【第130話】シオリ、嘘を嘘と見抜かれる

 シオリたちが水仙郷に身を寄せてからひと月以上が経過していた。
 そこに住む水精ウンディーネたちからの歓待は実にありがたかった。
 本来警戒心の強い彼女らだが(ウンディーネには女性しかいない)、ウシツノがかの水虎将軍大クラン・ウェルの実子であると知れるや、シオリとアカメ、タイラン含め暖かく迎え入れてくれたのだ。
 三十年前の亜人戦争時にウンディーネたちとの親交を深めた大クラン・ウェル。
 カエル族の偉大な長老のおかげで四人はここで心身の疲れを解くことができた。
 ここでの滞在は実に心安らぐもので、特にシオリにとってはそれは顕著だった。
 異世界での血生臭い冒険の日々を多少なりとも忘れさせてくれた。

 ウンディーネの姿形はニンゲンの若い女性そのものだが、身体は青く透き通り、まるで清水で成したよな美しく瑞々しい肢体だった。
 触れることはできたがまさしく水のようであり、明らかに彼女たち精霊は亜人や人間とは別の生態系と言えた。

「当然です。私たちウンディーネはこの主物質界マテリアル・プレーンよりも精神世界アストラル・プレーンに属するのですから。そもそも私たちは元をたどればこの世界を形作るうえで欠かせない四元素、すなわち地、水、火、風を統べる四大精霊として二つの世界の均衡を……」

 その辺りまででシオリは理解するのを放棄した。
 シオリにとってこの世界の住人はみな異質であり、この上さらに別の世界の話など混乱をきたすだけだ。
 ただアカメ曰く、それは実に面白い講義であったらしい。
 特に二つの世界の均衡を打ち破らんとする魔精霊の存在と、四大精霊の王たちによる禁呪、複合大精霊の成否が世界に与えた影響、その余波についてえらく感銘を受けたとかなんとか。
 シオリが理解を放棄したのは序盤も序盤であったと聞かされて大いにゲンナリしたものだ。
 ちなみにシオリのすぐ後を追うようにウシツノも脱落したらしい。
 タイランは最後まで付き合ったそうだが、さすがに欠伸あくびを噛み殺していたと、アカメがそっと教えてくれた。

 深い森の中、周囲には小川が流れ、木漏れ日の中で大きな貝殻を模した家々が立ち並ぶ小さな郷。
 貝殻を組み合わせてできた壁や建物、その屋根から屋根へときれいな水が流れ回る。
 この郷はどこへ目を向けても清らかな水が静かに流れる様が目に入る。
 とても平和で落ち着いた郷であった。
 水仙郷でのひと時は四人に忘れていた安らぎを与えてくれた。
 ただひとつだけ問題があった。
 食事である。

 ウシツノが目の前の海藻サラダをフォークでこねている。
 そうし始めてからもう何分もたつが、目の前のサラダはこれっぽっちも減っていない。
 横を見るとアカメもシオリも、そしてタイランまでも大差がない。
 サラダをフォークでつつきながらウシツノが嘆息する。

「ウンディーネに直接食事をとる習慣はない。精霊だからな。だからこの食卓はオレたちに対する彼女たち精一杯の心配りであるわけだ」
「よく心得ているではないですか、ウシツノ殿」
「その割にお行儀が悪くないですかぁ」

 アカメとシオリに指摘されるとウシツノはサラダを一気に平らげてみせた。
 バリバリシャクシャクとつまらなそうに嚥下する。

「ふぅ、相変わらず味付けなどありはしないな」
「料理という概念がないですからね。これも海藻をそれっぽく並べてくれているだけですから」
「でもでも、体にはきっとイイんだよね?」
「毎日これでは心にイイとは言えんがな」

 珍しくタイランまでもがこの会話に同調した。
 やはり食べ物は日々の活力源として最も重要な要素であるらしい。

「せめてドレッシングでもあればな~」
「あの、皆さん、あまりお食事が進まないようですが、何か至らない部分があったでしょうか」

 そばを通ったウンディーネのひとりが不安気に声をかけてきた。

「んんん! な、なんでもないですよ! ありがとう」

 慌ててシオリが笑顔になって取り繕ってみせたのだが、ウンディーネは済まなさそうに首を横に振る。

「駄目ですよ、シオリさん。私たちウンディーネは精神世界の住人です。嘘をついても感情の色ですぐにわかるんですよ」
「はぅ! そうなの? ごめんなさい」
「いいえ、謝らなければならないのは私たちの方です。食事というものを知らず、それでも皆さん今日まで気を使っていただいたのですね」
「気にしないでくれ。オレたちの勝手なわがままなんだ」

 そういってウシツノはアカメが食べようとしないサラダを引っ掴むとまたしても一気に頬張った。

「ムシャムシャゴックン……ゲコ」
「うふ」
「なんだ?」
「大クラン様も昔、ここで同じようなことをおっしゃいましたわ」
「親父が?」
「それで慌ててサラダを全部口に詰め込んだところまで一緒」

 水精の彼女が懐かしそうに笑う。

「でも、このままではいけませんね。そうだわ、キボシ様にお料理について教えていただこうかしら」
「キボシ様?」
「郷の裏手、海へつながる大きな断崖に住まわれる賢者様です。ただ、起きていらっしゃるかどうか」
「どういうことだ?」
「長く生きておられるキボシ様は一年の大半を寝て過ごしてらっしゃいますので」
「えー! その人いくつなの?」
「さあ? 下手したら一万年は生きてらっしゃるのではないかと」
「それは興味深いですね。その賢者様とはお会いしてみたいものです。が、わざわざその方に料理を教えてもらわずとも、ウシツノ殿がすればいいんですよ、料理」
「オレがか?」
「結構好きなんでしょう?」
「ま、まあな」
「それにそろそろ我々も海を渡る頃合いですしね」

 その後は取り留めのない会話で暇をつぶし、夜が更けてそれぞれの寝床へと入ったのだが。
 その晩、地響きと共にみんな寝床から飛び出す羽目になった。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

ランキング参加中! 応援いただけると嬉しいです。
にほんブログ村 小説ブログ オリジナル小説へ にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ Web小説ランキング ファンタジー・SF小説ランキング

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!