
「ホラズム卿戦死!」
「マリモー男爵、敵千人隊長とお相討ち!」
「騎士ジム・バイパー討死!」
ハイランド軍の中に次々と戦況の不利を伝える伝令が届く。
戦場の中心ではとうに自身の馬を失ったハイランドの大将軍、ジョン・タルボットも歯を食い縛りながら奮戦し続けていた。
「ぐぬぬ、命令はまだか」
ブロッソ王による命令が出るのをひたすら待つ。
老いたりとはいえ、聖賢王シュテインの頃より戦場に立つ大将軍である。
またひとり、敵の若い騎士を斬り伏せた。
女といえど騎士である上は容赦しない。
「はぁはぁ……だが、さすがにしんどいわ。歳じゃな」
多少手に持つ剣が重く感じ始めていた。
「王よ。時期を見誤らないでいただきたい」
ブォン、ブォオオン!
そのとき戦場一帯にハイランド軍の撤退を命じる角笛が鳴り響いた。
それを聴いた兵たちが一斉に退却を始める。
「退け! 退けぇ」
前線で指揮を執るオロシ伯爵も馬上から全軍に撤退を命じた。
速やかに退却するハイランド軍に対して、エスメラルダ兵たちのテンションも上がる。
「逃げ出すわ」
「男の癖に情けないねッ」
「追撃よ! 一兵も逃がしちゃダメ」
早くも戦勝気分に酔った一部の兵たちから追撃の檄が飛びかう。
「待て! お前たち! これは陽動だ」
それを押し止めたのは三番隊、四番隊を束ねる二人の処女騎士だった。
「メア様! ライム様!」
「追撃の必要はない。あれは陽動だ」
「あきらかに突出した縦陣。両翼に機動力のないアーマーパペット。追撃して戦列の延びきった我らを両側面からパペットで包囲する。見え透いている」
「ですが逃げる敵を目前にして追撃せぬは臆病者と謗られましょう」
ひとりがそう進言するが、
「我らは栄光の翡翠の星騎士団。かように稚拙な策に付き合うほど愚かではない」
ピシャリと言い放つ二人の隊長にそれ以上なにかを言う者はこの隊にはいない。
「メア、ライム。あなたたちの言うとおりです」
「これはっ」
「ナナ様!」
そこへ現れたのは騎士団を統括する銀姫ナナであった。
「たしかにこれはハイランドの稚拙な策だ。陽動とは実に難しいもの。決まれば歴史に名将として名を残すが、大半はこのように見透かされて終わりだ」
「はっ」
「しかし、これで終わりでは少々食い足りぬと思わぬか?」
ナナのその言葉に将兵たちの目がギラつく。
「ここはひとつ、乗ってやろうではないか」
「なっ」
「それは危険です」
「あなたたちの危惧はもっとも。ですがそれは人間同士の戦による思考でしかない」
ナナは馬を降り、腰に佩いた剣を鞘から引き抜く。
「奴らに姫神の、銀姫の力を思い知らせてやろう」
ナナは剣の形をした神器、銀星号ザ・シルバースターを掲げると頭上で真円を描いた。
「転身姫神! 鋼鉄神女」
ドロッとした銀色の粘液が空中に描いた真円の縁から滲み出すと、ナナの全身に滴り、覆い尽くす。
一瞬まばゆく輝いた後には全身をぴっちりと覆う銀色に光る鏡のようなスーツをまとったナナが立っていた。
「ほぉ」
何度見てもこの光景にみな心奪われる。
その変身、出で立ち、まさしくサキュラ女神の御使いと。
「奴らを蹂躙してくれよう。私に続きなさい」
「はいッ」
「戦争など、姫神ひとりの力の前には無力、無駄、無意味だということを教えてやる」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「オロシ様ッ!」
殿を務めるオロシ伯爵の元に伝令が届く。
「エスメラルダ軍、我らの陽動に見事釣り出し成功しましたァ」
「おおッ」
周囲から歓声が上がる。
「よし! ここからが正念場ぞ! みなのもの、引き締めよ」
ぐぎゃアアぁぁアぁアッッッ!
突然、後方より轟いた悲鳴に振り向くと、あろうことか、なんと大勢のハイランド騎兵が宙高くに舞い上がっていた。
比喩ではない。
屈強な騎士達がグッタリとして、何人も何人も土埃と共に舞い上げられ、そして地面に叩きつけられた。
それに続くように悲鳴と血風が平原を覆う。
「なんだ! どうした!」
「伝令! 銀姫です! 銀姫が単騎で我が軍を猛追!」
その報告を最後まで聞く必要はなかった。
すでにオロシの目にも間近に迫る異形の少女が見えていた。
「あれは! あれが敵かッ!」
常識の範疇を越えていた。
剣や槍、弓や火薬、果ては大型の攻城兵器をもってしても、まともに立ち向かえるものであろうか。
戦の常識に縛られていては到底無理だ。
「人間の戦では……ない」
ナナの姿は千変万化、変幻自在を繰り返していた。
腕がいくつもの大鎌を形成し、一息に数人の首を飛ばす。
突き出される槍ぶすまを胸から突出させた巨大な盾がへし折る。
背後から攻めた敵は背中から生えた数十本の長い針に刺し貫かれた。
逃げる敵にも容赦はない。
両足がバネ状に変化すると一足跳びに追い越し退路を断つ。
どの方向から攻撃しても自動で精製される盾に阻まれ、何人で攻撃してもそれ以上の一撃で屠られる。
圧巻は腕を巨大なウォーハンマーに変えて殴り飛ばす様である。
巨人が振るうような武器を可憐な少女がいともたやすく振り回す。
何より恐ろしいのはこの少女、命を奪うことに一切の躊躇がない。
「百首暴風竜ッッッ」
オロシの目の前まで迫った銀姫は怪物だった。
小さな背中から百以上、否、もはや数えきれない無数の竜の首が現れた。
ひとつひとつが巨大で獰猛。
そして無慈悲に兵に襲いかかる。
鋼鉄製の竜は決して生命を持つわけではない。
しかし自在に変化する銀姫のスーツは、彼女の意思ひとつ、まるで生きているかのように蠢きのたうつ。
残忍な歯列がカチカチと音をたて兵を飲み込み咀嚼する。
「うわぁぁぁ」
「ヒィイイ」
「逃げッ……」
陽動だの言っていられる状況ではない。
兵たちは恐慌をきたし、我先にと背を向け逃げ出す。
数万の騎兵がたったひとりの少女に恐れをなし、逃げ出したのだ。
「くっ、くぅ……!」
落ちつけ、と一喝してやりたかった。
しかし歴戦の勇者であるオロシ伯爵ですらそれは出来なかった。
今にも腰が砕け地に膝を着きそうであった。
「む、おおおぉぉぉぉおおお! 銀姫ェ」
その恐れを乗り越え、そして単身、剣を構え馬首を翻すとナナへ突進し始めた。
「オロシ・ネアン・カナン伯爵である! これ以上の蹂躙は赦さん」
いくつかの竜を掻い潜り、ナナの目前へと迫ったオロシの最期に見たものは、自分を見つめる少女のとても冷めた瞳だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「オロシ・カナン伯爵とその騎兵隊五千! 銀姫と交戦も、全滅ッ」
「オロシ伯爵がッ」
「なんという」
「陛下……」
うろたえる本陣の側近たちを前にして、ブロッソはただ一言、「そうか」とだけつぶやく。
「陽動部隊は壊滅寸前です! 陛下」
「エスメラルダの一番隊、及び二番隊が我が軍の両翼、アーマーパペットと交戦! 包囲作戦できません」
「陛下!」
「陛下ァ!」
続々と届く期待を裏切る報告に誰もが浮足立っていた。
もはや王の構えるこの本陣にまで銀姫が迫りつつある。
「陛下。よろしければ私が」
無礼にも頭上より王に声をかけた者がいた。
妖艶な風貌の女だった。
目の周りにコウモリが羽を広げた形のマスクをした女。
ペガサス型のパペットに跨り、悠々と宙から戦場を見渡す。
「マユミか」
「あの娘のお相手は、私以外いないでしょう」






