した。
 シオリは意識が戻ったレイに寄り添って、アカメのそばを離れないようにしていた。
 レイの顔は青ざめていた。
 巨大花にさらわれた次は凄惨なトカゲ族の死体の山だ。
 いつの間にやら彼女の現実は崩れ、狂気の夢の中にいる気分であった。
 そこへ周辺を見て回っってきたタイランが合流した。

「ヌマーカ殿はいたか?」
「いません」

 ウシツノが力なく答える。

「そうか。トカゲ族の死体は数えたか?」
「い、いいえ」
「原形の残ってる死体だけで十二あった。先程出くわした奴らで全部だとして、半数以上は始末したようだ」

 タイランからもヌマーカの手腕を褒めそやす響きが感じられた。
 それを少し誇らしく思いながらもウシツノはヌマーカの安否を気に病んだ。

「ヌマーカはどこに行ってしまったんだ」
「逃げた敵を追ったのでしょうか?」

 アカメの指摘にウシツノはまさか、と否定した。

「そんなことはしない。オレたちの目的は奴らの全滅じゃないんだ」
「うむ。お前たちに見てもらいたいものがある」

 タイランに促され、一行は木々がなく、少々焦げ臭い、開けた場所に案内された。
 なにやら気温が少し上がった気がする。
 額から流れ落ちる汗は暑熱が原因か、それとも。
 そこには大きめの破壊の跡が見て取れた。
 明らかに中心で爆発があったことがわかる。

「まさか」
「我らが聞いた爆発音は、おそらくここであろうな」
「ズマーカ、自爆したのか……」

 呆然とするウシツノに、絶句するアカメ。
 二人にタイランは慰めるように言った。

「であれば、始末した敵数は半数どころではないな。我らはズマーカ殿に救われたのだ」
「ヌマーカッ……」

 ウシツノは膝を着くとそれまでこらえていた感情に押し潰されそうになった。
 たった一日で自分を取り巻く世界が変わっていく。
 シオリやレイに同情していたつもりが、なんてことはない。
 己も似たような境遇ではないか。

「嘆いている暇はないぞ、ウシツノ」
「タイランさん?」
「お前がリーダーなんだ。リーダーは常に、次の判断を素早く、的確にしなくてはならない」
「……」
「ヌマーカ殿が作ってくれた時間だ。無駄にするな」

 ウシツノの顔に力強さが戻ってくる。
 一瞬とはいえ弱気になった自分が恥ずかしかったし、すぐに揺り戻してくれたタイランに心底感謝した。

「よ、よし! 水仙郷へ急ごう。ヌマーカの行為を無駄にしないためにも」

 そうウシツノは宣言した。
 今はまず身の安全が第一だ。
 そのためには親父が言っていた水仙郷へと辿り着くのが先決だ。
 道はアカメが知っている。

「アカメ、案内を頼む」

 ウシツノはアカメが賛成してくれるものと信じて疑わなかった。
 なのでアカメの次のセリフが最初は理解できなかった。
 聞き違いだと思ったほどに。

「水仙郷へ。果たしてそれでよいのでしょうか」
「なんだって?」

 ウシツノはもう一度アカメに聞き返した。

「このまま水仙郷へ逃げてもよいのですか?」
「逃げる?」

 逃げるつもりなんてない。
 ウシツノはアカメの言わんとしていることがよくわからず、どう答えるべきかもわからなかった。

「そうです。水仙郷へ逃げてどうなるのです? そこで私たちは水精ウンディーネの庇護を受け、無事に余生を過ごすのですか」
「そんなつもりはないッ」
「ええ、そうでしょう。あなたは復讐をしたいでしょうしね」

 いつもの臆病で弱気な発言ばかりのアカメとは思えない。
 何か、挑むような面構えを見せるアカメにウシツノは面食らっていた。

「どうしたんだアカメよ? 少し冷静になれ」
「冷静です。いいですか、ウシツノ殿? 私たちはなぜ今このような境遇に陥っているとお思いですか?」
「なぜって……」
「何も知らないからです。何も知らないのです、我々は。いいですか? 今のままでは逃げることも、復讐することも難しい。まずは知るべきなんです」
「なにを?」
「姫神です」

 そこで初めてシオリの顔に反応があった。
 シオリはすでに西方語が理解できていた。
 姫神の力が顕現した時からこの世界のあらゆることを自然に受け入れる態勢が整っていた。
 だからアカメとウシツノの会話もおおよそは理解できる。

「私のこと……」
「そうです、シオリさん。あなたの力は人智を超えています。まずはその力の正体を知るべきなんです」
「アカメよ。姫神の力を知りたいのはオレも同じだ。だがそのためにもまずは水仙郷へ向かう以外ないだろう?」
「水仙郷へ向かったところで謎は解けるでしょうか? 私にはそうは思えません」
「しかし親父は水仙郷へ向かえと言ったんだ。きっと何かあるに違いない」
「きっと、では困ります。確実でなくては」

 ウシツノは理解した。
 アカメにとって最大の行動理念。
 それは知の探究。
 知識欲に他ならない。
 それに今はみんなの命もかかっている。
 おそらくアカメの脳は今フル回転していることだろう。
 オレでは及びもつかない、正解への道筋を模索しているはずだ。

「ならアカメよ。お前はどうしたいんだ?」
「オーヤと名乗ったあの金髪金眼の魔女に聞きに行くべきだと考えます」

 アカメの回答にウシツノとシオリは驚いた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」先行掲載、鋭意連載中、「ノベルアッププラス」には467話(更新停止)まで掲載されています。

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