闇医者ドクターダンテの生家は大層朽ちた豪邸であった。
「ここが闇医者の正体、アダイ公爵のお屋敷跡だな」
「没落貴族というやつね」
ダンテの本名はジルゴ・アダイ。
彼の父ウーゴ・アダイ公爵は聖賢王シュテインと親交厚く、それゆえ煙たがった現国王ブロッソにより没落してしまったのだ。
とはいえ爵位を取り上げられて十数年、荒れ果てたとはいえかつてのお屋敷は今もそこに取り残されたままだった。
「よく残ったものだ」
ウィペットのつぶやきにみな同じ感想を持った。
ギワラを加えたシャマン一行にウシツノとアカメの総勢八名、ぞろぞろと門扉を開け正面玄関から中へと踏み入る。
「地下の蔵書室に秘密の地下道へと続く入口があるそうです」
念のためギワラを先頭に周囲を警戒しつつ歩を進める。
一階エントランスから奥へと続く暗い廊下を進んだ突き当り、そこに地下へと降りる階段があった。
暗がりのためレッキスがポーチからカンテラを出し火を灯す。
特別何かが起きるでもなく、すぐに目的の蔵書室は見つかった。
「ふわぁ……素晴らしい」
カンテラの乏しい灯りに照らされて壁一面の本棚が見渡せる。
「今は読書している暇はないぞ、アカメよ」
「わかってますが、ウシツノ殿。ここへはまた必ず戻ってきますよ。私の求める手掛かりがあるかもしれない」
アカメはこの数日、三十一年前にあった亜人戦争における聖賢王シュテインの動向を調べていた。
「もともとアダイ公爵が手掛かりのひとつだったために、私はダンテさんの元へと赴いたのですから」
「わかったわかった。運が良かったな」
話がここまでスムーズに進んだことを指しているのだろう。
そんな二人のやり取りの最中にギワラは隠し通路の入り口を見つけていた。
「この隅に置いてあるチェストです」
本棚と机に椅子以外、必要のなさそうなこの部屋に、不釣り合いな鋼鉄製の箱が置かれていた。
横幅一メートルほどの正方形で、上蓋はすでに開け放たれている。
上から覗くと中には何も入っていない。
「底板を外します」
隅に指一本入る程度の穴が開いた底板を持ち上げると、下から地面をくり抜いた縦穴が現れた。
縦穴には打ち付けられた鉄製の梯子がかかり、わずかな風を感じるが、底は深く闇に包まれている。
「これを降りるの?」
気味悪そうにレッキスが言う。
「ここから王城の地下牢に続いているそうじゃからのう」
「いち貴族の屋敷と王城を繋ぐ地下道の存在。話で聞く以上に二人の間には深い親交があったようだな」
ウィペットの何気なくはなった感想にレッキスとクルペオがにんまりする。
「それってやっぱり、あれ?」
「そうかもしれぬのう。まあ貴族連中ならそういうこともあるじゃろう」
二人していやらしい笑みを浮かべる。
「なんのことだ?」
意味が分からずウシツノは首を傾げている。
「気にするな」
そんなウシツノにウィペットが一声かけるにとどめた。
「じゃあ行くんよ。ってこういう時いつも率先するのはあんたでしょうよ! シャマン」
先程から一言も発さない一行のリーダーであるシャマンにみなが注目する。
シャマンは部屋の入り口付近で縮こまっていた。
「でかい図体して何をビビっておる」
「いつもの威勢はどうしたんよ」
「どこか体調でも悪いのか?」
クルペオとレッキスとウィペットの心配に対し、シャマンはわずかに声を震わせながら答える。
「お、お前らこそ、よく平気だな……こんな不気味な場所でよお」
「はぁ?」
「はっは~ん」
ピンと来たレッキスがおちょくるようにシャマンに近づく。
「もしかして、怖いの? 幽霊とかお化けとか出そうだぁとか思って?」
「う、ううう、うるせいぞ。悪いかッ」
「意外だなぁ。シャマンにも怖いものがあるんだな」
ウシツノが目を丸くする。
「失礼なカエルだな。オレにだって苦手なものぐらいあらぁ」
そう言って一度身震いする。
「あぁ、ったく。なんでよりにもよって廃墟の地下室の箱の中の真っ暗な竪穴が通じてるのが王城の地下牢なんだよ……怨霊のひとつやふたつ、出ねえ方が不自然じゃねえか」
「ちょ、ちょっと、やめるんよ。そう言われるとこっちまで怖くなるんよ」
途端にレッキスも震えながら両手でジタバタとシャマンを叩く。
それでカンカンカンカン、と乾いた金属音が木霊する。
レッキスの手甲がシャマンの身に着けた格闘用魔道具、剛力駆動腕甲パワードアームを叩いたためだ。
「大丈夫ですよシャマンさん。あなたは新たにそのパワードアームを装備してパワーアップしたのですから」
ずっと本棚を眺めていたアカメが、数冊抜き出し自身のバッグに詰め込みながら声をかけた。
「あの大男が使っていたパワードアームという魔道具。予想通りシャマンさんの体格にマッチしましたね」
ダンテの診療所を襲撃したごろつきどもの置き土産をアカメは弄繰り回しシャマンに装備するよう勧めたのだ。
「確かにこいつは強力だ。けどよ、腕から棍棒や蜘蛛の糸をぶっ放すなんてよお、慣れねえぜ」
「それだけじゃありませんよ。奴らが忘れていった荷物の中には他にもいくつかの拡張器具がありました。ちゃんと持ってきましたか?」
「ああ」
シャマンは背中に大きなバックパックを背負っている。
中には一番から五番と記されたアタッチメントが入っている。
「使い方は先ほど説明した通りです。あなたはパワーアップしたのです。もう大丈夫ですね」
「お、おお」
少しだけシャマンの顔にいつもの自信がよみがえってきた。
「名前も変えてみてはどうだ? シャマン・ザ・グレートとか」
「フルアーマーシャマンとか」
「ウシツノ! レッキス! テメェら覚えとれよ」
ゲコゲコ、ウヘヘヘ、キヒヒヒ、と笑い合う三匹。
「なにが可笑しいのかわかりません」
「安心せい。わしもわからぬ」
ギワラにクルペオがそう同調した。
「さあ行くか。誰が先頭を行くのだ?」
ウィペットの問いに誰も名乗りを上げない。
いつもならシャマンが率先するはずなのだ。
「では私が」
そう言って手を上げかけたギワラを制する形でウシツノが前に出た。
「オレが行こう。こういうのは初めてだからな。実は楽しみなんだ」
そういうウシツノも装備が違う。
背にはいつも通り〈自来也〉を背負っているが、もう一振り、刀を背負っていた。
出発の際、タイランに渡されたものだ。
タイランにレイピアを返した際、彼から〈果心居士〉という名の妖刀をもらった。
誰あろう、剣聖グランド・ケイマンの愛刀である。
「お前が持っている方がふさわしい」
そう言って渡されたのだが、ウシツノはその真意をつかめずにいた。
「じゃあ行くぞ」
箱の縁を超え、縦穴の梯子に足を掛けながらウシツノが下を見る。
「大丈夫です。すぐ上から私が灯りを持って降りますから」
そう言うギワラにうなずくと、ウシツノは意を決して梯子を下りだした。
冷気のように冷たい風が、遥か下方から吹き寄せてくる。






