【第129話】シオリ、その奇跡を振るうために

 深い緑の森の中。
 木々の葉と同じ色の肌を持つ一匹のカエル族がブ厚い鋼の刀を肩に担いで大きく跳躍した。

「ガマ流刀殺法! 質実剛剣しつじつごうけんッ」

 身長の優に五倍の高さにまで跳び上がり、急転直下、力強い斬撃を振り下ろす。

「きゃあああああッ」

 シオリは長く美しい白の剣、輝く理力シャイニング・フォースを振り回してその一撃をなんとかしのいだ。
 斬撃を弾くことはできたが衝撃には抗えず、シオリは地面に強く尻もちをついてしまった。
 両手は痺れて剣の柄も握っていられない。
 並の剣だったら受けた刃ごと身体を両断されていたかもしれない。
 白姫専用の神器であるシャイニング・フォースであればこそ、どうにか耐えられたのは明白だった。

「いったぁい」

 剣を向けられた恐怖と刃を合わせた衝撃にシオリは半泣きだった。
 ウシツノは困り顔で肩をすくめる。

「泣かないでくれ。シオリ殿が強くなりたいと言うから、こうして修行に付き合ってるんじゃないか」
「だからって必殺技まで使わなくていいと思う」

 ガマ流刀殺法とはカエル族の長老、大クラン・ウェルの編み出した剣術の系統である。
 主にカエル族の一番の特徴である跳躍力を活かした技が多い。
 シオリはふて腐りながら倒れた際に擦りむいた膝小僧に右手を押し当てた。

癒しをヒール

 呪文を唱えたシオリの右手がほのかに輝くと膝の擦り傷がきれいに癒されていく。
 光が消えると傷跡も痛みもあっさりと消えてしまった。

「シオリさん、いつの間にやら姫神に転身しないでも癒しの術技マギが使えるようになったのですね」

 アカメが感心して声をかけた。
 その後ろには赤い鳥の騎士タイランの姿もある。

「はい。簡単な癒しなら今のままでもできますよ。いちいちあの姿にならなくても」
「姫神として成長しているということなんですかねえ?」
「それは……わかんないです」
「しかし、剣の腕だけはそうそう上がるものでもないようだがな」

 ウシツノが肩に刀を担ぎながら嘆息する。

「今日の稽古はこれぐらいにしよう。シオリ殿にケガを負わせないよう、相手するのも大変だしな」
「むっ! ウシツノさん、それって手を抜いてたってことですか?」
「違うさ。手加減してたんだ」
「同じです! もう一回、今度は手加減抜きで相手してください」
「おいおい……本気か」

 ウシツノは助けてくれとアカメとタイランに目をやるが、二人ともそっと目線をそらした。
 この数ヶ月共にしてわかったことだが、シオリは案外融通の利かないところがある。
 こうと決めたら自分の意志をなかなか曲げようとしないのだ。
 もっとも、唯々諾々と流されてきた最初のころと違い、この世界での生活にも慣れてきたからだと考えれば、それは彼女にとっては良い傾向なのかもしれない。

「わかったわかった。じゃああと一回だけだぞ」

 そういってウシツノは愛刀の自来也を構えた。

「よぉし! じゃあ本気で相手してくださいね。私も本気出しますからね」
「わかったわかった」

 シオリはシャイニング・フォースを高く掲げた。

「ん?」
「行きます! 転身姫神ッ! ブラン・ラ・ピュセルッ」
「なっ! ちょっと待て……」

 シオリの体がまばゆい光に包まれる。
 一瞬の閃光。
 姫神純白聖女ブラン・ラ・ピュセルへと転身したシオリが不敵な笑みを浮かべて立っていた。

「にひひ。では参りますよ、ウシツノさん」
「バ、バカ! ずるいぞ」

 一足で間合いに飛び込んできたシオリに剣先を弾かれたウシツノは、本気モードに心のスイッチを切り替えようと必死になった。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「ごめんなさい」
「……む、むう、平気、だ」

 ウシツノの身体中にできた擦り傷、切り傷を癒しながら、シオリは調子に乗りすぎたことを謝罪した。

「姫神になった途端、こんなにも強くなってしまうとは……これでは普段の稽古など必要ないかもしれませんねえ」

 アカメの意見にウシツノはがっくりと肩を落とした。

「はぁ、強さとはいったい何なのだろうか」
「強さとは〈心〉だ」

 落ち込むウシツノにそれまで黙っていたタイランが口を開いた。

「こころ?」
「どんなに強くなろうが、世の中にはもっと強い者がいくらでもいる。剣の達人が身体の弱った賢者に負ける事だっていくらでもある。結局のところ、強さとは己の心でしか測れぬものなのだ」
「でも、オレはせめて剣だけは誰にも負けたくない」
「誰にだって弱点はあると思うぞ。姫神にだってな」
「そ、そうなのか?」

 ウシツノがシオリに尋ねる。

「え? や、ん~、そう言われても私にもちょっと……」
「姫神の弱点ですか。なるほど」

 アカメが腕を組んで考えに耽る。

「シオリさん、元の姿に戻ったばかりですが、またすぐに転身できますか?」
「え! それはちょっと……あれ結構疲れるんだよ」
「なるほど。考えてみれば当然ですよね。大きな力を振るう以上、それなりの消耗はやむを得ない。である以上、転身はなるべく奥の手にしまっておいた方がいいでしょう」
「そう、かな、やっぱり」
「ええ。シオリさんは転身しなくてもマギが使えるよう、そっち方面の修業をした方が今はいいと思いますよ」
「それってどうやればいいの?」
「…………さあ?」

 アカメとシオリがそろって苦笑いを浮かべていると、遠くから一行を呼ぶ声が聞こえてきた。

「みなさぁん、お食事の用意ができましたよぉ」

 少し間延びした女声だ。

「ふむ。行くとしようか。今夜も海藻サラダの盛り合わせが待っているぞ」
「ふぅ、贅沢は言えんが、水精ウンディーネたちとはあまり食習慣が合わないのがな」
「私、ハンバーガー食べたいな」

 タイランとウシツノ、シオリは少々げんなりした顔つきで呼び声に向かって歩き出した。

 目的地であった水仙郷に滞在してから、かれこれひと月が経とうとしていた。
 ウシツノたちは姫神の謎を知るために、そろそろ東の大陸へと海を渡る算段を整えようとしていた。

 だがその晩、予期せぬ事態が起きた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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