【第228話】ランペイジ、バルカーン

 それは突然だった。
 大勢の悲鳴が風に乗ってウシツノたちの耳に届いたのだ。
 避難民で溢れかえるネアンの町を離れ、足早に聖都カレドニアを目指し始めてから暫くしてのことだった。
 ネアンからカレドニアへと延びる街道は、開けた草原の真ん中を突っ切る見晴らしのいいエリアである。
 振り返ればまだ遠目にも、堅固な外壁に囲まれたネアンの町並みが大きく見える。

「今の、悲鳴じゃないのか?」

 ウシツノが町へと目をこらすと、先ほどまでいた避難民たちが散り散りに逃げ惑っているのが小さく見えた。
 その狂乱は町から離れた方、避難民の待機列後方から始まっていた。

「あれはッ」

 最も遠目の利くケンタウロス族のハクニーが最初に驚きの声を上げた。
 次いでギワラもその原因を確認する。

「あれはバルカーンです! バルカーンの群れが避難民たちを襲っています」
「バルカーンって、あのでかい猛獣か!」
「そんなにヤバイのか?」

 ギワラの報告で息をのむウシツノにシャマンが尋ねる。
 バルカーンとはハイランドと南のエスメラルダの間に横たわる蒼狼渓谷ウルブスバレーを根城にする獰猛な狼のことである。
 常に群れで行動する蒼い毛並みの巨獣で、体格は優に成人男性を上回る。

 ウシツノとアカメは蒼狼渓谷で実際戦った経験があるが、シャマンたちはその死骸しか見たことがない。
 それでもひと目で、その図体のデカさと群れの多さに一筋縄ではいかないと容易に想像はできた。

「どんどん押し寄せてるわ! すごい数」
「変です。バルカーンが蒼狼渓谷からこんなに離れた町を襲うなんて。今まで一度もありません」

 動揺するハクニーと状況に異変を感じるギワラ。

「とにかくここを離れるぞッ! みんな走れ」

 ギワラの疑問に耳を傾けながらも、シャマンは行動の命令を発した。
 幸いにも巨獣の群れは逃げ惑う大勢の避難民に夢中でこちらにはまだ気付いていない。
 彼らには悪いがこちらも怪我人を抱えている身、今のうちに逃げるべきだ。

 たくさんの悲鳴を遠く背に受けながら一行は町から離れるべく走り出した。
 だが……。

「ウシツノ殿! なにしてるんです」

 みなと同じように走ろうとしないウシツノをアカメが叱咤する。
 そのウシツノは立ち止まると振り返り、突然自身の愛刀、自来也を鞘走らせた。

「なにをッ」
「やはり見捨てておけん! お前たちは先に行けッ」
「あ! ウシツノ殿ォーッ」

 アカメの制止に耳を貸さず、ウシツノは阿鼻叫喚のネアンの町へと急ぎ取って返した。

「おい! 待て無謀だ」

 シャマンもそんなウシツノに気付いたが、すでに声は届かない。
 刀を手にしたウシツノの姿がグングンと遠ざかっていく。

「チィッ! あの数のバケモノを刀一本でどうするってんだッ」
「どうするのだシャマン?」

 クルペオはそう聞きながらも「仲間想い」のシャマンがどうするか、とっくに見当はついていた。

「決まってんだろう! 刀一本より、オレの二本の手斧の方がまだしも活躍するぞッ」
「やはりそう言うだろうな」

 苦笑しつつクルペオも懐から数枚の符を取り出してみせる。

「ならば私の符術も披露してしんぜよう」
「クルペオ……よし、わかった! 頼りにしてるぜ」

 シャマンは一同を見据えると町とは反対方向を指し示す。

「ギワラ! ハクニー! アカメ! お前たちは一目散にカレドニアへ走れ! ギワラ、後の事は頼んだ。ウィペットをあの闇医者に」

 コクン、とギワラがうなずく。

「アカメ。女どもは頼んだぞ」
「は、はいッ」

 アカメの肩に手を置いて、シャマンは真っすぐにアカメの目を見つめた。
 戦闘に関してはからっきしのようだが、博識と肝の座った判断力をいたく買っていた。
 ハクニーの背で眠るウィペットを一度確認すると、もうそれからは振り返らずに来た道を走りだした。
 そのすぐ後をクルペオも続く。
 暫時それを見届けるとアカメがギワラとハクニーに向かい、

「さあ、私たちも急ぎましょう! 私たちにできる最適解を間違えてはなりません」

 いつになく力強い声を発してアカメが走り出す。
 その後にギワラとハクニーも続いた。

 そうは言ったが、アカメの中では戸惑いもあった。

 あの日、白光が煌めき、ゴズ連山でシオリと出会ってから今日ここまで。
 ついにとうとうウシツノとまで離れ離れになる日が来てしまうとは。
 今やシオリもタイランもいない。
 それからもうひとり、アカメの脳裏に仲の良かったカエル族の顔が思い浮かぶ。

 明日の夜までには戻ると言い残し、カザロ村へ偵察に向かったアマン。

「明日の夜などもう半年以上も前に過ぎ去りましたよ」

 結局あれ以来、彼とは会えていない。

「ん? 何か言った? アカメ」

 意図せず声に出していたようだ。
 ハクニーがアカメを訝しむ。

「すいません。なんでもありません」

 取り繕いながら感傷に浸る暇はないと自身を戒めた。

(よもや今生の別れでもあるまいし)

 アカメは頭を切り替えて、より現実的な次なる行動予測を立てることに脳みそをフル回転させ始めた。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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