「正気かアカメよ! わざわざあの魔女に、こちらから会いに行くと言うのか?」
信じられない、どうかしている、あの魔女は危険だとわかりきっているのに、とウシツノはアカメを理解できぬと罵った。
何より魔女の狙いはシオリだ。
直接彼女を危険に晒すなんて。
「しかしあの魔女以外に私は姫神を知る人物を知りません」
「教えてくれるはずないだろう! そもそもあの魔女はトカゲどもとグルだぞ! 危険すぎる」
「危険? このまま何もわからず逃げ続けても大して変わりません。敵はトカゲ族だけとは限らないのですよ」
アカメは言いながら赤い騎士をチラリと見た。
タイランはひとつも表情を崩さずに二人のやり取りを聞いている。
「よし、いいだろう。仮に魔女の元へ行ったとして、魔女が素直に教えてくれるのか? 聞き出せるのか?」
「わかりません。まだ十分な検討の余地があるのは認めますよ。この考えには先ほど至ったばかりですのでね」
「なッ! そんな無責任な案があるか」
「ウシツノ殿。あなたもなかなか頭が固いですね。アマンさんがいてくれれば、きっと私に賛同してくれましたよ」
アマンの名前を出されてウシツノの頭に血が上った。
奴も今危険な場所に踏み込んでいるはずなのだ。
「今いない奴のことは言うなよ!」
「お言葉ですが、それはあなたにも言える事でしょう。お父上の言いつけを聞こうとしているだけで」
「ッ……」
気まずい沈黙が流れた。
さすがに今のは言い過ぎましたとアカメは謝罪した。
「……いや、いいんだ」
しばらくして、再びウシツノが切り出した。
「アカメよ。お前は学者だから、単に知りたいことに正直になっているだけではないのか?」
「それはあります。私の人生は知の探究に捧げています。知り得た事を広く世に伝える。それが使命だと思っています」
「そのためなら危険も顧みないと?」
アカメは答えなかった。
代わりにシオリが口を開く。
「私も、知りたいです。自分のこと」
「シオリ殿?」
「私、今まで何の取り柄もなくて、そんな私があんなすごい力が使えちゃって、その、なんでなのかなって……」
「疑問に思うのは当然ですよ」
「しかし、危険すぎるぞ」
まだ逡巡するウシツノを制し、アカメは屹然と宣告した。
「私とシオリさんは決断しました。あとは……」
アカメはレイを見た。
レイはまだこちらの言葉を理解できない。
事態が飲み込めずに不安そうにしているところ、アカメがニホン語で経緯を説明した。
話を聞くうちにレイの顔はみるみる青ざめた。
無理もない。
この中でトカゲや魔女に直接いたぶられたのは彼女しかいないのである。
まして彼女はシオリの覚醒を目の当たりにしていない。
自分にも同様の力があると言われてにわかに想像はできないだろう。
「どうやらレイ殿は反対のようだぞ」
ウシツノにもレイの反応が否定的であることはよくわかった。
「レイさん」
アカメは一呼吸置いてからゆっくりとレイに話して聞かせた。
「これは私の先生の受け売りなのですがね、物事の真実や裏側というものは、必ずしも期待に応えてくれるとは限らない。むしろ、より深い悲しみを背負うことも、ままあります」
レイはアカメの言葉に静かに耳を傾けている。
「ですが知ることを恐れてはいけない。知ることで次への道が開かれるのだから、と」
「道……」
「私はそれを未来だと解釈しています。進むかどうかです。未来は自分で選べるのだと思っていますよ」
「未来……」
もう一度、小さな声で未来、とレイはつぶやいた。
「未来なんて……知りたくない」
だがしかし、レイの言葉はひどく弱々しかった。
「レイさん……」
アカメは落胆をどうにか表にに出さないよう努めた。
「私は何も知りたくないです。ここでの事も全部忘れます。だから早く家に帰らせて! 怖いのも嫌。ひどい人たちも嫌。私は家に帰りたいッ」
最初は囁くようだった声も、次第に大きくなり、レイが提案を拒絶したことがウシツノとタイランにもはっきりとわかった。
「私の未来はここじゃない。就職して、お母さんを安心させてあげたい。だから早く帰してくださいッ」
「レイさん、記憶が戻ってるの?」
シオリがレイに触れて尋ねるも、レイは強く首を横に振った。
「わからない! はっきりしてるわけじゃないけど、でも私はこの世界にいたくない。すぐにも帰りたいの」
「レイさん……」
気持ちはわかるシオリであったが、どう言葉を投げかければいいのかわからず困惑した。
その時、頭上から一向に見知らぬ声が掛けられた。
「なあ、もういいかな? 話まとまんねぇみてぇだしよ」
「えっ」
突然割って入った声に全員が声のした方を見ると、二つの人影がそこに並んでいた。
大きな岩場の上、月の光に照らされてウシツノたちを見下ろしていた。
「だ、誰だ?」
ウシツノが自来也を構え警戒する。
この二人には友好的な素振りが見られなかった。
「自己紹介は苦手なんだよなぁ。勝手に想像してくんねーか?」
「コクマル。まずは名乗るのが騎士としてのマナーだぞ」
「騎士?」
ウシツノの問いに槍を持った白い影が答える。
「その通り。我が名はナキ。誇り高きクァックジャード騎士団の騎士である」
「ク、クァックジャードッ!」
同時に驚きの声を上げたウシツノとアカメがタイランを振り返った。
ナキと名乗った騎士は白い旅人帽をかぶり、白い短衣に白いグローブとブーツ姿で、マントのようにひるがえす羽もまた白い。
鳥人族の女だ。
槍を携えたこの白い鳥は、色こそ違えどタイランと同じ出で立ちをしていた。
「そしてこやつは同じくクァックジャードの騎士コクマル。以後、お見知りおきを」
コクマルと呼ばれた騎士はナキとは違い全身が黒い。
同じく頭にかぶる旅人帽もグローブもブーツも羽も黒い。
だが身に纏う短衣だけはナキと同じで白かった。
身長はナキより頭二つ分ほど小さいようだが、その高さでウシツノと同程度である。
ようするにバードマンとしては平均よりかなりの小兵という事である。
「覚える必要はねえぞ。どうせくたばっちまうんだしな」
だが態度はかなり尊大だ。
「クァックジャードがさらに二人も。目的はなんだ?」
「んぁ? 聞いてないのか? どうりでタイランと仲良くしてるはずだ。なあ?」
コクマルがウシツノたちの後方に控えるタイランに向けて呼びかける。
「仲良くなってからだまし討ちにするつもりだったんかぁ? お前もやるなぁタイランよぉ」
「そ、そんな」
アカメがシオリとレイをかばいながらタイランから身を遠ざけた。
ウシツノも動揺が顔に出ていた。
「まさか」
「まさかなもんかよ。お前らのことはタイランから直々に報告受けてんだぞ、オレたちはよ」
そう言ってコクマルは懐から小さな紙切れを取出し指の間でもてあそんだ。
ウシツノも二人の騎士との間合いを取りつつアカメたちのそばへと寄った。
今や前後を警戒しなくてはならず、直接戦えるのは自分ひとりだと認識を改めていた。
「さて、気の毒だが任務なのでな。白姫と黒姫、我らがいただいていくぞ」
ナキが槍を構え、隣でコクマルも二本の小剣を抜いた。
そして、ウシツノたちの後方でも剣が鞘走る音がした。
赤い騎士タイランがレイピアを抜き、静かに一行を見つめていた。