【第250話】売られたネコマタ

「急げ! ウシツノとハクニーが危ない」

 ダンテの診療所を強襲した盗賊ギルドとファントムの一味を退けた後、隠れ家に残るウシツノとハクニーにも襲撃がなされていると予想したシャマンは、レッキスとギワラ、そしてタイランと共に四人で隠れ家へと急いだ。
 驚いたことにあれほど死に瀕していたギワラはシオリにより完全に回復していた。
 だが当のシオリは病で倒れ、今はアカメに見守られながらダンテの治療を受けている。
 クルペオとウィペットも残っているためひとまずは平気だろう。
 そうして急ぎ駆けつけたのだが、異変はすぐに見て取れた。
 隠れ家へと通じる路地を窺う野次馬が何人もいるのだ。
 そしてそれを上回る数の倒れて呻くごろつきども。

 ドシャアッ、とまたひとり、ちょうど隠れ家のある建物からごろつきが叩き出されていた。

「な、なんだ?」

 シャマンたちが駆けつけると同じタイミングで中からウシツノとハクニーが出てきた。

「ヒィッ! お助け」
「カエルのくせに、こいつ強ェ」

 すっかり戦意をなくしたらしい残ったごろつきどもが後ずさりしている。

「ず、ずらかるぞ」

 ひとりが逃げ出すと慌てて他も追随しだす。

「待て! 逃げるならそこらで伸びてる奴らも連れていけ。邪魔だ」
「ハ、ハィッ!」

 見れば誰ひとり斬られた者はいない。
 ウシツノは鞘から抜かずに文字通り全員を叩きのめしたようだった。
 骨の幾本かイカレた奴はいるであろうが、残らずごろつきどもは退散していった。

「なんでぇ。心配して損したな」

 まずシャマンからウシツノに声をかけた。

「シャマン。それにウサギとギワラ。無事だったのか」
「ウサギってなんよ! このチビガエル!」

 ウシツノの反応にキレ返すレッキスと、静かにうなずいてみせるギワラ。
 そしてその背後から赤い鳥が進み出る。

「調子は良さそうだな、ウシツノ」
「タイランさん! どうしてここに」

 驚くウシツノに事情を話そうとするタイランだったが、シャマンが急いて話を遮った。

「すまねえが話は闇医者先生の所へ戻ってからにしてくれ。今は早く仲間全員合流してえ」
「だがアカメがまだ……」

 そう困惑するウシツノに「奴ならその闇医者の所にいる」と伝える。

「なんでそんなところに?」
「まだ聞いちゃいねえ。それも含めてまずは全員合流が先だ。オレたちの敵はこの街の盗賊ギルドになっちまったからな」
「なんだって?」
「ネズミに何かあったようだ」

 ギワラは唇を噛んで何かをこらえていた。

「それで、メインクーンは帰ってきた?」

 レッキスの質問にハクニーが首を振る。

「まだです」
「どこほっつき歩いてんだあの猫耳メイドは」

 すっかり夜も明けもうじき正午になる。

「仕方ねえ。オレとギワラであの店へ行ってみる。レッキスとウシツノたちは闇医者の所へ戻ってろ」

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 当然のことながら、昼日中となればいかがわしい接待を伴う〈メイド・イン・ヘブン〉というこの店の入り口も閉ざされる。
 シャマンとギワラは昨夜大立ち回りを演じた路地裏から店の裏口へとやって来てカギを確かめた。

「ま、当然閉まってるわな」

 ガチャガチャとノブを回したシャマンがギワラに扉を示す。
 コクン、とうなずくとギワラは素早くカギ穴をチェックした。
 腰のベルトに吊るしたポーチから愛用のツールを取り出しカチャカチャと弄ると瞬く間に開錠する。
 静かに扉を開けて素早く中へと入り込んだ。
 そこは人気のない厨房である。
 灯りもなく、物音もしない。
 しばらくじっとして聞き耳を立てていたギワラが、そっと厨房を抜け店内とは反対方向に延びる廊下を奥へと向かう。
 その後をシャマンがついていく。
 暗い屋内に唯一明りが差している場所があった。
 廊下の突き当り、一番奥の扉が少し開いている。
 中から男と女の話声が聞こえてきた。

「ねえオーナー。さっきから数えてるそのお金、普段の稼ぎより全然多いじゃないのよ」
「ああ、まあな。高く売れたからよ」

 男の声はあのワシ鼻のオーナーだろう。
 女はおそらくこの店の従業員だ。

「けどなんであんなネコミミがいいのかねぇ。私わかんない」
「クネート皇子の好色は有名だからな。亜人に手を出してみたかったんだろうよ」

 亜人。ネコミミ。
 聞き耳を立てるシャマンがまさか、という顔をする。

「けどいいの? あの娘、ネズミさんの紹介で預かったんでしょう? 皇子相手だからって勝手に売っちゃってさ」
「いいんだよ。もう」

 オーナーが卓上に置いてあった紙巻きに火をつける。
 それが入った木箱の側面には〈V〉の刻印がされている。

「それ、最近吸ってるみたいだけど」
「おう。あの盗賊都市でいま流行ってるらしいぜ。お前もやるか?」

 バンッ!

 大きな音を立てて扉が開くと、そこに怒気をはらんだ猿人族が現れ二人は仰天した。

「な、なんだテメェ」
「メインクーンを売ったって話、くわしく聞かせてもらおうじゃねえか」

 ボキ、ボキ、と両の拳を鳴らしてシャマンが近付く。

「これは……」

 いち早く卓上の紙巻きを手に取って調べたギワラの目が冷たく光る。

「これです。〈ヴァニッシュ〉。私が打たれたクスリです」
「テメェ、ギワラ! なんで生きて……」
「ほお。やっぱオメェ、ギルドとつるんでオレらを嵌めてやがったか」
「ま、待て……」

 オーナーの襟首をつかんで持ち上げると思い切り壁に向かって投げ飛ばしてやった。

「ヒィッ」
「今日のオレは機嫌が悪いんだ」

 倒れたオーナーを立たせると特徴的なワシ鼻に拳をめり込ませてやる。
 殴られたオーナーは必死になって部屋を飛び出す。
 ほうほうの体で店内ホールまで逃げ惑ったオーナーだったが、怒り心頭で迫るシャマンに観念したのか、中央のでかいソファーに倒れるようにうずくまってしまった。
 自慢のワシ鼻もあらぬ方向にひん曲がり、しとどに流れ落ちる鼻血がソファーを汚していた。

「もう、勘弁してくれ……オレだって逆らえねえんだからよ」
「誰にだ?」
「決まってんだろ、盗賊ギルドだよ」

 始末するためネズミをひとりでギルドへ向かわせること。
 亜人の冒険者一行を路地裏に誘い出すこと。
 具体的な協力はそれだけだとオーナーが吐露する。

「それじゃあメインクーンは」
「あのネコマタはクネート皇子に気に入られてたからな。接待差し上げただけで」
「売ったって言ったろ!」

 ドカッ! ともう一発ぶん殴るとオーナーはついに完璧にノビてしまった。

「クソッ! ギワラ、そのクネートってのは誰だ」
「この国の第三王位継承者。俗にいう三皇子の末弟で、どうしようもない色ボケです」
「そいつにメインクーンが見初められたッてか」
「そんなイイものではないでしょう。彼には黒い噂もあります」
「なんだ?」
「クネートガールズと言って、気に入った女を無理やり自分のものにするそうですが、それは女を愛でるというものではなく」
「なんだよ」

 すこし黙ってからギワラは口を開く。

「拷問好きだという噂です」
「なんだって!」
「彼は常に訓練された近衛兵に守られています。メインクーンさんもひとりでは抵抗は出来なかったでしょう」
「クソッ! とりあえず行くぞッ」

 入って来た時とは反対に、遠慮なく店の正面入り口を蹴破りながらシャマンとギワラは店を後にした。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「う、う~ん……」
「あ、オーナー起きた?」

 それから数時間して、ワシ鼻のオーナーはボコボコになった顔を抑えながら目を覚ました。
 先程まで一緒だった従業員の女だけでなく、他の女も何人か顔を出していた。

「いてぇ」
「災難だったねオーナー。今日は店、休む?」
「バカ言うな……オレは奥で休んでるが、お前らはきっちり働け」
「こんな目に遭ってるのに」
「せっかく盗賊ギルドとクネート皇子に貸しを作ったんだ。あの猿野郎にもきっちり仕返ししてやるさ。おい、店開けろ」

 オーナーの指示でひとりの女が入り口の扉を開く。
 するとすでにそこにひとりの客が立っていた。

「あら。お客さん、気が早いのねぇ。まだ開店前なのに……」

 それ以上その女の口から言葉は出なかった。
 ゆっくりと倒れていく。
 立っていた客の手には短剣が握られていて、その刃には目の前で倒れ行く女の血がこびりついていた。

「きゃあっ」

 それに気付いた別の女が悲鳴を上げる。
 かまわずそのトカゲ族の客は店内に入ると中央のでかいソファーに腰を沈めた。

「酒じゃ……酒を持ってこい……。女の血と胆汁を混ぜて飲むでな」

 剣聖グランド・ケイマンにかつての飄々とした余裕は感じられず、コト、と静かに置いた卓上の青白い小箱をただジッと見つめていた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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