白鳥の騎士ナキと、黒鴉の騎士コクマルが武器を構えた。
ウシツノも愛刀の自来也を両手で握り警戒する。
背中越しに息をのむアカメとシオリ、レイの気配が伝わってくる。
護るべきものが多いことをウシツノは懸念した。
「ヘッ！ なんだぁ、緊張してんのか？」
ウシツノの様子に勘付いたコクマルが、構えた二本の小剣を手元でクルクルと回しながら嘲った。
「始める前に教えてやる。オレはかぁなりぃ、強いぜッ」
言われるまでもない。
ウシツノは目前の二人の力量を高く見積もっていた。
自分とて剣術の手ほどきは受けている。
遅れはとらないつもりでいるが、さりとて実戦経験が豊富とも言えない。
それだけ今日までカエル族は平和な毎日を送ってきたのだ。
「おいおい、ちょっとはリアクションしてくれねえか？ シラケるぜ」
脱力して肩をすくめたコクマルにつられて、ウシツノも一瞬息を吐いて剣先を下げてしまった。
その瞬間ナキが鋭い速度で槍を突き出した。
息が止まりそうになってウシツノは慌てて刀を振りあげた。
寸でのところで槍の先を弾けた。
ナキの突きは構えの姿勢から、一切の予備動作なくウシツノの喉元へと迫っていたのだ。
一瞬で真っ直ぐ突いてきた。
「くッ……」
慌てたウシツノが半歩下がって構えなおすも心臓は鳴りやまない動悸で忙しかった。
下手したら今の初手で殺られていた。
冷や汗をかきつつウシツノは今のでようやくスイッチが入った。
「よく防いだ」
賞賛の言葉を発しながらもナキは続けてウシツノへ連続の突きを繰り出した。
その続けざまの攻撃を今度こそは落ち着いて払い退ける。
「ほう」
ナキは内心で感心した。
ウシツノの動きは徐々に滑らかさを増し、ナキの攻撃にも呼吸が合わさっていた。
何度目かの槍を払い退け、今まさにウシツノが反撃に転じようとした。
その時だ。
ウシツノの視界の横からチカッと鋼刃が垣間見えた。
横合いから頭部と胴を同時に狙ったコクマルの攻撃だった。
「うォッ」
咄嗟に刀を逆さに立てて、峰を小手で押さえつけながら二本の小剣を受け止めた。
意外にも小兵と侮ったコクマルの力は強く、その場で踏ん張ることを良しとしないウシツノは後方に大きく飛び退って間合いを空けた。
カエルらしい見事な跳躍力は二人の騎士の追撃を一旦あきらめさせた。
「へッ、仕留めたと思ったんだがなぁ」
「コクマル、邪魔をするな。一対一の闘いだぞ」
「騎士気取りは時を選べよナキ。任務が最優先じゃないのかぁ？ なぁ、タイランさんよぉ？」
コクマルは今なお不動のタイランに呼びかけた。
一連の攻防の間も動かなかったタイランだが、その呼びかけに応えるように静かに剣を構えた。
「タイランさん……」
ウシツノの刀を握る手が汗でにじんだ。
今の手合わせでひとりを相手取るので精いっぱいだと思い知らされた。
ここでさらにタイランが加わっては……。
「クソッ」
待っていても勝ち目はない。
覚悟を決めるとウシツノはまず先にコクマルに向かい斬りかかった。
小細工を弄する余裕はない。
力いっぱい剣を振るうのみだ。
「うほ、なかなかいい太刀筋だぁ。腐ってもあの水虎将軍のせがれってかぁ。おいナキ！」
「仕方ない」
ウシツノの一太刀を受け止めたコクマルにナキが加勢した。
またしても二対一。
ウシツノの必死の応戦もむなしく形勢は不利になるばかりだ。
ナキの槍を弾いた一瞬、ウシツノに隙が生じた。
そこを見逃すコクマルではない。
「ここまでだ。じゃあなッ」
「しまったッ」
ガキィィィッッン
刃と刃がぶつかり合う激しい衝突音が森中に響いた。
見上げるとコクマルの小剣が一本、クルクルと回りながら空中に弧を描き、遠い地面に突き立った。
「おい、テメェー」
コクマルが痺れる右手をかばいながら、必殺の瞬間を邪魔をした主を睨んだ。
タイランはウシツノをかばうように静かにたたずんでいる。
「どういうつもりだ、こらッ」
静かに剣を構えるタイランの切っ先は、怒りで顔を茹で上がらせたコクマルに向けられている。
「どう、とは？」
そして静かにそう聞き返した。
「ふざけんな！ 任務を忘れたのかコラァ」
「任務？ カエルを殺せと言われた覚えはないが」
「阿呆が！ 任務を邪魔する者は処分するに決まってんだろうが」
「このような若者に邪魔される程度の実力しかないのか、コクマル？」
「なんだとォ」
「クァックジャードの騎士を名乗るに値せぬな」
「ほざくなァッ」
怒り心頭のコクマルが剣を振り回してタイランに襲い掛かった。
だがタイランは易々と躱し、ついでに突進するコクマルの足を引っ掛けてやる。
「うァ」
不意を突かれてコクマルは豪快に地面へと投げ出された。
くちばしが地面に突き刺さり、顔中は泥にまみれた。
「あぁ、それとな、コクマル。以前から私は、お前のその下品な言葉遣いが気に食わなかったのだ」
「ペッ、ペッ！ んだと？」
「いい機会だ。お前の性根を叩きなおしてやろう。剣を取れ」
倒れたままのコクマルに冷たく言い放つタイラン。
コクマルの目の前には先ほど弾き飛ばされたもう一本の剣が突き立っていた。
「もう後戻りできねぇぞ、タイランよぉ」
「コクマル！ タイランもよせッ」
剣を取りゆっくりと立ち上がるコクマルの元へ駆け寄りながら、ナキが二人を止めにかかった。
「うるせぇナキ！ こいつは裏切り者だ！ クァックジャードを裏切りやがった」
「落ち着けコクマル」
ナキがコクマルの前に立ちはだかる合間、タイランはウシツノへそっと近寄った。
「ウシツノ、ナキは手に余る相手か？」
「タ、タイランさん？」
「ああは言ったが、コクマルも十分マスタークラスだ。負けはしないが同時にナキまで相手をするのは少々骨が折れる」
「し、少々ですか？」
軽口をたたいて見せるタイランの余裕にウシツノは思わず苦笑いしてしまった。
「フッ。勝たなくてもいい。ナキを抑えていられるか？」
ここで出来ないなどと答えるウシツノではない。
気骨のあるところを見せてやろうと奮い立つぐらいだ。
「出来ます」
「よし！ 頼むぞ」
それを合図に、ウシツノはナキに向かい気合を込めて斬りかかった。
「なにッ」
虚を突かれたナキがウシツノの攻撃を迎え討つことでコクマルから離されてしまった。
そこへタイランがコクマルに向かい戦意を示す。
「上等だ！ きやがれコラァ」
