
恐ろしい光景だった。
逃げ惑う人々に容赦なく巨大な猛獣が襲い掛かる。
爪や牙が鮮血をばら撒き、咆哮が悲鳴を拡散させる。
餌食となっている避難民は、先の知れない不安から気力が衰えており、疲労も相まって突然のこの惨事に冷静な対応が取れずにいた。
中には武器を手に応戦する姿も見られたが、倒れる獣の数よりも圧倒的に人々の被害の方が大きい。
今また目の前でひとりの農夫が倒れた。
喉笛に突き立った獣の牙が引き抜かれ、どす黒い血とヒューウ、ヒューウという農夫の苦し気な呼吸音が風のように抜けていた。
残念だがもう助からない。
ウシツノはその倒れた農夫を食い散らそうとする獣に向かい腹を立てた。
「でぃやーッ」
走るよりも速く跳躍し、肩に担いだ刀を強く振り下ろす。
その獣、バルカーンの首を力いっぱい叩き落した。
「おっ父ッ」
「駄目だ! 逃げるんだ」
すでに息絶えた農夫に縋りつこうとする二人の幼い子供。
その子供を押しとどめ、立ち尽くす二人の母親に向ける。
「済まない、間に合わなかった。お前たちだけでも逃げてくれ」
ウシツノは開け放たれたままのネアンの街の入り口を指し示す。
そこへは殺到する避難民と、それらをなんとか誘導しようとする衛兵たちの混乱する姿が見てとれた。
わなわなと震える手で子供たちを抱いた母親は、半ば放心状態のまま街へと駆けだした。
その後ろ姿を見てから足元の農夫を見る。
その人物は先程ウシツノたちにウラプールやローズマーキーの事情を説明してくれた男だった。
すでに絶命している。
数瞬、黙祷をささげると、ウシツノはすぐに他のバルカーンを退治してまわった。
目についた端からぶった斬っていく。
襲われる避難民、助けられた命もあれば助けられなかった命もある。
ウシツノ自身も多くの傷を負った。
獰猛で慈悲のない巨獣の群れはウシツノ同様目につく避難民たちを片っ端から襲い続ける。
ネアンの街の入り口は入ろうとする者と押しとどめようとする衛兵たちとで依然として混乱状態が続いている。
ドシュッ!
ウシツノの後方に迫っていたバルカーンが頭をかち割られて絶命した。
「余所見してるなッ」
「シャマン! クルペオ」
身体中にバルカーンの返り血を浴びたシャマンとクルペオがウシツノに合流した。
「全くお前は無謀だぜッ」
「済まんッ」
「ったく! 後で酒おごれよッ」
「ハハッ、その程度で許されるならいくらでも」
「おっと、言葉に気を付けろよ。クルペオは呑むぞ」
「そうだったな……」
途端に財布が気になりだす。
ケンタウロス族の集落へ訪れた際、誰よりも酒豪だったのはこの狐仙族の女性だった。
「フフ! 楽しみじゃ」
笑みをこぼしながら符を振りまく。
紙吹雪のように舞う符がバルカーンを斬り刻んでいた。
「長弓隊! 構えッ! ッてぇ」
ようやくネアンの街から出てきた弓兵たちが横一列に隊列すると、指揮官の号令と共に次々と矢を放ち始めた。
大量の矢が放物線を描き、迫りくるバルカーンの群れに着弾する。
何匹もの獣が倒れるが、それで突進を止めるモノでもない。
続々と現れる群れに向かい、強烈な矢の雨が続けて降り注がれた。
だがその矢は避難民と襲い掛かるバルカーンの入り乱れる地点にも容赦なく降り注いでいる。
「ぐあっ」
「ぎゃあ」
「ヒィーッ」
獣と避難民の区別もなく、弓兵たちの矢は騒乱の鎮圧を狙っているかのようである。
「クソッ! 馬鹿かこいつら! 避難民の犠牲をまるで考慮していねえ」
「ああ! 助ける気なんぞ毛頭なさそうだ」
降り注ぐ矢を撃ち払いながらウシツノたちは周囲を見回す。
そこで変化に気が付いた。
終わりの見えなかったバルカーンの攻勢が止み、群れが退却し始めたのだ。
「お、終わったか?」
安堵の息をつくシャマンを尻目に、ウシツノは避難民ではない、退却する獣の群れを率いる謎の集団に気が付いた。
体格は様々だが、全身をすっぽりと覆った不気味な衣服をまとった集団であった。
「あいつらが操っているのか……?」
なにはともあれ助かった。
避難民たちは少しずつだがネアンの街へと吸い込まれていく。
周囲の草原には残念ながら息絶えた方々の死体も多く見られた。
「どうする? 終わったみてえだ。ギワラたちを追うか?」
もちろんウシツノもそのつもりだった。
避難民たちは今後ネアンの街で保護されることだろう。
街の中でならばもうこのような危険もないはずだ。
急げばアカメたちに合流できるかもしれない。
「待たれよッ」
そのとき一行を呼び止める声が上がった。
ネアンの街の弓兵を指揮していた者だった。
ウシツノたちの前まで来ると乗っていた馬を降りる。
ニンゲンの騎士にしては少々小柄な体格だった。
後ろに控える別の騎士たちはそろってこの指揮官よりも身体が大きい。
「待たれよ。そなたたち、亜人のようだが、どこの手合いか」
ウシツノたちは驚いた。
その指揮官の声があまりに可憐で、まるで妖精が口ずさんだかのようであったからだ。
その者は全身に甲冑を着こんでおり、頭部もフルフェイスの冑で覆われている。
「あんたは誰だ?」
思わず口をついたウシツノに、その騎士がハッとする。
「これは失礼。わたしから名乗るべきでした」
そう言って冑を脱ぐ。
黒色の長い髪を束ね、顔立ちは、おそらくニンゲンとしてはかなり美しいと思われる女性があらわれた。
汗で上気した顔を軽く手で拭いながら、大きめの魅力的な瞳でウシツノたちを見つめてくる。
「わたしはミゾレ・ネアン・カナン。このネアンの街の領主の娘ですわ」






