
――赤い。
チロチロと赤い。
ヘビが獲物を前に出す、舌先のようにチロチロと赤い。
――赤い。
ゴウゴウと赤い。
斬られた肉体から勢いよく吹き出す、血のようにゴウゴウと赤い。
カザロの村が燃えていた。
すでに壊滅状態だった。
藁葺きの家も、土壁の倉庫も、手入れされた畑や庭園までも、平等に破壊し尽くされていた。
「再建するのは手間だな……」
村の長老、大クラン・ウェルは、変わり果てた村の景色を見ながらつぶやいた。
「みんなで引っ越すか?」
んなことできるかよッ!
心中で毒づく。
ウシツノたち三人を見送ってからわずか数刻後であった。
予期していない、突然の襲撃に虚を突かれた。
トカゲ族の襲来。
奴らは「堂々と」、「予告もなく」、大挙して押し寄せた。
「何匹で来やがったのかは知らねえが、、十や二十ではきかねえ数だな」
その一匹一匹が武器を手にした戦士だった。
「対するワシらは小さな村ひとつ。戦える者すらほとんどいねえとくりゃぁ」
なによりこんな山奥の小さな村、侵略する価値すらない土地だ。
土壌はぬかるんでいて作物も満足に育たない。
戦いを忘れた小さなカエル族くらいにしか、住むには適さない地だ。
「あいつら一体なんだってこんな戦を仕掛けやがった」
わからない。
わからない事だらけだったが、だからといって黙って見過ごせるものではない。
平和に暮らしていたカエル族が、理由もわからず蹂躙されたのだ。
「奴らはガキも戦士も区別しねえ」
村中がすでに煙に巻かれ、建物だけでなく、殺された村人たちの死体にまでも容赦なく火がくべられている。
「生き残りは、どれぐらいいるか……」
カザロ村の長老は他のカエルたちよりも三倍は身体が大きい。
だいぶ齢を重ねたため、最近は自室にこもりがちだったが、それでも他のカエルよりも身が引き締まって見える。
いや、戦の機運が彼を英雄に戻したのだろう。
村の中央広場へ向かいゆっくりと歩く長老に対し、背後から槍を持ったトカゲの戦士が襲った。
ズドシャッ!
長老は一顧だにせず、無造作に右腕を振るうと、襲撃者はそれだけで吹き飛ばされていた。
上半身がグチャグチャにつぶれている。
長老の右手には大きな分厚い刃を持った刀が一振り握られていた。
刃渡りは八十センチほどだが厚みが違う。
通常の刀の三倍は分厚い。
斬るでなく、叩き斬る刀。
長老大クラン・ウェルの愛刀、自来也だ。
たった今嬲られた戦士の肉と贓物がこびりついてもなお、怪しく煌めいてる。
長老の歩く先、目指す獲物は中央広場にいた。
腹立たしくもそこにデカい面して陣取っている。
周囲には目につくだけで五十匹ほどのトカゲ族がいた。
「よう、遊びに来たぜ。クラン・ウェル」
「招待した覚えはないがな。モロク」
一斉に長老はトカゲ族の戦士たちに取り囲まれた。
構わずにギロッと長老が睨むその先に、忌々しいトカゲ族の王が輿の上でふんぞり返っていた。
その輿は豪奢とは言えず、ただひたすらに無骨だった。
本来要人を乗せて運ぶ輿であるが、これには装飾の類は一切ない。
大きく前後に突き出した長柄に、それぞれ二匹ずつの屈強なトカゲ族がついている。
全体的に鈍く光る鉄色で、材質も鉄でできている。
そのため頑丈ではあるが非常に重い。
小回りは利かぬと見えた。
その上でトカゲ族の王はゆったりと身を沈め、しかし右手には大きな剣をいつでも振るえる態勢でいた。
炎天将軍モロク。
かつての大戦で水虎将軍とうたわれたカエル族の王、大クラン・ウェルと並び称されし英雄であった。
しかし同時代の英雄というにはモロク王はいささか若い。
大クランと同年代であるはずなのだが、明らかに若々しい。
そのためか、老獪さと気迫のみならず、肉体に溢れんばかりの自信までもがみなぎっていた。
「ん?」
もうひとつ、見慣れないものが目についた。
モロク王の背後に憔悴したニンゲンの姿が見えたのだ。
黒いスーツにタイトなスカート、同色のパンプスに同色の髪。
トカゲ族の仲間ではなさそうだ。
首に鉄枷が嵌められている。
その鉄枷から伸びる鎖が輿の手すりに繋がっている。
ご丁寧にも後ろ手に手枷まで嵌められているようだ。
「そのニンゲンはなんだ? そいつがワシらに対する狼藉の理由か?」
大クランは臆せずモロク王の正面に進み出た。
「こいつか?」
「戦場にわざわざ連れてくるには理由があるのだろう」
「お前なんぞに黒姫の重要性がわかるかよ」
「黒姫だァ?」
記憶の奥底に何か引っかかったが、すぐには思い出せそうにない。
「やめとけ。カエルの脳みそで理解できるもんじゃねぇ」
「トカゲには脳みそなんてねえだろうがッ」
吐き捨てるように罵り合う。
「昔から、おめぇとは会話が出来ねえもんだった」
「……」
モロク王も地に降り立つと大クランの正面にて向かい合う。
二人ともデカい。
サイズだけの事ではない。
威圧感も、である。
モロク王の全身は砂色と土色のまだら模様。
鋭く尖った鱗で全身を覆われている。
その上から朱色に塗られた金属製の鎧をまとい、大きな、これも朱のマントをなびかせている。
手には長大な剣。
対する大クランは藍色に染めた着流しひとつ。
手には分厚い刃の愛刀「自来也」。
背はモロク王の方が頭ひとつ分、高い。
だが上半身の圧力は大クランが倍近い広がりを持つ。
深草色に闇色のラインが縦横に走る、美しい肌色をした長老だが、古傷跡もまた全身に無数に走る。
状況をかんがみても、同じ英雄同士であるが、大クランの方が鬼気迫るものがある。
「やはり昔も今も、語るなら、コイツでだ」
両者ともに武器を構えた。
言葉は二の次。
先にカエル族の長老が、トカゲ族の王へと向かい、動き出した。