美しく煌めく精霊銀製の鎧をまとったエルフの女王ト=モは、里を囲う高い壁の上で外界とつながる森の道を見ていた。
壁の高さは三十メートル。
幅は五百メートルある。
自然の木々と丸太を組んで建てられた堅固な壁だが、里の中心にそびえる大樹があまりに巨大すぎてバランス感覚がおかしくなる。
壁の上には革製のボンデージに身を包んだエルフの戦闘員たちも待機している。
そして女王の足元にはハナイが膝を着いていた。
拘束は解かれていたが身に何もまとっておらず、心細げにしながらも一心に祈りをささげていた。
「見ろ、聖女殿。銀姫が来たようだぞ」
顔を上げたハナイの目にも、正門の向こう側に隊列を組むエスメラルダの兵たちが見えた。
「数は五百に満たないか。思った通り、正規の出撃許可は下りなかったようだな」
女王の思惑を知ってか知らずか、ナナはエルフの里の門前にひとりで前へと進み出た。
「エスメラルダ古王国翡翠の星騎士団長、銀姫ナナである! エルフよ、おとなしく門を開け人質を解放しろッ」
「なんとも真っ直ぐな娘よな」
女王が楽しげにハナイに囁いてから、自らも門の上に立ちその姿を披露した。
「お初にお目にかかる、銀姫よ。わらわがエルフの女王ト=モであるぞ」
「エルフの女王よ! 返答はいかに!」
「そうさなぁ。そなたのように純粋な目をした娘の言う事、聞いてやりたい気持ちにもなるのだがのぉ」
甘ったるい、人を小馬鹿にしたような口調にナナは苛立ちを隠さなかった。
「おとなしく返せばよし。さもなくば、エルフ族の歴史も今日を持って終わることとなるぞッ」
「おぉ! 怖い怖い」
女王が片手を上げた。
それを合図にハナイが引き立てられた。
「ハナイ様ッッッ」
ナナは目を剥いて叫んだ。
聖女と謳われしエスメラルダの要人に、よもや無残な仕打ちが施されていたというのか。
「おのれィ! ハナイ様を辱めるとはッッッ」
「心外だのお。歓びを教えてやったというに。のぅ、聖女殿?」
ハナイは申し訳なさそうにうつむいたままだ。
「どうじゃ。銀姫殿もあのつまらぬ法王になど見切りをつけ、わらわの元へ来てはどうか? ん?」
「ふざけるなッ!」
逆上したナナは今にも突撃の合図を繰り出そうとした。
「そうか。それは残念であった。では致し方ない」
ハナイの腕を掴むと女王は外壁上を移動した。
その動きを目で追ったナナはその先に設けられた架台にゆりかごのように揺れる檻があるのに気がついた。
その檻は人がひとり、立ったまま入るほどの大きさしかない。
女王は檻まで来ると錠を開け、ハナイをそこに入れようとした。
そこでナナは気がついた。
檻の中に先客がいた。
何やら蠢くモノの影が見えたのだ。
目の前でそれを見たハナイは恐怖と嫌悪感で青ざめた。
檻の中に気色の悪い生物がいた。
体長百センチほどの巨大なイモムシに見える。
深緑色をした体表は怪しい粘液で艶々に光り、大きな口の中には何重にも連なる牙の列、そして顎の周りから伸びた無数の触手が早くもハナイの裸身に伸びてきた。
「わらわのペットじゃ。腐肉喰いのキャリーという。可愛いじゃろ?」
立ちすくむハナイを檻の中に突き飛ばし、女王は素早く鍵をかけた。
慌ててハナイは格子にしがみつく。
体が震え、表情に恐怖と生理的嫌悪が広がる。
「安心せい。女を悦ばせるよう調教しておるのじゃ。じきに出たくなくなる」
キャリーがゆっくりと近寄ってきた。
無数の触手がハナイに向かって伸びる。
「イ、イヤ……た、助けて、ナナ……ナナァーーーッ」
「ハナイ様ァッ」
ナナが剣を抜いた。
剣は全身が銀色に輝く硬質で雄々しい剣だった。
その剣で頭上に大きな円を描きながら叫ぶ。
「転身ッ! 鋼鉄神女ッ」
ナナの体が銀色に光り輝いた。
「エルフよ! もう後戻りはできぬぞッ」