ネズミの隠れ家に向かうのかと思われたが、レッキスが案内したのは見覚えのある酒場だった。
「おい、この店ってよお」
看板には〈メイド・イン・ヘヴン〉と派手なペイントで描かれている。
シャマンたちがファントムと名乗る謎の故買屋から依頼を受けた、あのいかがわしい店であった。
「にひひ。面白いもんが見れるんよ」
イヤらしい笑みをたたえたレッキスに連れられて入店する。
中へ入るとすぐにカラフルなメイド服を着た女が寄ってきた。
「いらっしゃぁい! あら、亜人さんね! ってまたあなたなの……」
「にひ。今日もいる?」
笑って答えるレッキスに女が責めるような口調で応じる。
「あまり嬢王をからかわないでくださいよ。あなたが帰った後もずっと不機嫌になるんですよ」
「それはいけないんよ。お客様には笑顔で向き合わないとね」
悪びれた様子もなく笑うレッキスから目を離し、女がシャマンたちに目を向けた。
シャマンもクルペオもウシツノも、様子がわからず戸惑っていた。
「ごめんなさいね。お席にご案内いたしまーす」
四人が連れられたのは吹き抜けの店内、二階ボックス席。
脇の手すりから店内一階が良く見渡せる。
案内した女がいなくなると早速シャマンがレッキスに問いかけた。
「あはは。ほら、あれ!」
レッキスが下の階を指差す。
大口の客なのだろうか。
店内のほぼ中心に羽振りの良い男性客の一行が大騒ぎしている。
五人ほどの若い男たちだが、身なりから見てそれなりの家柄であろう。
その者たちが大いに羽目を外している。
次々とオーダーしては、周囲の客やキャストと呼ばれるメイド服の女性従業員にまで高級な酒や料理をふるまっていた。
「各地から招集された騎士や傭兵で賑わってるんよ。ほら、あそこ」
その中心に指差された本人がいた。
「メインクーン! ありゃメインクーンじゃねえか」
猫耳族の盗賊少女はカラフルなメイド服を着てヒラヒラと客の間を飛び回っていた。
今やニンゲンばかりのこの店のキャストの中で、ミディアムボブの髪から覗くネコミミの少女に人気が集中しているらしい。
彼女がつけばどんな客もメロメロになり、へべれけになり、大枚を払いつつも、いそいそとまた店を訪れる。
嬢王。
それが彼女の二つ名となり、店の売り上げは三割も増えたとか。
「あいつ……オレ等が死に物狂いで戦ってる間にこんなことしてやがったのかよ」
呆れた口調のシャマンだが、ふと目をやるとウシツノがいつになく固まっていて心配になった。
「おい、どうしたんだ?」
「い、いや。なんでもない」
「なんでもないってツラしてねえぞ。まさかさっきの戦いで」
「いや、大丈夫だ。そうじゃない……」
「はは~ん」
そこでレッキスが気が付いたのか、からかうような口調で正面に座るウシツノを覗き見る。
「こういうとこ来るの、初めてなんだろう、坊や?」
カザロ村にこのような店があるはずもなく、したがって戸惑うのも道理。
だが先ほど言い争いをした手前、レッキスに対し素直になれない気持ちがあった。
「そ、そうでもない。完全に、初めてとは、言いきれない」
「ほんとうにぃ?」
「ほ、ほんとうに、だ」
とは言ったが、いくら記憶をさかのぼってもウシツノの中に思い当たる事例は見つからない。
「おまたせ~」
そこへキャストの女が人数分の酒を持って現れた。
ちょうどいいと言わんばかりにレッキスは女に、
「このカエル、こういうとこ来るの初めてだからさ、サービスしてあげてよ」
と言ってウシツノにウィンクして見せる。
「ま、待て! オレは別に……」
「きゃあっ。かわい~。カエル族なんてわたし初めて~」
断ろうとするウシツノにお構いなく、ずずずい、と女はボックス席に入り込むと、ウシツノの隣に腰かけ早速腕を絡ませてきた。
「お、おい……」
「やだー、赤くなってるの? かわいい~」
完全に戸惑い固まってしまったウシツノを見てレッキスが大笑いする。
「あまりからかってやるなよ、レッキス」
呆れ顔でシャマンが酒を飲み干し次をオーダーする。
しばらくして酒のおかわりを持ってきたのは見知った顔であった。
「久しぶりにゃ。みんなまだ無事みたいにゃ」
「よう、嬢王!」
からかうシャマンの目の前にドン、と力いっぱい酒杯を叩きつけると、ウシツノの隣にいるキャストに外して、と言って席に座った。
ようやく解放されたウシツノの顔にはいくつものキスマークができていた。
「なかなか積極的なオナゴじゃったのう」
クルペオが気の毒そうにウシツノを気遣ってやる。
「ところでウィペットの事なんじゃが」
クルペオが先にこのカレドニアへ入ったはずのウィペットをまず話題に振った。
「ウィペットならあの闇医者の所へ運び込まれてきたんよ。折れたあばらが少し肺に刺さってたらしいけど、大丈夫だってさ」
「そ、そうか」
まずは予定通りで一安心する。
「そんじゃ、情報の共有を始めるとするか」
「メインクーン、そなたここでずっと働いておったのか?」
「ま、ね。おかげで結構儲かったにゃ」
両手で小さくピースしながらはにかむ。
こころなしか、仕草が以前よりあざとくなった気がする。
「けどそれだけじゃないにゃ。ちゃんと情報収集もしてたにゃ」
「お前、語尾ににゃ、が増えたな」
「う、うるさいにゃ! こうやってしゃべった方が受けがいいにゃ」
「よっ! さすが嬢王」
「レッキスは黙るにゃ!」
キシャーとレッキスを睨む嬢王を制して先を促す。
「あいつが、私たちを嵌めたファントムがまたここへ来ないかと、ずぅっと張ってたにゃん」
「現れたのか?」
フフン、と鼻を鳴らしてメインクーンがうなずく。
「マジか! それで?」
「あの時と同じように、目元をマスクで隠して来たにゃん。それにお供もひとり連れてたにゃん」
「お供?」
「いかついオッサンだったにゃん。そのオッサンもマスクしてたし、待ち合わせたもうひとりのオッサンもマスクしてたにゃん」
「ややこしいな」
ウシツノのツッコミにシャマンも同じ思いだった。
「ファントム以外に二人のオッサンも顔を隠してたんだな? 何者だ?」
「この国の大将軍と、ネアンの領主さ」
そう言いながら突然現れたネズミに一同は驚かされた。
「足音殺して来るんじゃねえよ。びっくりすんだろうが」
「クセなんだ。そう怒るな」
「正体わかったんだ?」
見上げるメインクーンにネズミが嬉しそうに応える。
「ああ。お前に言われてから調べてみたが、なかなか驚きの正体だったな」
「単なる故買屋が引き連れて歩ける人物じゃないにゃ」
「おいおい、それで。一体何を話してたんだ? その三人はよ」
「キャストを入れず、奥の個室へ入ったからはっきりとは聞けなかったんだけどね」
一拍間を置き、周囲に聞き耳を立てている者がいないか確認してから、メインクーンは身を乗り出し小声でささやく。
「ファントムが言ったんだ。自分はこの国の、正統なる王位継承者だ、ってね」






