【第40話】騎士の誇り

 月明りが爆発で切り開かれた森の一角を照らす。
 獣ですら息をひそめる殺気が漂う森の中で、ほぼ同時に二つの剣戟が響き渡った。
 ウシツノの気迫の連撃がナキを防戦一方にまで追い詰める。
 少しでもナキをこの場から引き剥がそうと懸命に攻撃を繰り出した。

「くッ……」

 元来慎重さが売りのナキは丹念に防御を試みることで少しずつ後退していることに気付かずにいた。
 そしてナキを釘付けにすることでタイランとコクマルの一騎打ちを邪魔する者はいない。

「チッ」

 コクマルに焦りの表情が見て取れる。
 決して彼は非力ではない。
 二本の小剣を巧みに操り敵を翻弄し、隙をついて仕留めるのが得意だった。
 だが今回は相手が悪い。
 細身のレイピアを得手としながらも力強く、しなやかな動きで剣を捌くタイランが傍目にも上手であった。
 小剣を躱しながらも要所で振るうレイピアは、確実にコクマルの四肢に傷をつけていった。
 左手首を切りつけられた時、気を削がれて一瞬止まったコクマルの、ガラ空きとなった胴体に思い切り蹴りを入れてやる。
 小柄なコクマルはたまらず背後の岩場ごと叩き付けられ瓦礫に埋まった。
 その隙にタイランはアカメの元へと駆け寄る。

「今のうちだ。この場を離れろ。二人を連れて安全な場所へ行け」
「どこへ?」

 アカメの問いに答える間もなく、瓦礫を跳ね飛ばしたコクマルが立ち上がり翼を広げた。
 奪取から羽ばたきと共に猛スピードで低空を滑空してきた。
 明らかに必殺の斬撃をいなしつつ、タイランもコクマルに合わせて宙へと飛んだ。

「フッ、その程度か?」
「まだ言うかコラァ!」

 すでにコクマルは赤い鳥以外見ていなかった。
 そのまずい状況にナキは気付いていたが、ウシツノの気迫のこもった攻撃に圧され手が回らない。

「い、今のうちです! シオリさん、レイさん、行きますよ」

 アカメたち三人はそっと茂みへと潜り込み、ぬかるんだ泥や髪や衣服に引っかかる小枝をへし折りながらも懸命にこの場を離脱した。
 タイランの裏切りと激高したコクマル、そして目標の姫神二人の遁走に気をとられ、ナキは一瞬とはいえウシツノから目を離してしまった。
 気付いた時にはウシツノの剣がナキの右胸を切り裂いていた。

「きゃあッ」

 ようやく一太刀入れられたが、手ごたえは浅かった。
 だがそれを残念がるよりも先にウシツノが気にしたのはナキの態度だった。

「お前……女だったのか?」
「だったらなんだ?」

 はだけた短衣チュニックからは鮮血と共にわずかな胸のふくらみが見える。
 右腕を上げてその胸を隠そうとしている。
 怒りと恥辱に悶えながらも槍を構えなおそうとしたナキだったが、思ったより引き攣る右胸の痛みに力が入らなかった。

「おのれ……」

 口惜しいがこうなっては勝機がないことを認めるしかない。
 これ以上ウシツノの攻撃を防ぎきる自信がなかった。
 相手の実力を見誤り、戦闘に非情な心で立ち向かえなかった己の未熟を恥じた。
 しかし、ウシツノは追撃を掛けてこなかった。
 今なら容易くナキを戦闘不能に落とし込むことができ、タイランや、逃げた仲間の加勢に向かえるというのにだ。
 あきらかにウシツノはナキの素性を知り戸惑っていた。
 情など捨て、最適な行動を選択できずにいるのだ。
 ヒトとしては敬意を表すが戦士としては無様極まりない。

「未熟者め……」

 その時、タイランとコクマルの闘いにも決着がつこうとしていた。
 二人は空中で激しく剣をぶつけ合っていたが、ついにタイランの剣がコクマルの片羽を切裂き、揚力を失ったコクマルはナキの隣へと墜落した。

「ぐ、ぐぅ」

 痛みよりも憎悪の念に苦しみながら気を失ったコクマルを見下しつつ、タイランも剣を仕舞いウシツノの隣へと着地した。

「勝負あったな」
「タイラン……」

 ナキがタイランを見上げ困惑した表情を見せる。
 彼女は恐れか、怒りか、悲しみか、声音に震えが混じっていた。

「お前、これからどうするつもりだ……」
「無論、任務を続行する。アユミを……紅姫を追う」

 隣でウシツノが驚愕し、ナキは自嘲気味の笑みを見せる。

「できると思うか? お前はクァックジャードを裏切ったのだぞ」
「騎士の身分をはく奪されようが、私が騎士の誇りを持つことに変わりはない。私は……」

 少し間を置き、タイランが決然とつぶやいた。

「私はアユミを守ると誓ったのだ」

 一瞬、ナキは寂しそうな表情を見せたが、それもすぐに引き締めた。

「とっとと行くがいい。だがこのことはいずれ本国に知れ渡る。ただではすまんぞ」
「……ウシツノ、アカメたちを追うぞ」
「え」

 身をひるがえし駆けだしたタイランにウシツノは慌てて追いついた。

「い、いいんですか? あいつらあのままで」
「すべてを殺していては行きつく先は修羅道だ。そこに正義はない」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
「……すまん、彼らのことは、今は見逃してやってくれ」
「わかってます。オレたちはタイランさんに何度も助けられたんだ。信じますよ」
「ありがとう」

 二人の姿が見えなくなると、ナキは力なく地に伏せって静かに嗚咽した。
 その気配に目を覚ましたコクマルは、自身の敗北に怒るより、相棒の気が済むまで気付かず寝たフリをし続ける事にした。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」先行掲載、鋭意連載中、「ノベルアッププラス」には467話(更新停止)まで掲載されています。

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