【第230話】令嬢の依頼

 ウキウキとした表情で領主の娘ミゾレはウシツノたちを歓待した。

 周囲を堅固な外壁に覆われた城塞都市であるネアンの町中は、あまり広々とした敷地を確保できないほどに石造りの町家がひしめき合っていた。
 そんな町家のあるエリアとは違い、中央に位置する行政エリアは大きな道路で区分けされた無駄に広い敷地を誇っていた。
 そしてその一角にあるひと際大きな領主の屋敷にウシツノ、シャマン、クルペオの三人は招き入れられた。
 
「避難民を護ろうと奮闘してくれたこと、不在の領主に変わり謝意を示したいのですわ」

 そう領主の娘直々に申し入れられては簡単には断り切れない。
 街の少ない広場に集められた、打ちひしがれる避難民たちを横目に見ながら、三人は屋敷へと案内されたのだ。

「わたくし、カエル族の方を間近で見るの初めてなんですのよ! あの、不躾ですが、少し触らせてもらってもよろしくて?」

 屋敷のメイドに傷の手当てを受けたウシツノに、領主の娘ミゾレは身にまとった鎧を着替えることも忘れて興味津々な様子で近付いてきた。

 ミゾレ・ネアン・カナン、十九歳。
 領主オロシ・ネアン・カナン伯爵のひとり娘である。
 現在留守中の伯爵に代わり、兵を率いて自ら出陣するほどに逞しい性格の持ち主ではあるが。

「きゃぁ! プニプニしてるぅ! けど意外とネチョネチョはしてなぁい」
「ネ、ネチョネチョ?」

 遠慮会釈なく顔中をペタペタと触りながら興奮するミゾレにウシツノは呆気にとられた。
 顔だけでなく腕や足、終いには口を開けられてベロまで引っ張り出される始末。

「なあ、お姫さんよぉ」
「なんですの? スリスリ」

 声をかけたシャマンの方を見もせずに、うっとりとした顔でウシツノに頬擦りまでしている。
 子猫だとでも勘違いしているかのようだ。
 ウシツノはニンゲンの女性からの初めての扱いにすっかり固まっていた。

「あのよぉ、なんだってオレらを招き入れたりしたんだ? まさか本気でカエル族に触りたかったってんじゃねえだろ?」
「あら、その通りですわよ」
「おいおい」

 いたずらっぽい笑みを見せながら、引き気味にツッコむシャマンにようやくミゾレは向き合った。

「ふふ、冗談ですわ。実はあなた方の腕を見込んででしてよ」
「……なにをさせてえんだ?」
「お話が早くて助かりますわ」

 ようやく頬擦りから離れたミゾレだが、名残惜しいのかウシツノの二の腕を指先で撫でつけながら話し始める。

「あなた方、見たところ冒険者でなくて?」
「そうだ」

 厳密にはウシツノは違うのだが、ここは黙ってシャマンに任せることにした。

「あなた方が傭兵なら、この街の防衛力として雇うところですけど」
「兵が足りねえのか? 立派な外壁に守られてるじゃねえか」
「父が常駐の兵ほとんどを引き連れて首都であるカレドニアへ招集されてしまいました。仕方ありません。ブロッソ王は聖都カレドニアの防備を固めることにしたようですから」
「ほとんどって。じゃあこの街はいま手薄なのか」

 思わず口を挟んでしまったウシツノに向かい、ミゾレは少しためらいがちに答えた。

「旅の方に漏らしていいことではないのですが、ありていに言うとそうなのです」
「それじゃこの街に敵の軍隊が押し寄せたら……」
「本国では敵軍は、このネアンの様な周辺都市ではなく、真っ直ぐ首都に攻めいってくるとお考えの様子」

 そう話すミゾレは隠しきれない不満の表情を露にしている。
 それでもウシツノを撫でる指の動きは止まらない。

「痛ッ」
「あ、ごめんなさい」

 うっかりミゾレの指がウシツノの傷口に触れてしまった。
 そこでようやくウシツノから手を離す。

「けれど、仮にこのネアンに敵軍が攻めてきたとしても、その時は本国と挟撃すればよいこと。ひと月程度なら守りきれます」

 アカメがここにいればもっと軍略的な意見交換ができたかもしれない。
 だがウシツノは自身が剣を振る以上のことはあまりよくわからなかった。
 シャマンとクルペオも同様だったのだろう。
 もっと自分たちにとっての具体的な話に切り替えることにした。

「それで、それじゃオレらに一体何をやらせてえんだ?」
「それは……」

 ミゾレの次の言葉を三人は固唾を飲んで待った。

「手紙を届けていただきたいのです」
「手紙?」
「ええ。聖都にいらっしゃる、ジルゴ・アダイ卿宛の手紙です」
「もう用意してあるのか?」
「いいえ。明日までにしたためておきます。今夜は当屋敷にご滞在ください」

 ウシツノが唸りながら横から口を出す。

「いや、待ってくれ! オレたちも急いでいるんだ」
「あら、それは好都合ですわ。わたくしも一刻も早く手紙をお届けしたかったんですもの」

 ウシツノのためらいを、令嬢はピシャリと笑顔で遮断した。

「その人物は誰じゃ? 察するに身分の高いご仁のようだが。私らは余所者ゆえ面識もなくかえって手間取るやも知れぬぞ」

 そう言うクルペオにミゾレは答える。

「ジルゴ様はわたくしも幼少の折にお会いしたことがあるだけで、実は今どうなさっているのかわからないのです」
「どういうことだ?」
「行方不明なのです。十年前に現国王ブロッソにより財産と身分を剥奪されてしまいました」
「そりゃまたどうして」
「ジルゴ様のお父上が元々ブロッソ王の兄君レンベルグ様と親しかったゆえ、その、代替わりの際に目をつけられたかと」
「おい、そいつがまだカレドニアにいるって証拠はあるのか?」
「その報告を先日受けたのです。調査を依頼していた者から」
「誰だ? 信用できるのか?」

 しばらくミゾレは黙り込んだ。
 話していいものか逡巡しているようだったが、ややあって静かに口を開いた。

「盗賊ギルドの幹部、ネズミという者です」
「あいつかよ!」
「ご存じなのですか? あの、誤解しないでいただきたいのです。決してわたくしどもがギルドと深く関わりがあるというわけではなく」
「ああ、まあ、そういう貴族や裏社会の繋がりとかはよ、あんまオレたちはわかんねえからよ、気にしなくていいぜ」

 少し安心したのか、気を紛らわせるかのようにミゾレは再びウシツノのほっぺたをつつき出す。
 弱りながらもウシツノは彼女のやりたいようにやらせてやった。

「だがひとつ、確認をしておきてえ」
「なんでしょう」
「手紙の内容は聞かねえ。どうせ真偽はわからねえしな。だが立ち位置ははっきりしときてえ」

 箱の移送では痛い目に遭っている。
 慎重を期す必要があった。

「もちろん現政権を覆しかねない情報です。内容は、探していたある人物がみつかった。そういうものです」
「それをオレたちに話しちまって平気なのか」
「信用を得る為ですわ」

 打算と損得を秤にかけ、スパっと答える令嬢に三人は知らず好感を持った。

「仕様がねえな。ま、今更どうこうなるもんでもねえし。お前もいいか?」

 シャマンがウシツノに確認する。
 ウシツノは黙ってうなずいた。
 元来交渉事は一切苦手なのだ。
 任せると決めた以上口出しも否定もしない。

「決まりですわね。ネズミさんとお知り合いならジルゴ様にもすぐにお会いできるでしょう。ああ、なんて幸運なのかしら」
「それはそれとして、もうひとつ重要なことを話さなくっちゃあいけないんじゃないのか?」
「重要なこと?」
「……?」

 ミゾレとウシツノが顔を見合わせて考え込む。

「依頼料だよ。ギャラの交渉だ。しっかりと払ってもらうぜ」
「ああ!」
「おいおい、お姫さんはともかくウシツノはそこんとこしっかりしてくれよな」
「面目ない」

 うつむいて頭をポリポリと掻くカエル族の姿に、ミゾレは一段ときゅんきゅんするのだった。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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