
銀姫ナナを総大将としたエスメラルダ軍四万五千は、ローズマーキーから北へ二十キロ地点、広大なアップランド平原の南端に布陣した。
エスメラルダの誇る翡翠の星騎士団は一番隊から五番隊、それぞれ一万からなる。
各隊長は〈処女騎士〉と呼ばれ、各々が見目麗しい精霊馬、一角のユニコーンに騎乗する決まりだ。
今回のハイランド遠征には一番隊から四番隊が帯同しており、五番隊は本国にて防備にあたっている。
基本に乗っ取り、長く横陣で展開された最右翼には五千の軽装騎兵と五千の軽装歩兵からなる一番隊。
反対左翼側には、これまた五千の軽装騎兵と五千の軽装歩兵からなる二番隊。
中央には二千の騎兵と八千の歩兵からなる三番隊と四番隊が並び、その後方に五千の近衛騎士を従えた銀姫ナナがいる。
二番隊左翼側にはクライリバーという河が流れ、一番隊右翼側には森林が視界を遮る地形だ。
この森林にはさらにナナの信頼厚い部下、スガーラの指揮する三百騎の〈星屑隊〉が別動隊として控える。
ひとつ、特筆すべきはエスメラルダ軍は全て女性のみの騎士団であるということだ。
戦においては不利としか思われないだろうが、慈愛の女神サキュラを国境とするこの国の騎士団は非常に連帯感が強く、軍規が行き届き、仲間を思いやる慈しみから背信、逃亡といったあるまじき行動が極端に少ない。
軍隊として非常に精強を誇るのだ。
その中でも特段の栄誉を与えられるのが星屑隊である。
変わった特徴として、この隊に配属されるには必ず恋人同士セットであることが挙げられる。
全て恋人同士で編成された彼女らは、パートナーを守るため、そして自身をより良く見せようとして奮闘することが期待される。
実際その成果は凄まじく、この隊に配属されるのはエスメラルダにおいては一番の誉れであり、この隊に配属されることで生涯の愛を手にする歓びまで得るのである。
対するハイランド軍は前方六キロの位置に布陣した。
「少し遠いな」
遠目にその布陣を眺めながら、ナナは隣に立つ近衛隊長に意見を求めた。
「斥候からの報告によりますと、ハイランド軍の総勢は八万に届かない数。しかしそのうち人間の兵は半分程度だそうです」
「というと?」
「残り半分は桃姫の魔力で動く例のパペットのようです」
「布陣を見るにそのパペットは両翼に配置しているな」
「人間の兵は大半が中央に集中しています。しかも縦に列が長い」
「中央突破か」
「おそらく」
〈ハイランド軍〉
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〈エスメラルダ軍〉
少し顎に手を添えナナは考える。
全身銀色の甲冑に身を包んだこの姫神を、エスメラルダの兵たちはサキュラ神の御使いと信じて疑わないほど心酔していた。
この近衛隊長とて例外ではない。
「中央突破を計るなら犠牲を厭わないパペットを使えばいいものを」
「パペットの多くは重装型のアーマーパペットです。機動力が物足りないのでしょう。それに」
「なんだ?」
「あの中にはようやくの初陣を飾れると、血気に逸る殿方も大勢いらっしゃるようで」
「第一皇子がそうらしいな。トーンとか言ったか」
近衛隊長が肯定の沈黙を送る。
「少々距離が気になるが、いいだろう。それほどまでに戦いたいのなら正面から受けてやる」
「奴らに翡翠の星の強さ、思い知らせて御覧に入れます!」
「突撃の合図を出せ」
その日、遂にエスメラルダとハイランドの本隊が、聖都カレドニアの南部に広がるアップランド平原ローズマーキー領でぶつかった。
エスメラルダの両翼は河と森林に阻害され、ハイランド騎兵は迂回から側面を突くという戦法がとれず、国王ブロッソ・ウォーレンスはやむなく中央を厚くし正面からの突破を選択した。
草原の国で最強の騎兵隊を謳うハイランドにとって、それは翼をもがれたに等しい。
だが、そもそもがこの地に布陣された時点で彼は不利を承知だった。
「騎兵に頼るだけが我がハイランドではない」
そううそぶくブロッソも全軍の進撃を指示する。
中央に配置されたのは主に開戦から召集された各地の諸侯たちである。
その中でも群を抜いて武勇と人望を誇るのがネアンの領主、オロシ・カナン伯爵であった。
彼は引き連れた五千の騎兵と共に最前線に配置されていた。
「全騎前進ッ!」
彼の号令で全軍が移動を開始する。
現在のハイランドに戦争経験者はそれほど多くない。
三十一年前の亜人戦争以来、本格的な戦はなかったのだ。
多くの貴族、騎士たちは代替わりし、これが初陣となるものも大勢いた。
そのため自然、前線ではオロシ伯爵の命令に全てが倣う形になってしまった。
「突き進めぇ! 左右は恐怖を知らぬパペットが壁となる! 騎士たちよ! 恐れず前へと進むのだ」
「うおおおッ」
双方後方より矢の雨が飛来するが、構わず正面からぶつかり合う。
エスメラルダの三番隊、四番隊とハイランドの騎兵隊だ。
ハイランド兵は多くが重装騎兵であった。
そのため機動力と統率能力に長けたエスメラルダ軍に翻弄され、予想以上の劣勢を強いられる。
さらに突出したその前線に追い打ちをかけるように、エスメラルダの両翼にいた一番隊と二番隊が側面から襲いかかる。
対するハイランドの両翼に配置された重装人形ではどうしても機動力で間に合わない。
「陛下……」
後方で戦況を見つめるブロッソに側近が次の命令を促す。
「まだだ。この程度ではまだ足りん」
「しかし」
「多少の犠牲はやむを得ない。まだ耐えるのだ」
「最強の騎兵隊〈ケイローン〉が健在であれば」
誰かのつぶやきが王の耳に入った。
「ケンタウロス族とはすでに縁は切れたのだ。言うな」
「せめて北側の諸侯たちの参陣が間に合えば……」
エスメラルダによる侵攻以来、各地の諸侯に伝令を飛ばしたが、今日に間に合ったのは聖都カレドニアに近く、また直接戦地となりうる南部地域の諸侯たちのみであった。
いまや数の上でも、兵の練度でも、ハイランドはエスメラルダに後れを取り始めている。
戦場の中心は戦に不馴れな貴族騎士たちのあげる、悲鳴と怒号に支配されつつあった。






