【第163話】一の月一日〈藍姫〉午後

 
 ガガガッと重たい石を引き摺る音を立てて、支配の宮殿ヴァルテン・パラストの門扉が拓く。
 侵入者を防ぐため、この宮殿の門扉は撥ね上げ式ではなく、巨大な石の扉を押し開くようになっていた。
 そのためだけに配置された巨体の戦闘怪人が門番の役目も兼ねている。

「でけえ門番まで配置して、強固な守りを見せつけてるようだが、オレから言わせりゃビビりすぎだろってな」
「口を慎めコクマル。場合によってはここは敵地となるのだぞ」

 宮殿内に足を入れた二人組、ひとりは白一色の旅装束、もうひとりは小柄で黒一色の旅装束。
 色違いとは言えおそろいの旅人帽トラベラーズハットを目深にかぶった鳥人族バードマンの二人。
 白い槍使い白鳥のナキと、黒い二刀使い黒鴉のコクマルである。

「へっ、ナキ。お前もビビってんじゃねえのか?」
「……そうかもしれない」

 予想に反してナキが反論してこなかったので、コクマルは押し黙った。
 歩きながらナキがささやき声で忠告する。

「気を抜かないことだ。平時であれば我らクァックジャードに弓引く者はそういない。だが今は違う。ここには姫神がいる」
「藍姫、か」
「我らが直接見た姫神はみな、まだ理性があった。暴走した紅姫も、失意に沈んだ銀姫も、覚醒間もなかったあの白姫もな。だが藍姫はわからぬ」
「現れたのは確かだが、沈黙したきりだからな。この地はよ」
「それゆえ我らが遣わされたのだがな」

 通された謁見の間の玉座に件の少女が座っていた。
 改造人間の多いこのアーカム大魔境において、人間の姿そのままを保っているだけで違和感を感じさせる。
 その者が玉座に居るのだからなおさらだ。

(おそらく、この少女が藍姫)

 ナキもコクマルも玉座を前に膝を着くことはしない。
 クァックジャードはどの権力に対しても屈することはなく、故に中立なのである。
 そんな並び立つ二人に直接話しかけたのは、藍姫ではなく煌びやかなドレスをまとい玉座の隣に優雅に立つ、妖精女王ティターニアであった。

「クァックジャードの騎士よ。遠路はるばるようこそおいで下さった。旅はいかようでございましたか」

 口調はおしとやかだが、探りを入れるかのような鋭い眼光は隠せていない。

「通り一遍の挨拶は結構。我々は歓迎されないことに慣れておりますゆえ」
「ヒュウッ」

 お前こそ口の利き方に気をつけろ、と言わんばかりのコクマルの視線をナキは無視した。

「これは失礼。では早速、ご用件を伺いましょうか」

 あからさまにティターニアの口調が冷たくなる。

「単刀直入に、国境不可侵の締結を望む国がおります」
「どこです」
「エスメラルダ」
「そう」

 驚きはない。
 ティターニアにとって最もシンプルに考え付く相手国はエスメラルダだ。
 この大陸の中心地にあり、南をアーカム、西をエルフ、北を大国ハイランドに接し、東は小国が軒を並べる忙しない地域だ。
 ハイランドとは確か友好的であったと思うが、それも昔のこと。
 三十年前に聖賢王シュテインが討たれて以降、彼の国は戦後補償と後継争いで乱れに乱れ、没落の一途を辿っている。
 そして西のエルフとはずいぶん前から生存権を賭けて小競り合いを繰り返していたはずだ。
 東の小国家群、特に五氏族連合とは間に浮遊石地帯と天嶮の山岳地帯が横たわり、辺境らしく相互交通も微々たるもの。
 このうえで我らアーカムにまで牙を牙を向かれてはたまらぬと言ったところか。

「見返りはあるのか?」
「相互不可侵、では不服でしょうか」
「ハッ!」

 ティターニアが一笑に付す。

「我らアーカムは何者も恐れない。どうせならこの場でエスメラルダに宣戦布告をしてやってもよいのだぞ」
「どのような理由で?」
「銀姫。過ぎたる戦力じゃ。脅威を感じる」
「貴国も藍姫を使うおつもりか」

 ナキの視線が玉座に座るサチに向く。
 サチは無表情で微動だにしない。

「エスメラルダにアーカムを攻める理由があるか? この不毛の地で何が得られる?」

 コクマルが肩をすくめる。
 逆にナキは表情を崩し、口調を改める。

「向こう一年の不可侵をお約束いただければ、エスメラルダは相応の用意があるとのこと」
「ほう?」
「三十億ガル相当の金塊、それと上質な絹織物に貴重な香辛料、ラクダを五百頭」
「なかなかではあるな」

 アーカムは上述の通りに不毛な地である。
 エスメラルダのような富を築くことも難しい。
 この申し出はそう悪くもないものだ。
 何もせぬだけで頂けるのである。

「だが、さらにひとつ、付けてもらいたいモノがあるのだがな」
「てめえ調子に……」

 無礼を働きかけたコクマルの足を踏み黙らせると、ナキはティターニアに続きを促す。

「我が国も労働力不足でのう。奴隷を数百人欲しいのじゃ」
「エスメラルダは慈愛の女神サキュラを国教にしている。万民は平等に愛を享受されるべきと教えられている通り、あの国に奴隷は存在しません」
「ならばこさえればよい」
「は?」
「エルフと小競り合いを続けておるようだが、エスメラルダの騎士団が総力を挙げれば鎮圧は容易かろう。捕らえたエルフはどうする? 全員処刑か? 慈愛の女神が?」
「おそらくエスメラルダの監視下に置かれ、属国として吸収される、といったあたりでしょうか」
「そう容易く行くと思うか? 反抗する者も後を絶たぬやもしれぬ。それを排除するとなれば相当な数だろうな。間引きは、需要と供給じゃ。どうせなら利益を生む方がよかろうて」
「裏取引に応じろと?」

 初めてナキの声がかすれた。
 捕虜を奴隷として裏から流せというのか。
 もしこの魔境にエルフが根付き、その神秘の力までをも手にしたならば。
 アーカム大魔境は更なる脅威となるやもしれぬ。

「そこまでの権限を得ておるか? 交渉は長引きそうだ。今日は挨拶程度という事にしておこうか」

 ナキとコクマルの背後で扉が開く。
 謁見は終わりを告げたようだ。

「長旅で疲れておろう。しばらくこの宮殿でゆるりとしていくがよい」

 ナキは広間を出る際、もう一度振り返り玉座の少女を見直してみた。
 最初に見た時と寸分違わず、藍姫はピクリとも動かなかった。

※この作品は小説投稿サイト「小説家になろう」にて掲載、鋭意連載中です。

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